天使は甘いキスが好き

吉良龍美

文字の大きさ
上 下
25 / 98

天使は甘いキスが好き

しおりを挟む
 脆く壊れそうな恵の心を癒すオアシス。恵は目尻に涙を浮かべて、龍之介の口腔を貪った。

「伊吹君、お迎えだよ」
 伊吹が英治と積み木遊びをしている所に、十和子が保育園へ迎えに来た。
「いつもすみません。遅くなって」
 十和子は白い息を吐きながら、沼田に頭を下げる。
「えいじくんのところはおそいね」
 伊吹が自分の出した分だけの積み木を片付ける。
「それより、あしたおれのいえにくるだろう?」
 パソコンを触らせてくれるという約束で伊吹は頷いたが、恵に近付くなと念を押されている。が、恵は平片の家に明日は泊まりで家に居ない。
 これでおあいこだと、伊吹は勝手に英治の家に遊びに行くと約束をしてしまった。
「おれのいえまでのちずなくすなよ?」
「うん。あしたおばあちゃんにつれていってもらうね? おひるまえにはいくから」
 英治は沼田と十和子が廊下の外で話しているのを確認し、伊吹の頬にキスをした。
「またあしたな」
「…っ!」
 頬を真っ赤に染めて、伊吹はギュウッと双眸を閉じる。英治はこの保育園に来てからというもの、こうして周りの眼を盗んでは、伊吹にキスをする。伊吹はその度に、ドキドキして胸がほっこりと温かくなるのだ。
「伊吹?」
「は、はい」
 十和子に呼ばれて、伊吹は自分の荷物をロッカーから出して、英治を振り返る。
「またね」
 伊吹は紅くなりながら、手を振る。
「お待たせ伊吹。今園長先生にご挨拶して来るから待っていてね? そしたらお母さんのお見舞い行こうね?」
「うん」
 今日もまた、恵はお迎えに来てくれなかった。十和子は職員室へ向かった。
「ぬまたせんせいまたね」
 赤ちゃんクラスから出て来た沼田に気付いて、伊吹は声を掛ける。
「はい伊吹君またね」
「あれ? 伊吹君?」
 伊吹は声のする方へ顔を向けると、英治の父親が迎えに来ていた。
「えいじくんのぱぱ!」
「玉木さ……ん」
 沼田が頬を染めて、お辞儀をする。
「…沼田先生、いつも有り難う御座います」
 伊吹は大人二人を交互に見比べて、何をお互い照れているのかと、首を傾げた。
「まあ、玉木先生ですか? 伊吹からお話しは伺っております。伊吹がお世話になりまして」
 職員室から出て来た十和子が玉木に気付き、お辞儀をすると玉木は胸の前で手を横に振った。
「こちらこそ。英治が毎日伊吹君の話をして、愉しく通わせて貰ってますよ。あぁ、そうだ。伊吹君、英治が明日愉しみにしてるからね? 家政婦さんがケーキを焼いてくれるらしいよ?」
「ほんとう?」
 伊吹は大きな瞳をキラキラさせて、玉木を見上げた。
「あら、約束したの?」
「あ……」
 十和子が訊く。伊吹はまだ十和子に話していなかった。
「おばあちゃんいいでしょう? ぼくもうやくそくしたの」
 十和子の言葉に、伊吹は泣きそうになる。
「私は明日お店があるわよ? 連れては行けないわ」
「じゃ、おとうさんにたのむもん」
「お父さんもお仕事です」
「え~?」
 伊吹は嫌々と顔と身体を横に振る。滅多にない光景に、十和子は絆されそうになる。
「私が迎えに行きましょうか?」
 玉木が申し出たので、伊吹は涙で濡れた瞳を向ける。
「でも、病院の方は…」
「明日は土曜日で午後から休診で休みですから。英治も愉しみにしてますので」
 英治が自分の荷物を手に、廊下に出る。
「いぶきのおばあちゃん、いいでしょう? おれたのしみにしてるから」
「そう…先生も英治君もそう云ってくれるなら」
「わ~い。おばちゃんだいすきっ」
 伊吹が十和子に抱き付く。
「それじゃ、伊吹君のご自宅訊いても良いでしょうか?」
 二人が話し込んでいる間、沼田はしゃがんで伊吹と英治に、こっそり云う。
「子供って素直で良いな~」
「?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

九年セフレ

三雲久遠
BL
在宅でウェブデザインの仕事をしているゲイの緒方は、大学のサークル仲間だった新堂と、もう九年セフレの関係を続けていた。 元々ノンケの新堂。男同士で、いつかは必ず終わりがくる。 分かっているから、別れの言葉は言わないでほしい。 また来ると、その一言を最後にしてくれたらいい。 そしてついに、新堂が結婚すると言い出す。 (ムーンライトノベルズにて完結済み。  こちらで再掲載に当たり改稿しております。  13話から途中の展開を変えています。)

ハッピーエンド

藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。 レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。 ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。 それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。 ※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。

処理中です...