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■第一部 R大学時代の友人「ワトスン君」の回想録より復刻
17.<-Tobias Gregson->
しおりを挟む■17.八つの署名 -The Sign of Eight-
「スコットランドヤードの警部たちの中に……”おかしな警部”がひとり混ざってる?」
森谷研究室の後輩・門石めぐみの言葉を聞いて、俺は思わず聞き返してしまう。めぐみの隣席に座っていたゼミ長の灰原あいり先輩も、お菓子を摘まむ手を止めて同じように驚いている。
そして、そんな俺たちの会話を――教授席にゆったり座りながら聞き眺めていた車楽堂ほむら先生が「ほほう」と興味深げに微笑む。
「ふむ。実に興味深いではないか。どうだろう門石めぐみ君、その”謎”をぜひ我々に聞かせてくれないかな? そうできれば、まずはその――”八人の警部たち”――を紹介してもらえると嬉しいね」
ほむら先生の要請に、めぐみは「は、はいっ」と緊張しながら返事すると――ばたばたと手元のノートをめくり始めた。
「えっと、それでは一番有名な”レストレイド警部”は項目が多いので、いったん後ろに回して……まず一人目は――”トバイアス・グレグスン警部”――です!」
◆◇◆
【1】トバイアス・グレグスン警部<-Tobias Gregson->
◆『緋色の研究』他五作に登場する。
一番多く登場する”レストレイド警部”に次いで、二番目に登場回数が多い。
◆名探偵ホームズは『緋色の研究』にて、グレグスン警部のことを「ロンドン警視庁で最も切れる男だ」と述べつつも「駄目なのが多いあそこでは、彼とレストレイドはマシなほうだね。彼らは二人とも抜け目なく、捜査ぶりも徹底しているが、頭はカチコチなんだ――どうしようもないぐらいね」と厳しめに評している。
◆ただし『緋色の研究』事件を捜査することになったグレグスン警部とレストレイド警部に対して、新聞紙面では「この高名な両警部がすぐに本事件を解明することは確実だ」と期待を寄せており、世間一般的には”スコットランドヤードの名物警部”として、両名とも高く評価されている事がわかる。
◆ホームズ作品の常連である”レストレイド警部”とは、ライバル関係である。
そのことを名探偵ホームズは『緋色の研究』にて「ふたりはいつもいがみ合っている。商売女みたいに、お互いに嫉妬しあっているんだ。もし、ふたりがこの事件を捜査するなら、おもしろい見物になるよ」と小馬鹿にしている。実際に『緋色の研究』の中盤では、グレグスン警部が同僚のレストレイド警部より先んじて容疑者を逮捕したと”太い手を擦り合わせながら”自慢げに笑ってホームズ達に報告するシーンがある。
◆ワトソン博士は『緋色の研究』にて、初対面のグレグスン警部の外見を「背が高く、顔が色白で、亜麻色の髪をした男」と表現している。また、同作ではグレグスン警部が「誇らしげに”太った手-his fat hands-”を擦り合わせる」場面もあり、かなり体格が良かったものと思われる。
ちなみにグレグスン警部の能力面に関しては、ワトソン博士が『ウィステリア荘』にて「精力的で勇猛果敢な男で、彼の能力が及ぶ範囲内であれば、彼は有能な警官であった」と記している。
◆グレグスン警部は、民間の”私立探偵”に過ぎないホームズに対して、一定の敬意を払っている。
『緋色の研究』ではホームズに捜査協力の依頼をしており、ホームズが事件現場を巻き尺で測量しまくるシーンではレストレイド警部と共に「いくらか軽蔑しつつも、非常に興味深げにジッと見て」いた。また、グレグスン警部が登場する最後の作品『赤い輪』では、ホームズに対して「私はあなたを評価しています、ホームズさん。あなたがいてくれて心強いと思わなかった事件は一件もありません」と熱を込めて伝えるシーンがあり、深い感謝と尊敬の念が感じられる。ただ、その直後にグレグスン警部は「今度ばかりはあなたを出し抜けましたかね」とホームズに張り合っており、グレグスン警部がホームズを”格上”と見なした上で”目標”と仰いでいるかのような”謙虚さ”と、ある種の信頼関係を見せている。
◆◇◆
「あら。最初に紹介するのが”グレグスン警部”だなんて、ピッタリだわね!」
めぐみが机の上に広げたノートを横から覗き見ながら、あいり先輩がニカッと笑いながら感想を述べる。
それを聞いた俺も「たしかに」と頷き返した。
ワトソン博士が執筆した最初の作品『緋色の研究-A Study in Scarlet-』に登場した最古参の警官であり、つまりは”ホームズ物語”において一番最初に台詞付きで登場した”スコットランドヤードの警部”――それが”トバイアス・グレグスン警部”だからな。ホームズの”謎解き”を始める開幕役にはピッタリだ。(ちなみにワトソン博士の述懐中であれば”レストレイド警部”が一番最初に登場した”スコットランドヤードの警部”である。ここでも競争してるとかホントに仲良しだよな?)
「たしか名探偵ホームズと相棒のワトソン博士が、初めて一緒に事件を捜査した『緋色の研究』事件も……グレグスン警部がホームズ宛に出した捜査依頼の手紙を、ワトソン博士が読み上げるシーンから始まるのよね?」
あいり先輩の質問に対して、めぐみが「はいっ」と元気に答える。
「そうですっ。ちなみに、グレグスン警部が書いたその手紙には『現場をそのままにしておきます-in statu quo-』というラテン語の表記が含まれており、その事からグレグスン警部は”かなり学識が深い人物”だと考察されていますっ」
「へぇ~”インテリ警部さん”だったのねぇ!」
ほう。なるほど――”グレグスン警部はインテリだった”――そう言われると何やらシックリくるな。
同じロンドン警視庁の同僚である”レストレイド警部”と比較して、グレグスン警部はホームズに知性に対してある種の”対抗心と敬意”が同居している様に感じられる。それが”インテリ同士”の仲間意識とライバル意識なんだとしたら……”インテリ警部さん”はまさにピッタリな表現なのかもしれないな。
「ちなみにっ、『緋色の研究』の終幕にて名探偵ホームズは、犯人を逮捕した手柄をグレグスン警部とレストレイド警部に横取りされちゃいます。でも、その時の新聞記事がすごいんですよねぇ――『この見事な逮捕の功績は、すべて著名なロンドン警視庁の警部、レストレイド氏とグレグソン氏に帰するというのは、公然の秘密である。犯人はあのシャーロックホームズ氏の部屋で、拘束されたようである。ホームズ氏は彼自身、アマチュアとして探偵の仕事に若干の才能を示している。そして彼も、この警部たちの教えがあれば、いずれある程度まで追いつく事が期待できるかもしれない』――いやぁ~ちゃっかりしてますよねぇー。しかもホームズに対して”レストレイド警部たちを見習え”とかっ。この新聞記事を読んで、ワトソン博士も怒っちゃいます!」
そう言いながら、めぐみ自身もぷんぷんと不機嫌そうになっているのを見て、あいり先輩が「あははっ、そりゃワトソン博士も怒るわよね!」と微笑み返す。
「でも、その新聞記事を読んで”これが我々の緋色の研究の成果だ”と自嘲するホームズの台詞はタイトル回収にもなってるし、そんな友人の自嘲する姿を見て”いずれホームズの活躍を記録して世に発表する”とワトソン博士が決意するアツき友情も良き――この『緋色の研究』の終幕は本当にカッコイイわよねぇ~!」
あいり先輩が「ふんすっ」と鼻息荒げながら感想を語り、俺とめぐみがうんうんと同意する。
たしかに『緋色の研究』の終幕は秀逸だよな。
ホームズ達のもとへ事件の依頼が飛び込んできて、事件解決の功績をスコットランドヤードに横取りされて、それをワトソン博士がホームズの功績だと発表する――まさに”ホームズ物語”の王道展開を形作った作品だ。”ここから全てが始まった”感がある名演出の幕引きだ。
俺がそんなことを考えていると、めぐみはパラリとノートをめくった。
「えっと次に紹介するのが、名探偵ホームズを尊敬する若い刑事さん――”スタンレイ・ホプキンズ警部”――です!」
◇◆ ◇◆◇ ◆◇
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