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第2章 赤ずきん編

50話 赤ずきんの村

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 赤ずきん。その名の通り、赤ずきんをかぶった少女が森の中に住んでいる祖母のもとへ行き、家の中で待ち構えていたオオカミに食べられてしまう。しかし、その後通りかかった猟師に助けられて最後は幸せに暮らすという物語……それがグリムの赤ずきんに対する知識だった。

「どおりで森の中にオオカミがいるわけだ」

 この状況にグリムは納得する。

「でも、オオカミさんたちはいったいどうやって物語を進めるのでしょうか?」

 マロリーの疑問のような声に「そういえば」とグリムも同意する。

 全ての生き物には生まれた時に役割の書かれた「頁」を世界に与えられる。それは人間以外の、馬やウサギ、それこそこの世界ならオオカミにも当然与えられている。

 人間ならばその見た目容姿に適した精神状態で生まれてくるので「頁」に書かれた役割をこなすことは難しくない。

 しかしオオカミとなると話は別だった。彼らは物語を進行するだけの、役割を演じるだけの知能は果たしてあるのだろうか?

 過去に動物が主要な役割を与えられる物語の世界を訪れたことのないグリムはオオカミが赤ずきんを生きたままの状態で食べるという役割をこなせるのかわからなかった。


    ◇

「着いた……のか?」

「はい、ここで間違いないです」

 マロリーと話しているうちに気が付くと森を抜けて村の入り口にたどり着いていた。

 町というにはあまりにも小さく、しかし最低限の数の民家は点在している。村と森は人間の子供でも簡単に飛び越えられそうな低い柵で区切られていた。
 もしもオオカミが襲い掛かってきたらとてもではないが耐えられそうにない。そんな集落のような場所にグリムとマロリーは足を踏み入れた。

「人は……随分と少ないな」

 辺りを見回すと井戸から水をくむ女性や鉈で木を割る老人、作物を耕す青年など、片手で数えられる程度の人数だった。

「だれも俺たちが入ってきたことに対して警戒はしないんだな」

「私がすでに村の人達に挨拶をしていましたからね」

 マロリーは老人に手を振りながら説明をする。老人は彼女に笑顔で手を振り返し、グリムを見てもマロリーの仲間と認識されたのか、特に警戒もされなかった。

 外の世界から来た人間というものは容姿や服装などで判別されやすい。
 それ以外にもこの村のように、そもそもの世界の住人の数が少ないと見知らぬ顔はすぐにこの世界の人間ではないとわかってしまう。

 旅人は基本的に歓迎されることは少ない印象のグリムだったが、この村ではすでに彼女のおかげで最低限の滞在は出来そうだった。

「一番奥の小屋はだれも使っていないそうなのでワーストさんはそこを借りてください」

 彼女はその手前の小屋を借りているらしい。

「マロリーはいつからこの世界に?」

「つい2日ほど前ですね」

 少女は視界に入る人たち一人一人に丁寧にあいさつを交わしながら合間に会話をする。

「この赤ずきんの世界で待ち合わせをしている人がいるのですが、どうやら迷子になっているみたいで……」

「待ち合わせ?」

 グリムの問いに対してマロリーは「はい」と答える。

「その相手も「頁」を持っていない人間なのか?」

 今度の質問に対して彼女は「いいえ」と答えた。

「私が待ち合わせしているのは「白紙の頁」の人間ですよ」

「白紙の頁」それは世界から役割を与えられなかった人間が持っている「頁」の総称であり、グリムやマロリーと同じように「境界線」を超えて別の世界へ渡ることが出来る者の存在を指す。

「白紙の頁」所有者の絶対数は少なく、世界に一人もいないことがほとんどだった。

「こんなオオカミがうろついている世界でその「白紙の頁」の人間は一人で大丈夫なのか?」

「彼なら相当強いので大丈夫です」

 腰に手を当ててマロリーはふふっと笑いながら強気なポーズをみせる。彼女の反応から待ち合わせをしているという相手はよほどの手練れなのかもしれない。

「あら、マロリーちゃんじゃない」

 突然少女は声をかけられる。声のした方向を見ると一人の女性が立っていた。

「あら、赤ずきんのお母様、こんにちは」

 その声の主に気が付いたマロリーは言葉を返しながらお辞儀をする。

「その隣にいるイケメンが例の待ち合わせの人かい?」

「いいえ、こちらの方は先ほど森で初めてお会いした方です」

 赤ずきんのお母様と呼ばれた人間がグリムの方を見る。マロリーの発言が本当ならばこの女性はこの世界の主人公である赤ずきんの母親ということになるが、見た目はずいぶんと若く、シンデレラの舞踏会に参加していても違和感はないほどに思えた。

「あら、そうなの……見ない顔だけどもしかしてあなたも外の世界から?」

 赤ずきんの母親の問いに対してグリムは頷く。

「まぁ!外の世界の人達って美男美女ばかりなのね」

 赤ずきんの母親は口に手を当てて驚いたような仕草を見せる。あまり自身の容姿については気に留めていないグリム出会ったが、こうも褒められるとさすがに恥ずかしくなり、被っていた魔女の帽子のつばを少しだけ下げて視線を隠した。

「こちらの方の名前はグリム・ワーストさんです」

 少女は先にグリムの紹介をする。さすがにいつまでも顔を合わせないわけにもいかず、赤ずきんの母親に一瞥する。

 容姿に対する価値観は人それぞれではあるが、目の前の女性も張りのある肌を含めて整った顔をしている。赤ずきんの姉といえば信じてしまいそうなほどに若く見えた。

「はじめまして、グリムさん……でいいかしらね?私は「赤ずきんの母親」の役割を与えられた人間よ」

 手を差し伸べてきたのでグリムも握手で対応する。

「この世界は生まれてからどれくらいの時が過ぎている?」

「そうね……おおよそ半年程度かしら」

「赤ずきんはどこにいる?」

「あの子なら村の子供たちとどこかで遊んでいるわ」

 「役割」と目の前の女性は言った。そしてこの世界は生まれてからまだ半年しか存在していない。この二つの発言から目の前にいる女性が赤ずきんを直接生んだわけではなく、赤ずきんという少女は少女の姿でこの世界に生を与えられた事が伺えた。

 全ての生き物は物語を完成させる為に見合った容姿で世界に生まれてくる。

 赤ずきんという物語は主人公である少女が森の中に行くところから本格的に始まる。
 それまでの月日や過程は同じ赤ずきんの世界があったとしても全く同じとは限らない。

 この世界の赤ずきんはおそらくではあるが「赤ずきん」の物語が始まる直前から世界が生まれたのだろう。

「そろそろ夕飯の準備をしなければいけないけど、あの子時間通りに帰ってくるかしら」

 赤ずきんの母親は人差し指を頬に当てて困ったような仕草をする。

「帰ってくるって……まさか赤ずきんと他の子どもたちは村の外にいるのか?」

「えぇ、そうよ」

 母親の発言に対してグリムは驚く。この村の周りはほとんど森に囲われている。
 この場所以外では普通にオオカミに遭遇してしまう可能性が高かった。

 そんな危険な森の中にこの世界の主人公である赤ずきんを自由に行き来させている。とてもではないが信じられない行為だった。

「もしかして、オオカミに襲われるかもしれないって想像しているのかしら?」

 グリムの様子を見て内心を見透かしたかのように赤ずきんの母親は質問をする。

 グリムは素直に頷くと目の前の女性は「大丈夫」と一言告げた。
 いったいどうしてそんなことが言えるのかグリムは聞き返そうとするが、それよりも先に知りたかった答えについて隣にいたマロリーが告げた。

「この世界の赤ずきんはのです」
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