天使は甘いキスが好き

吉良龍美

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天使は甘いキスが好き

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 少しずつだが、薄っすらと粉雪状になって、地面を覆い始めている。
 誰かが云った『雪ダルマ』の言葉が、今も耳にこびり付く。恵はベッドに横になって、窓の外を眺めていた。
 白い白い雪。隅っこの影に残った、汚れた雪の塊。
「竜之介さん、今何してるかな…」
 この時間なら、きっとまだ大学だろうか。恵はうつらうつらとさせながら、双眸を閉じた。

「あの…」
 後方から女医が声を掛けられて、振り返りドキリとする。
「細川恵の保護者ですが、本人から連絡がありまして」
「え? そうなんですか? 今さっき友人が迎えに来るからと…」
「手違いでしょう。丁度この近くを仕事で通り掛ったので、連れて帰ります」
 長身のハンサムがニコリと微笑めば、女医はかあっと顔を紅く染めて、男性に保健室へ案内する。
「仕事で通り掛るなんて。奇遇なんですね? お兄様ですか?」
「えぇ。とても仲の好い兄弟です」
「私ひとりっ子なんで、こんなにカッコイイお兄様って、羨ましいですわ」
「どうも」
 男は微笑むと、女医が此処ですと保健室のドアを開ける。
「細川君、お兄様が」
「構いません。先生はお仕事中でしたよね? 勝手に連れて帰りますから」
「そうですか?」
 閉められた白いカーテンを開けると、恵はぼんやりと近付いて来た男を見上げる。
 ーーー…誰?
 男は胸ポケットからハンカチを出し、起き上がろうとする恵の口に押し当てた。
「っ!?」
 驚いた恵は暴れ様とするが、ギブスが邪魔をして逃げられない。女医は男が背中で恵の顔を隠していたので、その姿は見えなかった。
「それじゃ、私行きますから」
 ーーー先生っ助けて!!
「う、んっんっ」
 恵は右手で男の腕を掴む。が、意識が遠ざかって右腕がだらりと下がる。
「ご心配掛けてすみません。恵、眠ったみたいなんで、抱いて帰りますから」
 クロロホルムで意識を失くした恵を、男は軽々と横抱きに抱き上げた。女医は驚いたが、眠っていると信じたのか、男を保健室から見送った。男は背後の女医に失礼しましたと声を掛ける。
「お大事に」
 女医が保健室のドアを閉めた。
 ぐったりとした恵は、額に汗を掻いている。
「恵君~君があんまり逃げ回るから、わる~いお兄さんが捕まえに来たからね」
 崎山俊彦は、車のナビシートに恵を乗せて、シートをゆっくりと倒す。恵の白い喉が、先日の時間を思い出させて、俊彦は唾を呑み込んだ。
「相変わらず綺麗だな。恵君は」
 俊彦は屈んで、頚動脈の上を舌でなぞる。
「思い出の場所に行こうか。恵君。いっぱい楽しんで、俺の傍にずっと居るんだよ? あんな男に誰が渡すか…綺麗で純粋な恵君。君は俺の所有物だからね?」
 俊彦はアクセルを踏んで、車を発信させた。俊彦の車を見送った美加が、高笑いする。
「馬鹿な男。龍君が悪いんだから。この私よりあんな子供を選ぶから」
 美加がショルダーバックを振り回す。
「しーらないっと。あんな子いっそどっか行っちゃえば良いのよ。ふんっ!」
 美加は俊彦の車とは逆方向へ歩き出す。口元は笑んで上機嫌だった。

「恵、迎えに…」
 放課後、保健室はもぬけの空だった。ベッドの上に恵の上着が畳んだまま、残っている。
「あら? 君どうしたのよ」
 後方から、女医が声を掛けて来た。
「あの、此処に細川恵が来た筈なんですが?」
「あぁ。仕事で通り掛ったっていう、細川君のお兄さんが、連絡貰ったとかで恵君を連れて帰ったわよ?」
「はぁ??」
 ーーーお兄さんだって?
「あの、それ本当にお兄さんって云ったんですか?」
「? ええ。ちゃんと」
「恵は? 起きてましたか!?」
「う~ん? 眠ってたわね。余程具合悪かったのかしら? ぐっすりだったけど」
 ーーーそんな馬鹿な。連絡ってなんだ? 俺荷物預かってるんだぞ?
「先生、ちょっとそこから携帯使いますから」
 平片は校庭と繋がっている引き戸のドアを開けて、恵の家に電話を掛けた。
【もしもし、細川ですが】
「十和子さん?」
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