天使は甘いキスが好き

吉良龍美

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天使は甘いキスが好き

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『そうだな…例えば伊吹が寂しい時に、お母さんの笑顔を思い出してごらん? そしたら、もしその時何か懐かしい感じが胸の中にあったら、その時はお母さんが伊吹をハグしてくれてるよ?』
 伊吹は睫毛をパチパチとさせて、恵に訊く。
『ぼくがないていたら、おかあさんかなしい?』
『哀しいに決まっている。伊吹が泣いていたら、家族全員が辛いしお母さんが天国に行けなくなる』
『いけなくなったら、どうなるの?』
『人は天国に行けないと、この世に縛り付けられて、苦しめられる』
 伊吹は驚いてベッドから飛び起きた。
『そんなのだめっおかあさんはかみさまのところにいって、だいすきなおはなにかこまれてくらすのっ』
 恵は伊吹の頬を撫でて頷く。
『そうだな。俺もお母さんが幸せで居られる様に、一生懸命に生きるよ。伊吹も約束してくれ。それでも辛かったら、我慢しないで俺に泣き付け。それぐらいなら、お母さんは大丈夫だと思ってくれるさ』
 伊吹は唇を噛んで、恵に抱き付いた。
 今、恵はリビングで十和子の手伝いをしている。
「なあ? もう名前は決まったのか?」
 平片は恵を振り返った。
「決まった。男の子が玲で、女の子が愛だよ」
「そうか、可愛いなぁ。きっと愛ちゃんは恵みたいに美人になるぞ?」
「平片…一言余計だぞ」
 十和子は笑って、平片と伊吹を呼ぶ。今夜は魚のムニエルに、肉じゃがだ。伊吹は席に着くなり、ニンジンを恨めし気に眺めた。

「明日から、学校出るよ」
 夜。恵は玄関で靴を履く平片の背中を見詰めたまま云った。
「あんま無理するなよ? 明日から迎えに…あぁ。きっとあいつが送り迎えに来るな」
 振り返る平片に、何故解ったのだろうと恵は不思議そうな顔をする。
「…ま、いいや。おやすみ」
「うん。おやすみ。また明日な」
 恵は平片を見送って、玄関に戻る。
「あ…」
 こんな時期に黒い蝶が、恵の周りにひらひらと飛ぶ。
「お母さん、俺…頑張るから」
 恵は小さな声で呟いた。もう少しでクリスマスだ。お小遣いで、龍之介にどんなプレゼントをしようかと考えて、胸の中が暖かくなった。

「調理師になるって…」
 その日の夜。恵は仏壇の前で、帰って来た太一と、片付けを済ませた十和子を呼んで、恵はこの先の進路を話した。
「お祖母ちゃんには卒業するまで、迷惑掛けるかと思う。俺は調理師免許があった方が、仕事しやすいかと思うんだ。まだ先だけど、専門学校行って勉強しながら、どこかレストランでバイトしようと思うんだけど」
「思うって、恵。そんな簡単な事じゃないのよ?」
「ごめん。お祖母ちゃん。もう決めたんだ」
「恵が自分で決めたなら、俺は反対しない」
「太一まで」
 十和子は溜息を吐く。
「玲と愛は、保育園に申し込んで。お祖母ちゃんにはお母さんの喫茶店を暫くは、守って欲しい。俺も時間がある時に、修行がてら厨房に入って、ランチの手伝いをするよ」
 十和子は困惑する。
「双子を預けるにしても、ベビーカーで、それに伊吹でしょう? 行き返りどうするの?」
「それは俺がしよう。協力しなきゃ先には進めないからな」
 太一が云う。
「明日有給休暇を取ったから、俺は保育園と市役所に行く」
「太一がそう云うなら。恵も余り無理をしないでね?」
 愛がお腹が空いたのか泣き出し、玲もつられて泣き出した。
「赤ちゃんて大変だよな。生後一ヶ月は三~四時間置きにミルクだもん」
「恵もそうだったんだぞ?」
 太一が云うと、恵はへぇと頷く。
「恵が結婚したら、どんな女の子が奥さんになるのかしらね?」
 十和子は云いながら、キッチンへミルクを作りに行く。太一はそ知らぬふりで双子のオムツを確認し、準備をする。双子が来てから、太一は仏間で寝起きをする様になった。
「恵、家庭教師の先生はどうだ?」
 話の矛先が自分に向き、太一から龍之介の名前が出たので押し黙る。
「えと…良い先生だよ」
「そうか。今度一緒に酒でも飲むか。お前が女の子なら、酒で見極める処だが。仕方ない。孫は伊吹とこの双子に期待するよ」
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