天使は甘いキスが好き

吉良龍美

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天使は甘いキスが好き

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「えっ!?」
 何を驚くのかと、恵が立ち上がる。
「俺、外で携帯掛けて来る」
 平片がポツンとリビングに取り残された。恵は勝手知ったるや否や、中庭に続く廊下に出ると、サンダルを履いて庭に出た。獅子威しがカポンと鳴る。大きな池で鯉が跳ねた。キラキラと水飛沫が虹を作る。恵は自分の携帯を手に、【龍之介】のアドレスを呼び出した。
 ーーーどうしよう。今何をしているんだろう?
 なんだか女々しい様な気分になる。でも声を聞きたい。声だけでも良い。恵は最初にメールで【声、聞きたい。電話しても良い?】と送った。メールを送るだけなのに、なんだかドキドキして堪らない。直ぐに折り返しの携帯が鳴った。
 ーーーうわぁ!
【…恵?】
「あ……龍之介さん。ごめんなさい…声を聞きたくてっあの…」
 微かに人込みの音と、クラシック音楽が聞こえる。
【構わないよ。恵、どうした?】
 別に何でも無いんだけどと、ただ声が聞きたくて。伝えたくて乾く唇を舐めた。
「…声を聞きたかったの。あなたの声を」
【…恵】
 一瞬、息を呑んだ龍之介が、嬉しそうに恵の名を呼ぶ。すると、電話の向こうで龍之介を呼ぶ女性の声がした。恵はドクンと胸が鳴った。
「あ、の…?」
【あぁ、同じ大学の友人達と、レストランで食事。恵は今何処?】
「…俺もクラスメイトの家に…勉強…で」
 恵の手が震える。勝手な想像はいけない。龍之介を疑ったら駄目だ。恵は深呼吸をした。
【そう。……勉強頑張って】
「うん。じゃ、また」
 恵は力無く頷くと携帯を切った。胸がモヤモヤする。
 ーーーこんな感情要らない。胸が苦しい。
 此処へ来る途中病院へ、かおるに会いに行った。かおるの笑顔を見て、今夜は平片の家に泊まる事を話をした。かおるは平片を懐かしいと云う。もうずっと顔を見ていないと。今度二人で来るからと、かおるに云って、照れながら頬にキスをした。ふと、伊吹がかおるのお腹に居ると知った時、偽者のサンタに『お願い聞いてくれてありがとう』と云ったのを、思い出した。
 学校から帰れば、かおるのお腹に向かって絵本を読み聞かせたり。懐かしい思い出。
『お父さん、見て見て。今お母さんのお腹蹴ったよ。』
 恵はハッとして、辺りを見渡した。鯉がまた跳ねたのだ。恵が小学三年の頃、かおるのお腹に耳を当てて太一に報告する。
 不意に過去が蘇えって、恵は心臓を抑えた。かおるを裏切った太一。電話の向こうで龍之介を呼ぶ女性の声。
 ーーーどうかしている。二人を重ねるなんて…。
 龍之介を想っていたのに、かおるの事を思い出したら、何故か記憶が太一に行き渡った。
「恵?」
 平片が寒そうにしながら恵を呼ぶ。紅い紅葉がひらりと池の水面に落ち、小さな波紋が広がった。建造物はロの字形をした建物で、廊下の向こうへ側へ行けば、道場が在る。
「っ!? あ…ごめん。今行く」
 考え事をしていた恵は振り返り、携帯をジーンズのポケットに突っ込んだ。恵は踵を返して中へ入る。ガラス戸を閉めると、ストーブの暖かな温度が、恵の身体を包んだ。
「…暖かいな」
「だろ? これだけ広いと、でかいストーブじゃないとさ。灯油代掛かるっておふくろぼやいてた」
 云いながら、平片は水を入れたヤカンをストーブの上に置く。
「そういえばお兄さんは?」
「会社の研修で沖縄」
 だから今夜は二人きりなのだと、平片はドキドキしている。だが、当の恵本人は何かあったのか、顔色が優れない。平片は恵の顔を覗き込んだ。
「具合悪いのか?」
「大丈夫。昼飯しよ? 外食行く?」
「あ、あぁ、この先に美味しいパスタ屋あるんだ」
「じゃ、昼飯そこな?」
 恵が着替えのバックの中から、財布を取り出す。
「昼飯俺が奢るから、平片夕飯作ってね」
 平片はオッケイと返事をし、
「んじゃ、帰り買い物付き合えよな? 飲み物まだ買ってないんだ。荷物持ち」
「ああ」
 ーーーなんかこれって、新婚夫婦みたくね?
 平片はルンルン気分で財布を入れたデイバックを肩に掛ける。
「んじゃ、行きますか」
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