上 下
47 / 161
第2章 赤ずきん編

47話 新たな物語の世界へ

しおりを挟む
 シンデレラの世界から境界線を超えて新しい世界にグリムは降り立った。

 境界線を超えた先、どんな場所にたどり着くのかは完全にランダムである。シンデレラの世界で例えるならお城の近くや魔女のいた森の中、そしてグリムが最初に倒れていた何もない丘の上などたどり着く先はばらばらだった。

 この世界がどんな物語なのか把握できていないが、今のグリムが置かれている状況が良くない事だけははっきりと理解していた。

「ぐるるるう」

 周りを囲むようにして灰色のオオカミたちがよだれを垂らしながらグリムという獲物に狙いを定めていた。

 オオカミの数を数えると5匹、そのどれもがお腹を空かせて今にも飛び掛かりそうな状態であり、走って逃げ出せばたちまち襲われて食い殺されかねない。

「どうする……」

 自分の手元に何があるかを確認するが、武器になりそうなものは何もなかった。

 これがまだオオカミの現れる危険な世界だと把握していたのなら、ナイフの1本でも調達していたかもしれない。

 比較的安全なシンデレラの世界から来たばかりのグリムは武器どころか道具自体ほとんど何も持っていなかった。

「……ガラスの靴を武器にするわけにもいかないしな」

 右手にもっている「意地悪なシンデレラの姉」の役割を演じていた女性から受け取った緋色のガラス靴を見る。

 シンデレラの世界でリオンから受け取った片割れの靴をグリムはこの世界に持ってきていた。


『いつかそのガラスの靴を返しに来てね』


 シンデレラの世界で最後に聞いた彼女の言葉を思い出す。

 物語の完結と共に消失した彼女とは二度と出会えないことは分かっていた。それでもガラスの靴を手放そうとは思えなかった。

「ぐぅおおお!」

 目の前にいたオオカミの一匹がしびれを切らして襲い掛かってくる。オオカミの牙がグリムの髪をかすめた。文字通り間一髪のところで避けることに成功する。

「……っ!」

 突如金色の小物体が視界に入り込む。グリムはそれを即座に掴むとそれが自身の前髪につけていた金色の髪留めだと気がついた。

「「頁」は……ついているのか」

 手に取った髪留めに装飾された宝石を確認する。薄い茶色に染まったものと黒色に染まった真珠のような形をした宝石が本来空いていたはずの場所に飾られていた。

「こいつがあるなら……」

「ぐるおおおおおお!」

 髪留めの黒色の宝石に触れるとほぼ同時に左右にいたオオカミ2匹がグリムめがけて勢いよく襲い掛かってくる。


 オオカミの牙がグリムに届く直前、グリムの体から光が放たれる。その眩しさに襲い掛かってきた二匹は目がくらみ、攻撃は届かなかった。


「……そうか、この世界でもこれは使えるんだな」

「ぐるぅお!?」

 オオカミたちが困惑したような声を上げる。それが果たしてたまたまなのか、それとも目の前にいた人間の姿がいきなりに変わったからなのか、言葉を持たない獣の答えなどグリムにはわからなかった。

 たった今、グリムは自身の体にシンデレラの世界で魔女が持っていた「頁」をあてはめた。

 灰被りの少女を舞踏会に連れていくための魔法使いであり、12時の鐘の音がなるまで解けない魔法をつかさどる物語の中でも主要な役割を持つ人物に与えられた「頁」

 そんな「頁」を自分の体に取り込んだグリムの姿はシンデレラの世界の魔女に変わっていた。

 腰についていた杖を取り出し、オオカミ1匹に狙いを定める。そして口を開く。

「ねずみになれ」

 グリムがそう言うと杖の先から光線が飛び出し、オオカミに当たると光に包まれた。たちまちオオカミは姿と形を大きく変えて小柄なネズミに変わってしまう。

「ぐぅるろ!?」

 周りのオオカミたちが明らかにうろたえている様子が見てとれた。それと同時にグリムはこの世界でも「頁」を自分に使う事で魔女になることも、魔法を使えることも把握する。

 全ての人間は生まれた時に世界から1枚の「頁」を与えられる。
 その「頁」に書かれた役割に従って人々は物語の完結を目指す。
「頁」に書かれた役割に背くとその人間は焼失する。

 そんな命と同等の価値を持った「頁」をグリムは持っていなかった。

 そのせいなのか、グリムは他者の「頁」を自身に当てることでその「頁」に記載された役割を演じることが出来る。

「子犬になれ」

 オオカミのうち1匹に続けて魔法をかける。光の充てられたオオカミは小柄な犬に変わってしまう。

「…………」

「ぐるぅ」

 残り3匹のオオカミの方に杖を構えると得体のしれない存在に怯えたのか、一目散に森の奥へと逃げて行ってしまった。

「……ふぅ」

 グリムに敵意を向ける存在がいなくなったのを確認して杖をしまう。

 新しい世界に来て早々に獣に襲われるのは初めての経験だった。

「さて、どっちへむかうか……」

 先ほどオオカミが逃げていった深い森の方角とその反対側に綺麗に道は分かれていた。

 逃げていったオオカミたちとは逆の方向へ進んだ方が安全なはず......そう判断し、自身の体内にいれた魔女の「頁」を取り出そうとしたその時、持っていたはずの事に気が付いた。

「…………ない」

 辺りを見回すが一向に見当たらない。つい先ほどオオカミに襲われる前まで手元に持っていたものが視界からなくなった。そうなるとどこにいったのか、誰が持っていったのか、答えは一つしかない。

「あー、くそ……」

 魔女の「頁」を体内から取り出す事すら忘れてグリムはオオカミ達が逃げた森の方へと走り出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

処理中です...