バタフライトラップ

柏木あきら

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7、七色の蝶

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岡と俊はマンションを後にして無言で歩く。
先に歩く岡の後ろを俊が追うような形だ。しばらくあるくと駅につき、岡は歩みを止めた。
「安田くんはこの路線から乗るんだよね。私は別の駅だからここで」
何かを言わなければ、と俊は思うが言葉が出なくて俯いたままだ。

「……もう君に会う理由はなくなってしまった」
岡の言葉に、俊は顔を上げる。少し寂しそうに笑う岡の表情。
「でももし、君が会う事を許してくれるなら」

ドクンと鼓動が高まる。
このまま、何もなかったかのように一緒に過ごしていけるだろうか。
ことあるごとに、不安になるのではないだろうか。また、自分は騙されているのではないか、と。

答えられない俊の頭を、岡は手を伸ばしゆっくり撫でた。
「……いや、よそう。ここでお別れだ」
俊は岡を見つめ、しばらくしてようやく口を開く。

「……俺は今日一日であまりにもたくさんのことを知りました。正直まだ混乱してます。佳紀のことも、岡さんのことも。だから、時間が欲しいんです」
真っ直ぐ岡の顔を見ながらゆっくりと呟いた。

「待ってて、もらえますか」

岡はゆっくりと頷くと、俊の体を抱きしめ顔を見ずに呟いた。
「待つに決まってるよ。……ありがとう」
その言葉は、俊の耳に心地よく届いた。

踏切警報機が鳴り始め、電車が近付いてきていることを知る。
体を離すと、岡はじゃあ、と手を振った。
俊はそのまま改札口へ進み、ホームに上がる前に振り返ってみると岡はまだ手を振っていた。

名残惜しそうに、いつまでも。

***

シェイカーを振る音が【ロジウラ】の店内に響く。
その音を聞きながら、明彦は口から煙を吐き出しつつ微笑んだ。

「良い音を出すようになってきたじゃない」
攪拌されたシェイカーの中身をカクテルグラスに注ぎながら、俊も微笑んだ。
「ありがとうございます。これも、拓也さんの教え方がいいからですよ」
カクテルグラスに注がれた鮮やかなグリーンの液体がキラキラと輝く。
隣で氷を割っていた拓也は少し口元を緩めた。
「俊は飲み込みが早いから、あっという間に追い越されちゃうかも」
「それはないです」
そんな二人の様子を、明彦はまるで母親のような気持ちで見ていた。

あの騒動後、俊はカウンターにふたたび入るようにした。
拓也にカクテルの作り方を学び、自身の作ったおつまみとのマリアージュを客に勧めたりしている。
初めはたどたどしくもあったが、今はもう拓也と同じように接客ができるようになっていた。

仕事に対する姿勢の変化は他にも影響を与えた。
通院するようになり、抑制剤をちゃんと飲むようになってからは、コマンドを長期に受けなくても体調が酷く悪くなることはない。

そして一番変わったのは一人暮らしを始めたこと。
狭い部屋だけど、自立して生活していけることが俊の自信となっていた。
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