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天使は甘いキスが好き
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龍之介が恵の肩に手を置き、双眸を閉じた。
「最後まで、恵を呼んでいたのよ」
十和子の声が恵を罪悪感に陥れた。かおるが苦しんでいる間、自分は龍之介の腕に抱かれていたのだ。
あの夢は、かおるが恵を探していたのか。それとも、恵の全てを知って太一を許せと云ったのか。どちらにせよ、死に際に間に合わなかった。
徐々に身体が死後硬直し始めるかおるの手を、まるで氷に触れているのかと思う程に、恵はぼんやりと心で呟いた。
ーーーお母さん。俺が全てを守るから。伊吹も赤ちゃんもお店も。今はお祖母ちゃんに頼るけど。お母さん。最後に居てあげられなくて……ごめんなさい。
恵は涙を零し続けながら、霊安室に移動したかおるの傍で、龍之介の肩に頭を預ける。太一は少し離れた場所で、二人の様子を見守り、双眸を閉じた。
白い煙が焼却場の煙突から出始めた。かおるの死に、伊吹はショックで口を聞かない。十和子に抱き付いたまま、恵を見ようとはしないのだ。恵に怒っている様子だ。恵は承知で敢えて何も云わなかった。昨夜。平片は恵の傍に龍之介が居た事事態に、信じられないという顔で見、弔問してから母親と帰って行った。学校の関係者とクラスメイト、保育園の園長と担任の沼田、そして園児と保護者が弔問に遣って来たが、告別式の今日は自治会関係者に親戚と家族と龍之介が来ていた。恵はぼんやりと空へ上る白い煙を見上げて涙を零す。
「南川先生ですか?」
太一が遅くなったが、龍之介に声を掛けた。龍之介は遠くから恵を見守っていたのを太一は気付いていたのだ。
「…はい」
「遅くなりましたが、恵の父親の細川太一です」
名詞を渡されて、龍之介は頭を下げた。
「大学で教師を目指しているとか」
「はい」
「……恵の家庭教師をお願いしていて、こう云ってはなんですが」
太一は溜息を零す。
「恵はまだ子供です」
龍之介はその言葉で全てを理解した。
「解っています。でも…すみません。俺には恵君が必要なんです」
「……私があの子にどうこう云えた立場では無くなっているのは、充分承知です。未成年者にその…解ってはいるんですが。今のあの子には、あなたが必要なのでしょう」
「…お父さん?」
龍之介は双眸を見開いた。
「あの子の心の支えになってやって下さい。今の私はあの子に何もしてやる事が出来ない。父親面すらあの子には不愉快でしょう」
太一は龍之介に頭を下げた。父親として、苦しい選択だろうに。意外な展開に龍之介が驚く。てっきり、殴られると覚悟していたのだ。自分の息子が男と付き合う。それが恋愛感情が絡むなら、尚の事父親として反対されると、龍之介は覚悟していた。それが『心の支えに』と乞われれば、龍之介は呆気に取られるしかない。どちらにせよ、恵を手放すつもりはないが。
ーーー父親の浮気が、恵の心を人間不信にしたのか。
その恵が、限られた人間にしか心を開かなくなったのだろう。
ーーー恵はまだ子供で。それを俺は最後まで抱いた。
はっきり云って犯罪だ。だが、後悔はしていない。この先に在る恵との未来を。どう、歩いて行くか。
「まいったな。これ程惚れたのは初めてだ」
「ごめんそっちの趣味無い」
大学のカフェテラス。同じ教科を取った友人が、龍之介のひとり言に反応する。
「間違いなくお前じゃないから安心しろ」
「それは良かった」
ほっと友人が胸を撫で下ろした。
「まぁこっちの話しだ」
「なんだよ。まさか本当に美加と寄りを戻したのか?」
龍之介は食べ掛けのサンドイッチを、落としそうになる。
「…なんの話だ?」
龍之介は顔を顰める。
「美加が話してたぜ? お前と寄りを戻したってさ。皆驚いてたぞ?」
ゾッと寒気がした。
「…云って置くが、俺は他に恋人が居るんだ。美加とはあり得ない。今はその子以外には考えられない」
龍之介は背後に近付いて来た人物に、怒りを込めて云い放つ。
「美加とはとっくに別れている。俺にはなんの関係無い」
「…龍君」
「最後まで、恵を呼んでいたのよ」
十和子の声が恵を罪悪感に陥れた。かおるが苦しんでいる間、自分は龍之介の腕に抱かれていたのだ。
あの夢は、かおるが恵を探していたのか。それとも、恵の全てを知って太一を許せと云ったのか。どちらにせよ、死に際に間に合わなかった。
徐々に身体が死後硬直し始めるかおるの手を、まるで氷に触れているのかと思う程に、恵はぼんやりと心で呟いた。
ーーーお母さん。俺が全てを守るから。伊吹も赤ちゃんもお店も。今はお祖母ちゃんに頼るけど。お母さん。最後に居てあげられなくて……ごめんなさい。
恵は涙を零し続けながら、霊安室に移動したかおるの傍で、龍之介の肩に頭を預ける。太一は少し離れた場所で、二人の様子を見守り、双眸を閉じた。
白い煙が焼却場の煙突から出始めた。かおるの死に、伊吹はショックで口を聞かない。十和子に抱き付いたまま、恵を見ようとはしないのだ。恵に怒っている様子だ。恵は承知で敢えて何も云わなかった。昨夜。平片は恵の傍に龍之介が居た事事態に、信じられないという顔で見、弔問してから母親と帰って行った。学校の関係者とクラスメイト、保育園の園長と担任の沼田、そして園児と保護者が弔問に遣って来たが、告別式の今日は自治会関係者に親戚と家族と龍之介が来ていた。恵はぼんやりと空へ上る白い煙を見上げて涙を零す。
「南川先生ですか?」
太一が遅くなったが、龍之介に声を掛けた。龍之介は遠くから恵を見守っていたのを太一は気付いていたのだ。
「…はい」
「遅くなりましたが、恵の父親の細川太一です」
名詞を渡されて、龍之介は頭を下げた。
「大学で教師を目指しているとか」
「はい」
「……恵の家庭教師をお願いしていて、こう云ってはなんですが」
太一は溜息を零す。
「恵はまだ子供です」
龍之介はその言葉で全てを理解した。
「解っています。でも…すみません。俺には恵君が必要なんです」
「……私があの子にどうこう云えた立場では無くなっているのは、充分承知です。未成年者にその…解ってはいるんですが。今のあの子には、あなたが必要なのでしょう」
「…お父さん?」
龍之介は双眸を見開いた。
「あの子の心の支えになってやって下さい。今の私はあの子に何もしてやる事が出来ない。父親面すらあの子には不愉快でしょう」
太一は龍之介に頭を下げた。父親として、苦しい選択だろうに。意外な展開に龍之介が驚く。てっきり、殴られると覚悟していたのだ。自分の息子が男と付き合う。それが恋愛感情が絡むなら、尚の事父親として反対されると、龍之介は覚悟していた。それが『心の支えに』と乞われれば、龍之介は呆気に取られるしかない。どちらにせよ、恵を手放すつもりはないが。
ーーー父親の浮気が、恵の心を人間不信にしたのか。
その恵が、限られた人間にしか心を開かなくなったのだろう。
ーーー恵はまだ子供で。それを俺は最後まで抱いた。
はっきり云って犯罪だ。だが、後悔はしていない。この先に在る恵との未来を。どう、歩いて行くか。
「まいったな。これ程惚れたのは初めてだ」
「ごめんそっちの趣味無い」
大学のカフェテラス。同じ教科を取った友人が、龍之介のひとり言に反応する。
「間違いなくお前じゃないから安心しろ」
「それは良かった」
ほっと友人が胸を撫で下ろした。
「まぁこっちの話しだ」
「なんだよ。まさか本当に美加と寄りを戻したのか?」
龍之介は食べ掛けのサンドイッチを、落としそうになる。
「…なんの話だ?」
龍之介は顔を顰める。
「美加が話してたぜ? お前と寄りを戻したってさ。皆驚いてたぞ?」
ゾッと寒気がした。
「…云って置くが、俺は他に恋人が居るんだ。美加とはあり得ない。今はその子以外には考えられない」
龍之介は背後に近付いて来た人物に、怒りを込めて云い放つ。
「美加とはとっくに別れている。俺にはなんの関係無い」
「…龍君」
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