天使は甘いキスが好き

吉良龍美

文字の大きさ
上 下
5 / 98

天使は甘いキスが好き

しおりを挟む
 英治は一瞬何の事かと固まる。そして恵の横でジャンバーを着る伊吹。そのジャンバーは、今流行のヒーロー物のキャラクターがプリントされた、男物だ。女の子はけっしてそんなキャラクター物は着ない。残念ながら。
 どうだまいっかと恵は高笑い。
 ーーーざまあ見ろ。
「おとこ?」
 ーーーおとこ? オトコ? これが?
 まるで恵に小悪魔な尻尾が生えた様だ。恵は英治の狼狽ににたりと笑う。爽快だ。非常に気分が良い。
「解ったら、伊吹に今後近付くなよ!」
 ーーー帰ったら消毒だ消毒っ。
 ビシッと指を英治に向けて、それを見た伊吹はぺしっとその手を叩いた。
「ひとにゆびをむけちゃダメなんだぞ? おかあさんにおこられるからな?」
 うっと恵は顔を顰める。痛い所を点かれた。恵は母親のかおるに弱い。泣き虫で気が強い。その性格は、恵も伊吹もしっかりかおるから受け継いだ。恵は黙って伊吹の手を掴むと、外へと促す。
 貴重な母親の面会時間が削られるのだ。こんな事などしてられるかと、本来の遣るべき事を思い出した。
「いぶき」
 伊吹は我に返った英治に呼ばれて振り返る。伊吹が男でも今は構わないと、この時英治は純粋に感じたのだ。
「やくそく、まもれよな」
 英治は胸の鼓動が収まらない。もっと一緒に居たかった。初めての気持ちに、英治は戸惑うが云わずにはいられなかった。伊吹は頬を染めて頷く。
「…うん。バイバイ、またあしたね」
 恵はハタと、脚を止める。訝しげに英治を振り返る。嫌な予感は何故か良く当たるのだ。
「何の約束だ?」
 英治を見据える恵を気にも留めず、伊吹は暢気にえ~とと小首を傾げた。
「う~んとね、よめになれといわれたの! ところでけいにいちゃん【よめ】ってなに?」
 その台詞に恵も英治も驚愕した。恵の怒りが増える。
 ーーー嫁だぁ!?
 英治は英治で、伊吹の疑問に呆気に取られ、溜息。
 ーーーやっぱりいみ、わかってなかったのか。
 それを聞いた恵は、完璧に頭に血が上った様子で英治を振り、今度こそ英治を小馬鹿にした様に、フッと笑った。が、眼は笑ってなどいない。
「やい、そこのクソガキ野郎、日本じゃ認められない法律ってぇもんがあるんだよ。で、お前に親切に教えてやる。そこのガキんちょ、耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれ! 伊吹は男。お前も男だ、残念だったな」
 ケッと悪態を吐くと、今度こそ伊吹を連れて教室から出た。高笑いをしながら立ち去る恵と、手を引かれる伊吹を見送りながら、英治は自分の唇を指で触れてみた。息吹の暖かな唇の感触がまだ残っている。
「さぎだ、おんなじゃない? かわいかったぞ? キスしちまったぞ?」
 伊吹の優しい笑顔を思い出して、ポッと胸が熱くなる。やっぱり男でも可愛い! まるで天使が降りて来た。なのに…。
 オトコ、オトコ、オトコ………エンドレス。

 恵の悪態に伊吹はムッとしたままだ。
「けいにいちゃんことばがわるいぞ。おかあさんにまたおこられるからね?」
 ママチャリの補助シートに乗せられた伊吹は、バンバンと恵の細い背中を叩く。夜空をチラと見上げれば、英治と見て綺麗だと思った丸い月は、白い雲に隠れて、銀色に鈍く光っている。
「煩い。もうあんな奴には近付くなっ」
 伊吹は納得が行かないと、恵の背中を睨む。
 ーーーそりゃあ、チュウされたけど。
 伊吹は思い出してまた紅くなる。
「どうして? せっかくおともだちになったし、おじさんともなかよくするって、やくそくしたもん。やくそくはまもるためにあるんだろう? にいちゃんよくぼくにいうじゃないか!」
 うっと恵は言葉に詰まる。 確かに云った。何度もいくどとなく。のほほん親父に代わって自分がしっかりせねばと、伊吹が産まれた時から神様に誓った。が、しかし、あれは(キス)は許せない。
「当たり前だ! 俺の可愛い弟にキスなんかしやがって! 伊吹は男だぞ、お婿に行けなくなったらどうしてくれるんだ?」
 恵の開き直りに、伊吹は呆気に取られ、そうだと思い出す。
 伊吹はキョトンとして、恵の背中のコートを引っ張る。
「けいにいちゃんにしつもんです」
「なんだ?」
「よめとおむことなにがちがうの?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

九年セフレ

三雲久遠
BL
在宅でウェブデザインの仕事をしているゲイの緒方は、大学のサークル仲間だった新堂と、もう九年セフレの関係を続けていた。 元々ノンケの新堂。男同士で、いつかは必ず終わりがくる。 分かっているから、別れの言葉は言わないでほしい。 また来ると、その一言を最後にしてくれたらいい。 そしてついに、新堂が結婚すると言い出す。 (ムーンライトノベルズにて完結済み。  こちらで再掲載に当たり改稿しております。  13話から途中の展開を変えています。)

ハッピーエンド

藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。 レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。 ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。 それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。 ※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。

処理中です...