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第2章 赤ずきん編
47話 新たな物語の世界へ
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シンデレラの世界から境界線を超えて新しい世界にグリムは降り立った。
境界線を超えた先、どんな場所にたどり着くのかは完全にランダムである。シンデレラの世界で例えるならお城の近くや魔女のいた森の中、そしてグリムが最初に倒れていた何もない丘の上などたどり着く先はばらばらだった。
この世界がどんな物語なのか把握できていないが、今のグリムが置かれている状況が良くない事だけははっきりと理解していた。
「ぐるるるう」
周りを囲むようにして灰色のオオカミたちがよだれを垂らしながらグリムという獲物に狙いを定めていた。
オオカミの数を数えると5匹、そのどれもがお腹を空かせて今にも飛び掛かりそうな状態であり、走って逃げ出せばたちまち襲われて食い殺されかねない。
「どうする……」
自分の手元に何があるかを確認するが、武器になりそうなものは何もなかった。
これがまだオオカミの現れる危険な世界だと把握していたのなら、ナイフの1本でも調達していたかもしれない。
比較的安全なシンデレラの世界から来たばかりのグリムは武器どころか道具自体ほとんど何も持っていなかった。
「……ガラスの靴を武器にするわけにもいかないしな」
右手にもっている「意地悪なシンデレラの姉」の役割を演じていた女性から受け取った緋色のガラス靴を見る。
シンデレラの世界でリオンから受け取った片割れの靴をグリムはこの世界に持ってきていた。
『いつかそのガラスの靴を返しに来てね』
シンデレラの世界で最後に聞いた彼女の言葉を思い出す。
物語の完結と共に消失した彼女とは二度と出会えないことは分かっていた。それでもガラスの靴を手放そうとは思えなかった。
「ぐぅおおお!」
目の前にいたオオカミの一匹がしびれを切らして襲い掛かってくる。オオカミの牙がグリムの髪をかすめた。文字通り間一髪のところで避けることに成功する。
「……っ!」
突如金色の小物体が視界に入り込む。グリムはそれを即座に掴むとそれが自身の前髪につけていた金色の髪留めだと気がついた。
「「頁」は……ついているのか」
手に取った髪留めに装飾された宝石を確認する。薄い茶色に染まったものと黒色に染まった真珠のような形をした宝石が本来空いていたはずの場所に飾られていた。
「こいつがあるなら……」
「ぐるおおおおおお!」
髪留めの黒色の宝石に触れるとほぼ同時に左右にいたオオカミ2匹がグリムめがけて勢いよく襲い掛かってくる。
オオカミの牙がグリムに届く直前、グリムの体から光が放たれる。その眩しさに襲い掛かってきた二匹は目がくらみ、攻撃は届かなかった。
「……そうか、この世界でもこれは使えるんだな」
「ぐるぅお!?」
オオカミたちが困惑したような声を上げる。それが果たしてたまたまなのか、それとも目の前にいた人間の姿がいきなり黒ずくめの格好に変わったからなのか、言葉を持たない獣の答えなどグリムにはわからなかった。
たった今、グリムは自身の体にシンデレラの世界で魔女が持っていた「頁」をあてはめた。
灰被りの少女を舞踏会に連れていくための魔法使いであり、12時の鐘の音がなるまで解けない魔法をつかさどる物語の中でも主要な役割を持つ人物に与えられた「頁」
そんな「頁」を自分の体に取り込んだグリムの姿はシンデレラの世界の魔女に変わっていた。
腰についていた杖を取り出し、オオカミ1匹に狙いを定める。そして口を開く。
「ねずみになれ」
グリムがそう言うと杖の先から光線が飛び出し、オオカミに当たると光に包まれた。たちまちオオカミは姿と形を大きく変えて小柄なネズミに変わってしまう。
「ぐぅるろ!?」
周りのオオカミたちが明らかにうろたえている様子が見てとれた。それと同時にグリムはこの世界でも「頁」を自分に使う事で魔女になることも、魔法を使えることも把握する。
全ての人間は生まれた時に世界から1枚の「頁」を与えられる。
その「頁」に書かれた役割に従って人々は物語の完結を目指す。
「頁」に書かれた役割に背くとその人間は焼失する。
そんな命と同等の価値を持った「頁」をグリムは持っていなかった。
そのせいなのか、グリムは他者の「頁」を自身に当てることでその「頁」に記載された役割を演じることが出来る。
「子犬になれ」
オオカミのうち1匹に続けて魔法をかける。光の充てられたオオカミは小柄な犬に変わってしまう。
「…………」
「ぐるぅ」
残り3匹のオオカミの方に杖を構えると得体のしれない存在に怯えたのか、一目散に森の奥へと逃げて行ってしまった。
「……ふぅ」
グリムに敵意を向ける存在がいなくなったのを確認して杖をしまう。
新しい世界に来て早々に獣に襲われるのは初めての経験だった。
「さて、どっちへむかうか……」
先ほどオオカミが逃げていった深い森の方角とその反対側に綺麗に道は分かれていた。
逃げていったオオカミたちとは逆の方向へ進んだ方が安全なはず......そう判断し、自身の体内にいれた魔女の「頁」を取り出そうとしたその時、持っていたはずの緋色のガラスの靴がない事に気が付いた。
「…………ない」
辺りを見回すが一向に見当たらない。つい先ほどオオカミに襲われる前まで手元に持っていたものが視界からなくなった。そうなるとどこにいったのか、誰が持っていったのか、答えは一つしかない。
「あー、くそ……」
魔女の「頁」を体内から取り出す事すら忘れてグリムはオオカミ達が逃げた森の方へと走り出した。
境界線を超えた先、どんな場所にたどり着くのかは完全にランダムである。シンデレラの世界で例えるならお城の近くや魔女のいた森の中、そしてグリムが最初に倒れていた何もない丘の上などたどり着く先はばらばらだった。
この世界がどんな物語なのか把握できていないが、今のグリムが置かれている状況が良くない事だけははっきりと理解していた。
「ぐるるるう」
周りを囲むようにして灰色のオオカミたちがよだれを垂らしながらグリムという獲物に狙いを定めていた。
オオカミの数を数えると5匹、そのどれもがお腹を空かせて今にも飛び掛かりそうな状態であり、走って逃げ出せばたちまち襲われて食い殺されかねない。
「どうする……」
自分の手元に何があるかを確認するが、武器になりそうなものは何もなかった。
これがまだオオカミの現れる危険な世界だと把握していたのなら、ナイフの1本でも調達していたかもしれない。
比較的安全なシンデレラの世界から来たばかりのグリムは武器どころか道具自体ほとんど何も持っていなかった。
「……ガラスの靴を武器にするわけにもいかないしな」
右手にもっている「意地悪なシンデレラの姉」の役割を演じていた女性から受け取った緋色のガラス靴を見る。
シンデレラの世界でリオンから受け取った片割れの靴をグリムはこの世界に持ってきていた。
『いつかそのガラスの靴を返しに来てね』
シンデレラの世界で最後に聞いた彼女の言葉を思い出す。
物語の完結と共に消失した彼女とは二度と出会えないことは分かっていた。それでもガラスの靴を手放そうとは思えなかった。
「ぐぅおおお!」
目の前にいたオオカミの一匹がしびれを切らして襲い掛かってくる。オオカミの牙がグリムの髪をかすめた。文字通り間一髪のところで避けることに成功する。
「……っ!」
突如金色の小物体が視界に入り込む。グリムはそれを即座に掴むとそれが自身の前髪につけていた金色の髪留めだと気がついた。
「「頁」は……ついているのか」
手に取った髪留めに装飾された宝石を確認する。薄い茶色に染まったものと黒色に染まった真珠のような形をした宝石が本来空いていたはずの場所に飾られていた。
「こいつがあるなら……」
「ぐるおおおおおお!」
髪留めの黒色の宝石に触れるとほぼ同時に左右にいたオオカミ2匹がグリムめがけて勢いよく襲い掛かってくる。
オオカミの牙がグリムに届く直前、グリムの体から光が放たれる。その眩しさに襲い掛かってきた二匹は目がくらみ、攻撃は届かなかった。
「……そうか、この世界でもこれは使えるんだな」
「ぐるぅお!?」
オオカミたちが困惑したような声を上げる。それが果たしてたまたまなのか、それとも目の前にいた人間の姿がいきなり黒ずくめの格好に変わったからなのか、言葉を持たない獣の答えなどグリムにはわからなかった。
たった今、グリムは自身の体にシンデレラの世界で魔女が持っていた「頁」をあてはめた。
灰被りの少女を舞踏会に連れていくための魔法使いであり、12時の鐘の音がなるまで解けない魔法をつかさどる物語の中でも主要な役割を持つ人物に与えられた「頁」
そんな「頁」を自分の体に取り込んだグリムの姿はシンデレラの世界の魔女に変わっていた。
腰についていた杖を取り出し、オオカミ1匹に狙いを定める。そして口を開く。
「ねずみになれ」
グリムがそう言うと杖の先から光線が飛び出し、オオカミに当たると光に包まれた。たちまちオオカミは姿と形を大きく変えて小柄なネズミに変わってしまう。
「ぐぅるろ!?」
周りのオオカミたちが明らかにうろたえている様子が見てとれた。それと同時にグリムはこの世界でも「頁」を自分に使う事で魔女になることも、魔法を使えることも把握する。
全ての人間は生まれた時に世界から1枚の「頁」を与えられる。
その「頁」に書かれた役割に従って人々は物語の完結を目指す。
「頁」に書かれた役割に背くとその人間は焼失する。
そんな命と同等の価値を持った「頁」をグリムは持っていなかった。
そのせいなのか、グリムは他者の「頁」を自身に当てることでその「頁」に記載された役割を演じることが出来る。
「子犬になれ」
オオカミのうち1匹に続けて魔法をかける。光の充てられたオオカミは小柄な犬に変わってしまう。
「…………」
「ぐるぅ」
残り3匹のオオカミの方に杖を構えると得体のしれない存在に怯えたのか、一目散に森の奥へと逃げて行ってしまった。
「……ふぅ」
グリムに敵意を向ける存在がいなくなったのを確認して杖をしまう。
新しい世界に来て早々に獣に襲われるのは初めての経験だった。
「さて、どっちへむかうか……」
先ほどオオカミが逃げていった深い森の方角とその反対側に綺麗に道は分かれていた。
逃げていったオオカミたちとは逆の方向へ進んだ方が安全なはず......そう判断し、自身の体内にいれた魔女の「頁」を取り出そうとしたその時、持っていたはずの緋色のガラスの靴がない事に気が付いた。
「…………ない」
辺りを見回すが一向に見当たらない。つい先ほどオオカミに襲われる前まで手元に持っていたものが視界からなくなった。そうなるとどこにいったのか、誰が持っていったのか、答えは一つしかない。
「あー、くそ……」
魔女の「頁」を体内から取り出す事すら忘れてグリムはオオカミ達が逃げた森の方へと走り出した。
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