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17話 ガラスの靴
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慌ててグリムは開いた扉を勢い良く閉める。
「……すまない」
「い、いえこここちらこそ急に大声をだだ出してしまってすすみません」
シンデレラの声は明らかに動揺していた。
「……着替え終えたら返事をしてくれ。それまでドアは抑えておく」
「あ、ああありがとうございます」
しばらく扉を背にして天井を眺めた。それから間もなくして「どうぞ」と扉の中から声が聞こえてくる。振り返りゆっくりとドアを開けて中に入った。
「先ほどは取り乱してしまい、申し訳ございませんでした」
「いや、俺のほうも配慮が足りなかった」
「…………」
「…………」
「あー、そのなんだ、この部屋はシンデレラの部屋なのか?」
気まずい沈黙を断ち切ろうと話題を振る。
しかし、話す話題があまり良くなかったことだと言い終えてからグリムは気づいた。
そこは部屋と呼べる場所ではなく、明らかに元々人が住むように作られた場所ではなかった。
入ってきた扉とは反対側にもう一つ扉がついているが、ベニヤ板で乱雑にふさがれているだけで隙間風が入ってきている。おそらく先ほどの風はここから吹いてきたものだろう。
そしてグリムが気になったのは部屋の中は大量の干し草で埋め尽くされていた事だ。この場所は元々馬小屋のような場所に違いなかった。
シンデレラという物語の中で主人公はひどい仕打ちを受けていたことは知っていたが、ここまでとは思っていなかった。彼女の事を思うと怒りとも困惑とも言える複雑な感情が込みあがってくる。
「ここはお父様がいた頃は元々馬小屋でした。いまは私の部屋です」
「でした」という過去形の言葉や彼女の現在の境遇から父親はすでにこの世界にはいないのだとグリムは察した。これ以上話を掘り下げるべきではないとグリムは判断する。
「シンデレラの役割は思った以上に厳しいんだな」
「そうかもしれませんね」
シンデレラは物静かな目で自身の部屋を眺める。つられてグリムも見回すが、部屋の中ほとんどは干し草で埋め尽くされており、毛布で包まれた寝床とその隣に置かれた小さな戸棚以外家具は何一つなかった。
今着ているぼろぼろの服装も同じようなものが何着か部屋の中に干されていた。この部屋の中だけでシンデレラという役割の不憫さが嫌になるほど目についてしまう。
「でも、私は恵まれてます」
「この状況でもか?」
「シンデレラは……物語の主人公は、皆の憧れそのものです。そんな大切な役割を与えられた私が恵まれていないはずはないんです。それに……私には本当に美しくて……本当は優しいお姉さまがいます」
シンデレラは今までの中で一番嬉しそうに語った。
「このほし草を使ったベッドも、その外側の風を通さないように塞いでくれたのも全てお姉さまがこっそりとやってくれたものなんですよ」
「……あいつ、工作は致命的に下手くそなんだな」
改めて扉を確認するが、お世辞にも綺麗に施工されているとは言えなかった。
「そ、そんなことないです、こういうのは気持ちが大切なのです!」
「それ、擁護になってないからな」
シンデレラは顔を真っ赤にして言葉に詰まる。しかし、彼女の言葉一つ一つから、リオンの事を本当に親っている事は伝わってきた。
「この戸棚もお姉さまが持ってきてくれたものなんですよ」
部屋の中には不釣り合いな豪華な戸棚がベッドの隣に一つだけ置かれていた。リオンの工作物とは思えないので町の職人か誰かに作らせたのかもしれない。
「本当のお母様から貰った大切な形見なのだから、大切にしなさい」
シンデレラはリオンの口調をまねて話す。
彼女は立ち上がると戸棚の最上段を開けて何かを取り出した。
取り出したものを大切そうに手に抱えるとグリムに見せる。それは美しいガラスの靴だった。
「……シンデレラのガラスの靴か」
透き通るような輝き、リオンが訪ねていた家のドワーフが作ったガラスの靴も見事ではあったが、シンデレラの靴はそれ以上に美しかった。
「ガラスの靴は魔女が用意するものだと思っていた」
「シンデレラの物語によっては、そのような展開もあるみたいですね」
シンデレラは穏やかに笑った。同じ物語でも世界によって多少の差異は生じる。そのことを彼女は知っているようだった。
「このガラスの靴は私を導いてくれる大切なお母様の形見です」
シンデレラは手に持っていたガラスの靴を慎重に戸棚の中へと戻した。
「つらい時や挫けそうなときはこの靴を見て、物語の結末に思いを馳せて……私は今まで生きて来ました」
「なるほどな」
この厳しい環境の中でもシンデレラが耐えてこられたのは意地悪な役割を持った優しい姉の存在とこのガラスの靴による影響が大きい事をグリムは理解した。
「その靴は絶対に無くさないようにな」
「そんな事絶対しませんよ!」
シンデレラは声を張って叫ぶ。想像以上に大きな声を出したのか、彼女自身が一番驚いていた。
「もちろん君が無くすとは思えない。でも君以外の誰かがそのガラスの靴をなくしてしまう可能性はあるからな」
「そ、それこそ絶対あり得ません!」
シンデレラの物語を壊すような真似をするはずがないと言いたいのだろう。
「……すまない」
「い、いえこここちらこそ急に大声をだだ出してしまってすすみません」
シンデレラの声は明らかに動揺していた。
「……着替え終えたら返事をしてくれ。それまでドアは抑えておく」
「あ、ああありがとうございます」
しばらく扉を背にして天井を眺めた。それから間もなくして「どうぞ」と扉の中から声が聞こえてくる。振り返りゆっくりとドアを開けて中に入った。
「先ほどは取り乱してしまい、申し訳ございませんでした」
「いや、俺のほうも配慮が足りなかった」
「…………」
「…………」
「あー、そのなんだ、この部屋はシンデレラの部屋なのか?」
気まずい沈黙を断ち切ろうと話題を振る。
しかし、話す話題があまり良くなかったことだと言い終えてからグリムは気づいた。
そこは部屋と呼べる場所ではなく、明らかに元々人が住むように作られた場所ではなかった。
入ってきた扉とは反対側にもう一つ扉がついているが、ベニヤ板で乱雑にふさがれているだけで隙間風が入ってきている。おそらく先ほどの風はここから吹いてきたものだろう。
そしてグリムが気になったのは部屋の中は大量の干し草で埋め尽くされていた事だ。この場所は元々馬小屋のような場所に違いなかった。
シンデレラという物語の中で主人公はひどい仕打ちを受けていたことは知っていたが、ここまでとは思っていなかった。彼女の事を思うと怒りとも困惑とも言える複雑な感情が込みあがってくる。
「ここはお父様がいた頃は元々馬小屋でした。いまは私の部屋です」
「でした」という過去形の言葉や彼女の現在の境遇から父親はすでにこの世界にはいないのだとグリムは察した。これ以上話を掘り下げるべきではないとグリムは判断する。
「シンデレラの役割は思った以上に厳しいんだな」
「そうかもしれませんね」
シンデレラは物静かな目で自身の部屋を眺める。つられてグリムも見回すが、部屋の中ほとんどは干し草で埋め尽くされており、毛布で包まれた寝床とその隣に置かれた小さな戸棚以外家具は何一つなかった。
今着ているぼろぼろの服装も同じようなものが何着か部屋の中に干されていた。この部屋の中だけでシンデレラという役割の不憫さが嫌になるほど目についてしまう。
「でも、私は恵まれてます」
「この状況でもか?」
「シンデレラは……物語の主人公は、皆の憧れそのものです。そんな大切な役割を与えられた私が恵まれていないはずはないんです。それに……私には本当に美しくて……本当は優しいお姉さまがいます」
シンデレラは今までの中で一番嬉しそうに語った。
「このほし草を使ったベッドも、その外側の風を通さないように塞いでくれたのも全てお姉さまがこっそりとやってくれたものなんですよ」
「……あいつ、工作は致命的に下手くそなんだな」
改めて扉を確認するが、お世辞にも綺麗に施工されているとは言えなかった。
「そ、そんなことないです、こういうのは気持ちが大切なのです!」
「それ、擁護になってないからな」
シンデレラは顔を真っ赤にして言葉に詰まる。しかし、彼女の言葉一つ一つから、リオンの事を本当に親っている事は伝わってきた。
「この戸棚もお姉さまが持ってきてくれたものなんですよ」
部屋の中には不釣り合いな豪華な戸棚がベッドの隣に一つだけ置かれていた。リオンの工作物とは思えないので町の職人か誰かに作らせたのかもしれない。
「本当のお母様から貰った大切な形見なのだから、大切にしなさい」
シンデレラはリオンの口調をまねて話す。
彼女は立ち上がると戸棚の最上段を開けて何かを取り出した。
取り出したものを大切そうに手に抱えるとグリムに見せる。それは美しいガラスの靴だった。
「……シンデレラのガラスの靴か」
透き通るような輝き、リオンが訪ねていた家のドワーフが作ったガラスの靴も見事ではあったが、シンデレラの靴はそれ以上に美しかった。
「ガラスの靴は魔女が用意するものだと思っていた」
「シンデレラの物語によっては、そのような展開もあるみたいですね」
シンデレラは穏やかに笑った。同じ物語でも世界によって多少の差異は生じる。そのことを彼女は知っているようだった。
「このガラスの靴は私を導いてくれる大切なお母様の形見です」
シンデレラは手に持っていたガラスの靴を慎重に戸棚の中へと戻した。
「つらい時や挫けそうなときはこの靴を見て、物語の結末に思いを馳せて……私は今まで生きて来ました」
「なるほどな」
この厳しい環境の中でもシンデレラが耐えてこられたのは意地悪な役割を持った優しい姉の存在とこのガラスの靴による影響が大きい事をグリムは理解した。
「その靴は絶対に無くさないようにな」
「そんな事絶対しませんよ!」
シンデレラは声を張って叫ぶ。想像以上に大きな声を出したのか、彼女自身が一番驚いていた。
「もちろん君が無くすとは思えない。でも君以外の誰かがそのガラスの靴をなくしてしまう可能性はあるからな」
「そ、それこそ絶対あり得ません!」
シンデレラの物語を壊すような真似をするはずがないと言いたいのだろう。
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