上 下
28 / 161

28話 魔女、再び

しおりを挟む
「どこに行ったか……っ!」

 表通りに出て歩き始めると一人の女性とぶつかってしまう。

「すまない、ケガはしてないか?」

「いえ、大丈夫です、あれ、あなたは……」

 ぶつかった少女がグリムの顔を見て足を止める。グリムには全く見覚えがないが、向こう側はこちらを知っているような反応だった。

「えっと、すみません、こっちに来てくれませんか」

 少女はグリムの服の袖をつかんで路地裏へと歩き始める。

「今急いでいるんだ。あんたに付き合っている暇は……」

「なにか困っているんですよね、グリム?」

 彼女の指を振り払おうとした刹那、グリムは自身の名前を出されて驚く。少女は一瞬こちらをみると何も言わずに再び路地裏へと歩きだす。グリムは名前を言い当てた少女の後を追った。

「なんで俺の名前を?」

 人込みから離れた路地裏の奥にたどり着くと少女はクルリとこちら側を向いてニコッと笑った。

「やだなぁ……私ですよ私ですよ私、分かりませんか?」

「……すまない、分からない」

 グリムはこの数日の間に出会ってきた人々を思い出して目の前の少女と照らし合わせるが、やはり見覚えがない。

 グリムと同じ旅人だとしたらこの世界とは別の世界で出会っていたのかもしれない……過去に出会った「白紙の頁」の人間を思い出すがそれでも分からなかった。

「酷いです、私と過ごしたあの長い一夜を忘れるなんて」

 少女はしくしくとウソ泣きを始める。その意図的に作られた演技にグリムは見覚えがあった。

「お前……か?」

「やっと気づいてくれましたね」

 魔女と言われた少女はえっへんと腕を腰に当てて得意げなポーズをとる。

「なんで魔女がこんなところにいる?」

「ふふふ、実は私、よく自分に魔法をかけて町の中を歩いていたんですよ?」

 シンデレラの物語の中で魔女が町の中を自由に歩いていたなどという話は聞いたことがない。魔女が本来現れるのは物語の終盤、シンデレラを舞踏会に導く時だけだった。

 物語が本格的に始まりだした今、町の中を歩くという行為は正直危険だとグリムは考える。

「村人に魔女が日常の中にいるってばれたらまずいかもですね。でも今の私はよ。だれも魔女だと気づいていないのです」

「……なるほどな」

 この世界の住人に魔女が出歩いている事実が知れ渡らない限り、世界から役割に反しているとみなされないと彼女は言いたいのだろう。

「あなたと接している間は例外だってことも知っていますよ」

 少女に変身した魔女はそう告げる。シンデレラが靴をなくした事をグリムに話しても世界が崩壊を始めなかったように、外の世界の住人と接するだけならば物語に影響を与えることはない。魔女はその事実を知っていたらしい。

「実をいうと森の中であなたに会う前からあなたを知っていたわ、それこそこの世界に訪れたその日からね」

「どういうことだ?」

「私の本来の役割は何だと思う?」

「シンデレラを舞踏会へと連れていくことだろ?」

「半分正解、あなた、シンデレラの物語をちゃんと読み直したほうがいいわよ」

「もったいぶらないで教えてくれ。何が言いたいんだ?」

「魔女がシンデレラをお城へと導く理由、それは彼女が舞踏会に出るという夢を叶える為よね?」

 魔女はどこから取り出したのか、眼鏡をかけて講義をするような口調でグリムに説明を始める。グリムがせかすような視線を送るとコホンと軽い咳払いをして話を続けた。

「魔女は決して誰にでも親切ではないわ。毎日継母達のいじめに耐えながら少女は舞踏会に夢を見る……そのけなげな姿に感銘を受けて願いを叶えるのよ」

「つまり、魔女は舞踏会が始まるまで、この世界の人々やシンデレラの行為を観測していたってことか」

 そういうこと、とシンデレラはびしっと人差し指をグリムに向ける。

 まとめると魔女はシンデレラの生活を普段から見ていた。その手段として魔女は別の姿に化けて定期的に町の中に訪れていた、そしてその中でグリムも見ていたというわけである。

「あなたが昨日シンデレラの家の前でのぞき見していた事も知っているわよ」

 魔女はにやにやと笑いながら話す。昨日の出来事を指摘されてグリムは一体魔女はどこまで知っているだろうかと勘繰ってしまう。

「それで、今日はどうしてそんなに焦っているんだい?」

 魔女は元々の姿のような口調で尋ねる。さすがの魔女でも今日起きた事件までは把握していないようだった。

「いや、ちょっと探し物を、な……」

 物語の中心に関わる人物に伝えてしまうことは危険だということを思い出し、グリムはガラスの靴を探している事を伝えかけて言いよどむ。

「探し物? なんなら私が手伝ってあげようか?」

「大丈夫だ」

「なによ、せっかく人が親切にしてあげてるのに」

「お前はそれよりも物語に沿った行動をしたほうがいいんじゃないのか?」

 言葉を言い終えてからグリムはしまったと後悔する。シンデレラは今現在家の中で必死にガラスの靴を探している。万が一、その姿を魔女に見られてガラスの靴をなくした事がばれてしまった場合、最悪この世界の崩壊に繋がりかねない。

「それもそうね、物語も本格的に始まった事だし、私は大人しくこのまま家に帰るとするわ」

 その一言を聞いてグリムは一安心した。

「あぁ……そういえばあなたに一つ忠告するわ」

 歩き出した魔女が立ち止まってこちら側を向く。


「シンデレラの姉、特にのほうには気をつけな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

処理中です...