天使は甘いキスが好き

吉良龍美

文字の大きさ
上 下
44 / 98

天使は甘いキスが好き

しおりを挟む
 龍之介が恵の肩に手を置き、双眸を閉じた。
「最後まで、恵を呼んでいたのよ」
 十和子の声が恵を罪悪感に陥れた。かおるが苦しんでいる間、自分は龍之介の腕に抱かれていたのだ。
 あの夢は、かおるが恵を探していたのか。それとも、恵の全てを知って太一を許せと云ったのか。どちらにせよ、死に際に間に合わなかった。
 徐々に身体が死後硬直し始めるかおるの手を、まるで氷に触れているのかと思う程に、恵はぼんやりと心で呟いた。
 ーーーお母さん。俺が全てを守るから。伊吹も赤ちゃんもお店も。今はお祖母ちゃんに頼るけど。お母さん。最後に居てあげられなくて……ごめんなさい。
 恵は涙を零し続けながら、霊安室に移動したかおるの傍で、龍之介の肩に頭を預ける。太一は少し離れた場所で、二人の様子を見守り、双眸を閉じた。 
 
 白い煙が焼却場の煙突から出始めた。かおるの死に、伊吹はショックで口を聞かない。十和子に抱き付いたまま、恵を見ようとはしないのだ。恵に怒っている様子だ。恵は承知で敢えて何も云わなかった。昨夜。平片は恵の傍に龍之介が居た事事態に、信じられないという顔で見、弔問してから母親と帰って行った。学校の関係者とクラスメイト、保育園の園長と担任の沼田、そして園児と保護者が弔問に遣って来たが、告別式の今日は自治会関係者に親戚と家族と龍之介が来ていた。恵はぼんやりと空へ上る白い煙を見上げて涙を零す。
「南川先生ですか?」
 太一が遅くなったが、龍之介に声を掛けた。龍之介は遠くから恵を見守っていたのを太一は気付いていたのだ。
「…はい」
「遅くなりましたが、恵の父親の細川太一です」
 名詞を渡されて、龍之介は頭を下げた。
「大学で教師を目指しているとか」
「はい」
「……恵の家庭教師をお願いしていて、こう云ってはなんですが」
 太一は溜息を零す。
「恵はまだ子供です」
 龍之介はその言葉で全てを理解した。
「解っています。でも…すみません。俺には恵君が必要なんです」
「……私があの子にどうこう云えた立場では無くなっているのは、充分承知です。未成年者にその…解ってはいるんですが。今のあの子には、あなたが必要なのでしょう」
「…お父さん?」
 龍之介は双眸を見開いた。
「あの子の心の支えになってやって下さい。今の私はあの子に何もしてやる事が出来ない。父親面すらあの子には不愉快でしょう」
 太一は龍之介に頭を下げた。父親として、苦しい選択だろうに。意外な展開に龍之介が驚く。てっきり、殴られると覚悟していたのだ。自分の息子が男と付き合う。それが恋愛感情が絡むなら、尚の事父親として反対されると、龍之介は覚悟していた。それが『心の支えに』と乞われれば、龍之介は呆気に取られるしかない。どちらにせよ、恵を手放すつもりはないが。
 ーーー父親の浮気が、恵の心を人間不信にしたのか。
 その恵が、限られた人間にしか心を開かなくなったのだろう。
 ーーー恵はまだ子供で。それを俺は最後まで抱いた。
 はっきり云って犯罪だ。だが、後悔はしていない。この先に在る恵との未来を。どう、歩いて行くか。

「まいったな。これ程惚れたのは初めてだ」
「ごめんそっちの趣味無い」
 大学のカフェテラス。同じ教科を取った友人が、龍之介のひとり言に反応する。
「間違いなくお前じゃないから安心しろ」
「それは良かった」
 ほっと友人が胸を撫で下ろした。
「まぁこっちの話しだ」
「なんだよ。まさか本当に美加と寄りを戻したのか?」
 龍之介は食べ掛けのサンドイッチを、落としそうになる。
「…なんの話だ?」
 龍之介は顔を顰める。
「美加が話してたぜ? お前と寄りを戻したってさ。皆驚いてたぞ?」
 ゾッと寒気がした。
「…云って置くが、俺は他に恋人が居るんだ。美加とはあり得ない。今はその子以外には考えられない」
 龍之介は背後に近付いて来た人物に、怒りを込めて云い放つ。
「美加とはとっくに別れている。俺にはなんの関係無い」
「…龍君」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

九年セフレ

三雲久遠
BL
在宅でウェブデザインの仕事をしているゲイの緒方は、大学のサークル仲間だった新堂と、もう九年セフレの関係を続けていた。 元々ノンケの新堂。男同士で、いつかは必ず終わりがくる。 分かっているから、別れの言葉は言わないでほしい。 また来ると、その一言を最後にしてくれたらいい。 そしてついに、新堂が結婚すると言い出す。 (ムーンライトノベルズにて完結済み。  こちらで再掲載に当たり改稿しております。  13話から途中の展開を変えています。)

処理中です...