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鬼畜オオカミと蜂蜜ハニー

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 上条は楽しそうに話す。きっと普通の家庭にある姿を思い描いているのだろう。上条の胸が暖かくなったという言葉。彼は素直な男なんだろうと、隼人は押し黙った。
「着替え終わりました」
 スタイリストの声に、ハッとする。視界に上条が立ち上がるのが見えた。衝立の方を見ると、鈴がワンピースを着ていた。
「鈴」
 長いウイッグを着けた鈴は、苦笑しながら片頬を指で掻いている。
「……鈴音の高校時代を見てるようだな」
「私もびっくりよ」
 鈴音が口に手を当てる。二人が並ぶと姉妹のようだ。鈴は隼人を見て、どう? と眼で訊いてくる。
「中々似合うよ?」
「…ちょっと複雑…」
 鈴は唇を尖らせる。あぁ、あの唇にキスをしたい。だが、此処では拙いので後のお楽しみとしよう。鈴は鏡台の前に誘導され、カラーコンタクトの付け方を教わり、メイクアーチストに化粧を施された。

 何だか長い一日だった。ウイッグ無しの時は途中で、シャワーで流せるヘアスプレーを使うと説明されたのだけれど、自分の女装に愕然とした。
「鈴音の高校時代を見てるようだな」の言葉に、ちっとも嬉しくないと顔に出したが、気付いて貰えないばかりか「中々似合うよ?」の隼人の言葉にいじけてしまった。
 撮影は隣の部屋を使った。バルコニーではしゃぐ鈴=女の子を恋人? の上条が新作の口紅を手に、鈴の唇に塗るシーン。
 間近に迫る、上条の顔を見詰めるとこの人が鈴の本当の、『お父さん』なのかなと思い同時に薫を思い出した。
「鈴?」
 隼人が運転しながら、チラリと鈴を見る。
「なんでもない。でも、上条さん想像のままだったね」
「かっこよかった?」
「うん! あ、隼人さんもかっこいいよ?」
「ありがとう。でも上条さんはやっぱり芸能人だな。オーラが違う」
「…そういえば、周りの友達見てると、お父さんに似てくるよね? 隼人さんは小早川家のお父さんに似てるし」
「ん?」
 隼人が首を傾げる。
「まぁ、そうだね…」
「僕、上条さんに似ていくかな」
 あんなにかっこいい人に似るのかと、ドキドキしながら「そうだね」の言葉を云われると期待していたのだが……。
「鈴はそのままで良いと思うよ」
 だった…。

「ただいま…」
 鈴は玄関でスリッパに履き替えた。隼人はこの後診療時間なので、病院の方へ行ってしまったのだ。リビングでは薫と里桜の声がする。声のする方へ鈴はリビングへ向かうと、薫が買い物から買って来たベビー服を袋から出している処だった。
「里桜のとっておけば良かったわね」
「何年前だと思っているの? おばあちゃんが近所にあげてたって、確か昔聞いた気がしたけど?」
「だって、あの時は…あら、鈴お帰りなさい」
 薫の視線に里桜が振り返る。薫が鈴にお帰りと云いながら、薫は対面式のキッチンへ向かった。
「何か飲む? 二人とも」
「麦茶でいい。兄ちゃんは?」
「俺も麦茶」
「了解」
 薫が冷蔵庫の扉を開けて、お茶のボトルを取り出す。鈴もキッチンへ行くと、食器棚からグラスを三つ出した。
「そういえば、今日だったんでしょう? 貴博、どうだった?」
 薰の声に鈴が肩を揺らす。
「え? あ、うん」
「何よ想像と違ってたの?」
「それ以上だったよ」
「そうでしょう? 写真、出来るの楽しみね?」
 その写真がまさか女装だとは知らない薫は、呑気に喜んでいる。知ったらどうなるのか。
 鈴は誤魔化すように、部屋で休むからと云ってその場を後にした。罪悪感に小さな胸苦しさを覚え、鈴は宿題を机の上に出し、時間も忘れて集中した。
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