32 / 161
32話 泥酔
しおりを挟む
「あの子は間違いなく素敵なシンデレラになれると思うのよ~!」
届いた10杯目のお酒をまた一気に飲み干したリオンがグラスから口を離すなりそう告げた。
「いきなりどうした」
シンデレラにガラスの靴を渡し終えた後、宿である酒場に戻るとすでにリオンが席に座ってお酒を飲んでいた。
いつもならもう少し遅い時間に現れるはずの彼女だったが今日はやけに早い……そしてかなりの量のお酒を飲んでいた。
「物語は動き出している……酒場に寄るのは控えた方がいいと……」
「うるさーい!うるさい!うるさーい!」
駄々っ子のようにリオンは声を荒らげてグリムの肩をバシバシと叩いた。
聞く耳を持たないというよりはお酒に酔ってグリムの言葉を理解していないように見えた。
「ねぇ、あなたもそう思うでしょ?」
「会話をとばすな。もしかして酔っぱらっているのか?」
「答えはイエスかハイで答えなさい」
「それ肯定しかないじゃないか……」
この場所で何度かリオンがお酒を飲む姿を見てきたが、今夜の彼女は普段とは違う。明らかに飲むはずのお酒に吞まれてしまっていた。
「いいから答えなさいよ」
「そうだな……あの子なら間違いなく最高の主人公を演じてくれるだろう」
「でしょー?」
リオンは嬉しそうに笑いながら空になったグラスを振り回す。
周りに誰もいないので止める事はなかったが、陽気なその姿は珍しく思えた。
「マスターおかわりー」
弛緩した表情でリオンは追加のお酒を店主に注文する。声をかけられた店主の方を見るとひたすら空のグラスを洗っていた。
今この席の周りにいる人間はグリムとリオンしかいない。机の上には空のグラスが大量に置かれていた。誰が飲んだ後なのか……当然目の前のリオンである。もはや酒樽を渡したほうが良い量だった。
「この世界の「シンデレラ」はきっと最高の物語になるわ」
マスターが洗い物を中断して新しく持ってきてくれたグラスを手に取りながらリオンは話す。
「……そうだな」
グリムのように外の世界から来た人間が見てもそう思えるほど、このシンデレラの世界は終幕に向けてよく整われていた。
物語の主要な人物たちは与えられた役割を全うし、それ以外の人々までこの世界を彩るように活気に満ち溢れている。
このまま進めばまず間違いなくこの世界は最高の形で完結を迎えるだろう。
「あの子は……シンデレラは幸せになれるわ、そして…………」
言葉を言い切る前にリオンは机に突っ伏してしまう。完全に酔いつぶれたようだった。
「めずらしいな、酔いつぶれるところなんて初めて見たよ」
酒場を作って以来一度もこんな状態の彼女を見たことがない、とマスターは驚いた。
「お、おいどうするんだこれ」
リオンに声をかけるが一切反応がなかった。
「すまないが、家まで運んでくれねえか?」
マスターに申し訳なさそうに頼まれる。シンデレラの物語が本格的に始まった今、流石にシンデレラの姉を酒場に置いておくわけにはいかない。役割を持っていないグリムにお願いするのは適していた。
「……わかったよ」
グリムは全く動かないリオンを背負い、酒場を出た。
辺りは完全に暗くなり、街灯の光と夜空の星だけが町を照らしていた。
「う……」
「なんだ、意識あるのか?」
背中に背負っているリオンがわずかに声を出す。
「…………た」
「なにか言ったか?」
かすかな声でリオンはつぶやく。どうやら酔いがさめているわけではないようだった。
「…………った」
「なんだって?」
何を言っているのか聞き取ろうとゆっくり歩きながら耳を澄ます。
「私は………………に……たかった」
「…………っ!」
囁くような弱い声でもグリムだけははっきりと聞き取れた、聞き取れてしまった。
なぜ彼女がこんなにもお酒を飲んでつぶれていたのか、今日の彼女を見ていたグリムは理解をする。
「やっぱり…………それがお前の本当の願いなんだな」
ドワーフの男に言われるよりもずっと前からグリムは分かっていた。
この世界に最初に訪れた時、彼女の声を……願いをグリムは耳にしていた。
リオンの家に着いたグリムは扉を叩き、寝ぼけ眼をこすりながら出てきたシンデレラに酔いつぶれた彼女を託して再び夜道を引き返す。
グリムは空を見上げた。
『シンデレラの物語に生まれた女性なら誰しもが思うはずだ『もし私が主人公だったら』とな』
ドワーフの男が言っていた言葉が重くのしかかった。
グリムはこの世界に訪れる一つ前の世界を思い出す。
物語の名前は「ジャンヌダルク」
小さな村で生まれた少女がやがて世界を救う聖女になる英雄譚である。
グリムがジャンヌダルクの世界に訪れたタイミングは物語の中でもすでに終盤だった。
そこでグリムは身分を隠して人々から必死に逃げる主役の役割を与えられた女性と出会った。
彼女は生きる事を望んでいた。
人々の為に戦い続けた聖女はやがて救った人々によって魔女と罵られ火に焼かれて殺される……それが世界から彼女に与えられた役割であり、あらかじめ決められた物語の結末だった。
彼女の願いを叶えるためにグリムは世界の人々を敵に回してでも生きようとする彼女に協力した。
しかし世界と人々はそんな主役とグリムを許さなかった。
最終的には二人とも捕らわれてしまい、物語を意図的に滅ぼそうとした人間としてグリムも主役と同じように焼き殺されかけた。
『私の分まであなたは生きて』
聖女の役割を持った彼女の最後の願いによってグリムだけは釈放された。
誰よりも生きる事を望んだ女性によって役割を持たない男は命を救われたのだ。
「………………」
与えられた役割からは逃れることは出来ない。
どの世界でもその事実だけは決して揺るがなかった。
そして今この世界でも同じ現実を突きつけられていた。
今まで何度この世界の理に対して疑問を抱いたかはわからない。
なぜ彼女がシンデレラではないのか。
決して今のシンデレラが主役にふさわしくないというわけではない。
ただ「意地悪なシンデレラの姉」という役割を与えられた彼女がこのままではあまりにも救われない。
今日この日ほど世界の理の不条理さに疑問を持ち、そして憎んだことはなかった。
届いた10杯目のお酒をまた一気に飲み干したリオンがグラスから口を離すなりそう告げた。
「いきなりどうした」
シンデレラにガラスの靴を渡し終えた後、宿である酒場に戻るとすでにリオンが席に座ってお酒を飲んでいた。
いつもならもう少し遅い時間に現れるはずの彼女だったが今日はやけに早い……そしてかなりの量のお酒を飲んでいた。
「物語は動き出している……酒場に寄るのは控えた方がいいと……」
「うるさーい!うるさい!うるさーい!」
駄々っ子のようにリオンは声を荒らげてグリムの肩をバシバシと叩いた。
聞く耳を持たないというよりはお酒に酔ってグリムの言葉を理解していないように見えた。
「ねぇ、あなたもそう思うでしょ?」
「会話をとばすな。もしかして酔っぱらっているのか?」
「答えはイエスかハイで答えなさい」
「それ肯定しかないじゃないか……」
この場所で何度かリオンがお酒を飲む姿を見てきたが、今夜の彼女は普段とは違う。明らかに飲むはずのお酒に吞まれてしまっていた。
「いいから答えなさいよ」
「そうだな……あの子なら間違いなく最高の主人公を演じてくれるだろう」
「でしょー?」
リオンは嬉しそうに笑いながら空になったグラスを振り回す。
周りに誰もいないので止める事はなかったが、陽気なその姿は珍しく思えた。
「マスターおかわりー」
弛緩した表情でリオンは追加のお酒を店主に注文する。声をかけられた店主の方を見るとひたすら空のグラスを洗っていた。
今この席の周りにいる人間はグリムとリオンしかいない。机の上には空のグラスが大量に置かれていた。誰が飲んだ後なのか……当然目の前のリオンである。もはや酒樽を渡したほうが良い量だった。
「この世界の「シンデレラ」はきっと最高の物語になるわ」
マスターが洗い物を中断して新しく持ってきてくれたグラスを手に取りながらリオンは話す。
「……そうだな」
グリムのように外の世界から来た人間が見てもそう思えるほど、このシンデレラの世界は終幕に向けてよく整われていた。
物語の主要な人物たちは与えられた役割を全うし、それ以外の人々までこの世界を彩るように活気に満ち溢れている。
このまま進めばまず間違いなくこの世界は最高の形で完結を迎えるだろう。
「あの子は……シンデレラは幸せになれるわ、そして…………」
言葉を言い切る前にリオンは机に突っ伏してしまう。完全に酔いつぶれたようだった。
「めずらしいな、酔いつぶれるところなんて初めて見たよ」
酒場を作って以来一度もこんな状態の彼女を見たことがない、とマスターは驚いた。
「お、おいどうするんだこれ」
リオンに声をかけるが一切反応がなかった。
「すまないが、家まで運んでくれねえか?」
マスターに申し訳なさそうに頼まれる。シンデレラの物語が本格的に始まった今、流石にシンデレラの姉を酒場に置いておくわけにはいかない。役割を持っていないグリムにお願いするのは適していた。
「……わかったよ」
グリムは全く動かないリオンを背負い、酒場を出た。
辺りは完全に暗くなり、街灯の光と夜空の星だけが町を照らしていた。
「う……」
「なんだ、意識あるのか?」
背中に背負っているリオンがわずかに声を出す。
「…………た」
「なにか言ったか?」
かすかな声でリオンはつぶやく。どうやら酔いがさめているわけではないようだった。
「…………った」
「なんだって?」
何を言っているのか聞き取ろうとゆっくり歩きながら耳を澄ます。
「私は………………に……たかった」
「…………っ!」
囁くような弱い声でもグリムだけははっきりと聞き取れた、聞き取れてしまった。
なぜ彼女がこんなにもお酒を飲んでつぶれていたのか、今日の彼女を見ていたグリムは理解をする。
「やっぱり…………それがお前の本当の願いなんだな」
ドワーフの男に言われるよりもずっと前からグリムは分かっていた。
この世界に最初に訪れた時、彼女の声を……願いをグリムは耳にしていた。
リオンの家に着いたグリムは扉を叩き、寝ぼけ眼をこすりながら出てきたシンデレラに酔いつぶれた彼女を託して再び夜道を引き返す。
グリムは空を見上げた。
『シンデレラの物語に生まれた女性なら誰しもが思うはずだ『もし私が主人公だったら』とな』
ドワーフの男が言っていた言葉が重くのしかかった。
グリムはこの世界に訪れる一つ前の世界を思い出す。
物語の名前は「ジャンヌダルク」
小さな村で生まれた少女がやがて世界を救う聖女になる英雄譚である。
グリムがジャンヌダルクの世界に訪れたタイミングは物語の中でもすでに終盤だった。
そこでグリムは身分を隠して人々から必死に逃げる主役の役割を与えられた女性と出会った。
彼女は生きる事を望んでいた。
人々の為に戦い続けた聖女はやがて救った人々によって魔女と罵られ火に焼かれて殺される……それが世界から彼女に与えられた役割であり、あらかじめ決められた物語の結末だった。
彼女の願いを叶えるためにグリムは世界の人々を敵に回してでも生きようとする彼女に協力した。
しかし世界と人々はそんな主役とグリムを許さなかった。
最終的には二人とも捕らわれてしまい、物語を意図的に滅ぼそうとした人間としてグリムも主役と同じように焼き殺されかけた。
『私の分まであなたは生きて』
聖女の役割を持った彼女の最後の願いによってグリムだけは釈放された。
誰よりも生きる事を望んだ女性によって役割を持たない男は命を救われたのだ。
「………………」
与えられた役割からは逃れることは出来ない。
どの世界でもその事実だけは決して揺るがなかった。
そして今この世界でも同じ現実を突きつけられていた。
今まで何度この世界の理に対して疑問を抱いたかはわからない。
なぜ彼女がシンデレラではないのか。
決して今のシンデレラが主役にふさわしくないというわけではない。
ただ「意地悪なシンデレラの姉」という役割を与えられた彼女がこのままではあまりにも救われない。
今日この日ほど世界の理の不条理さに疑問を持ち、そして憎んだことはなかった。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?
長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。
王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、
「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」
あることないこと言われて、我慢の限界!
絶対にあなたなんかに王子様は渡さない!
これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー!
*旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。
*小説家になろうでも掲載しています。
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる