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五、褐色の来訪者
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初めてカウンセリングを受けて、すでに半年以上経過した。
【ロジウラ】でカウンター業務ができず裏方仕事ばかりだった俊は、今やカウンターで拓也と一緒に客を出迎えるほどになった。
シェイカーを振る拓也の横で軽食の仕上げを行う俊。
二人の息がよく合っていていいねぇ、と客に褒められることもしばしばある。
「拓也くんのカクテルに俊くんのおつまみは良く似合うよ」
常連客である小宮にそう言われて、俊は照れくさそうに笑った。
「ありがとうございます」
そう受け答えする俊を見て、明彦と拓也はお互いに顔を見合わせて微笑む。
そして俊は『もう体の関係は続けなくても大丈夫』だと、拓也の部屋で彼に告げた。
「それはもう相手ができたから、ということで僕は安心していいのかな?」
コーヒーを飲みながら、拓也がそう聞いてきたので、俊は一瞬悩んだが岡とのことを打ち明けた。
「パートナーではないけど」
「ふうん。不思議な関係だね。いっそ、くっつけばいいのに」
「その言葉、拓也さんにそっくりそのまま返すよ? ママとそういう仲でしょう?」
「まあね、でもあの人は難しいから」
はにかんだ顔を見せながら言った拓也の言葉に重みを感じ、俊はそれ以上追求せずにコーヒーを啜った。
「俺、一人暮らしするように頑張るよ」
【ロジウラ】が休みの日には他のバイトを入れ、少しずつ俊は自立に向け進めている。
「寂しくなるなあ。でも、俊が前向きになっている証拠だし、応援するよ」
拳を作り、拓也が差し出すと俊は笑顔を見せて自分の拳をコツンと合わせた。
ゆっくりゆっくりとした歩みだが、着実に自分は前を向いて歩いて行っている。
俊は体も心も満たされていた。
***
今日はカウンセリングの日だったが少し時間が遅れそうだと岡から連絡があり、俊は部屋で待つことにした。
七階に着いて玄関ポーチへと向かう。
すると、岡の部屋の前で男が立っていることに気がついた。
身長は百八十センチくらいだろうか。革ジャンに身を包んだ男だ。
もしかしたら岡に用事なのかもしれない、と俊は男に駆け寄り話しかけた。
「あの、岡さんにご用ですか?」
話しかけると男はちらと俊を見た。褐色の肌にパーマがかかったような黒髪。
恐らく東南アジアのあたりの人のようだ。驚いたのは男の瞳だ。
瞳の色が左右で違っていた。鮮やかな青と薄い茶の瞳。
俊は初めてオッドアイを持つ人に会ったものだから思わず固まってしまった。
「だれ」
イントネーションの違う話し方に俊ははっとした。日本語があまりわからないのかもしれない。
どうしようかなと頭をかいていると、男はじろじろと俊を舐め回すように見ながら口を開いた。
「……渡してほしいものがある」
意外にも男の日本語は流暢だった。そして彼が手にしていたのは白い封筒で、恐らくそれを岡に渡したいのだろう。
「よかったら俺が渡しておきましょうか?」
ゆっくりと話すと男は言葉を理解したようで、コクンと頷き封筒を俊に渡す。
その時にふんわりと男からの匂い。少しエキゾチックで甘い香り。
そしてどこかでかいだことのある香り。だけど俊は思い出せない。
「お名前を」
「サムット」
聞き覚えのない名前にちゃんと覚えられるかなと不安に思っていると、サムットから声をかけてきた。
「渡したら、分かる。知ってるから」
俊は頷くとサムットはさらにじっと俊の顔を見る。
「あ、あの」
しばらく見ていたがやがて目を背け、踵を返して俊から離れていった。
一時間ほど部屋で待っていると、ようやく岡が帰宅した。
リビングのドアを開けて鞄を放り投げた。
「ごめんね、なかなか帰れなくて」
「気にしなくていいですよ。この前の続き、読んでいたから」
岡のリビングには本棚がありそこには沢山の本が並んでいた。経済誌や専門書、小説などジャンルがたくさんで俊は部屋で待つ時に読みふけている。
「ならよかったけど」
「アッサムティー淹れますね」
読んでいた本に栞をはさみ、テーブルに置いて俊は立ち上がりキッチンへと向かった。
最近では紅茶のありかも覚えていて、客人のはずなのに俊が淹れることが増えた。
湯が沸く間に俊は先ほど会った、サムットのことを岡に伝えなければとリビングを覗くと、岡はテーブルに置いていたサムットから預かった封筒を手にしてじっと見ていた。
「サムットさんでしたっけ。玄関の前に立っておられたので、声をかけたんです」
「そうか」
少し岡の顔が曇ったように見え、俊は余計なことをしてしまったかなとおずおずと聞く。
「あの、迷惑でしたか?」
「そんな事はないよ。彼も助かっただろうから。確かに受け取ったことを連絡しておくね」
普段通りの岡の様子にホッとする俊。
さっきの顔はなんだったのだろうかと考えていると、湯が沸く音が聞こえ慌ててキッチンへと戻った。
【ロジウラ】でカウンター業務ができず裏方仕事ばかりだった俊は、今やカウンターで拓也と一緒に客を出迎えるほどになった。
シェイカーを振る拓也の横で軽食の仕上げを行う俊。
二人の息がよく合っていていいねぇ、と客に褒められることもしばしばある。
「拓也くんのカクテルに俊くんのおつまみは良く似合うよ」
常連客である小宮にそう言われて、俊は照れくさそうに笑った。
「ありがとうございます」
そう受け答えする俊を見て、明彦と拓也はお互いに顔を見合わせて微笑む。
そして俊は『もう体の関係は続けなくても大丈夫』だと、拓也の部屋で彼に告げた。
「それはもう相手ができたから、ということで僕は安心していいのかな?」
コーヒーを飲みながら、拓也がそう聞いてきたので、俊は一瞬悩んだが岡とのことを打ち明けた。
「パートナーではないけど」
「ふうん。不思議な関係だね。いっそ、くっつけばいいのに」
「その言葉、拓也さんにそっくりそのまま返すよ? ママとそういう仲でしょう?」
「まあね、でもあの人は難しいから」
はにかんだ顔を見せながら言った拓也の言葉に重みを感じ、俊はそれ以上追求せずにコーヒーを啜った。
「俺、一人暮らしするように頑張るよ」
【ロジウラ】が休みの日には他のバイトを入れ、少しずつ俊は自立に向け進めている。
「寂しくなるなあ。でも、俊が前向きになっている証拠だし、応援するよ」
拳を作り、拓也が差し出すと俊は笑顔を見せて自分の拳をコツンと合わせた。
ゆっくりゆっくりとした歩みだが、着実に自分は前を向いて歩いて行っている。
俊は体も心も満たされていた。
***
今日はカウンセリングの日だったが少し時間が遅れそうだと岡から連絡があり、俊は部屋で待つことにした。
七階に着いて玄関ポーチへと向かう。
すると、岡の部屋の前で男が立っていることに気がついた。
身長は百八十センチくらいだろうか。革ジャンに身を包んだ男だ。
もしかしたら岡に用事なのかもしれない、と俊は男に駆け寄り話しかけた。
「あの、岡さんにご用ですか?」
話しかけると男はちらと俊を見た。褐色の肌にパーマがかかったような黒髪。
恐らく東南アジアのあたりの人のようだ。驚いたのは男の瞳だ。
瞳の色が左右で違っていた。鮮やかな青と薄い茶の瞳。
俊は初めてオッドアイを持つ人に会ったものだから思わず固まってしまった。
「だれ」
イントネーションの違う話し方に俊ははっとした。日本語があまりわからないのかもしれない。
どうしようかなと頭をかいていると、男はじろじろと俊を舐め回すように見ながら口を開いた。
「……渡してほしいものがある」
意外にも男の日本語は流暢だった。そして彼が手にしていたのは白い封筒で、恐らくそれを岡に渡したいのだろう。
「よかったら俺が渡しておきましょうか?」
ゆっくりと話すと男は言葉を理解したようで、コクンと頷き封筒を俊に渡す。
その時にふんわりと男からの匂い。少しエキゾチックで甘い香り。
そしてどこかでかいだことのある香り。だけど俊は思い出せない。
「お名前を」
「サムット」
聞き覚えのない名前にちゃんと覚えられるかなと不安に思っていると、サムットから声をかけてきた。
「渡したら、分かる。知ってるから」
俊は頷くとサムットはさらにじっと俊の顔を見る。
「あ、あの」
しばらく見ていたがやがて目を背け、踵を返して俊から離れていった。
一時間ほど部屋で待っていると、ようやく岡が帰宅した。
リビングのドアを開けて鞄を放り投げた。
「ごめんね、なかなか帰れなくて」
「気にしなくていいですよ。この前の続き、読んでいたから」
岡のリビングには本棚がありそこには沢山の本が並んでいた。経済誌や専門書、小説などジャンルがたくさんで俊は部屋で待つ時に読みふけている。
「ならよかったけど」
「アッサムティー淹れますね」
読んでいた本に栞をはさみ、テーブルに置いて俊は立ち上がりキッチンへと向かった。
最近では紅茶のありかも覚えていて、客人のはずなのに俊が淹れることが増えた。
湯が沸く間に俊は先ほど会った、サムットのことを岡に伝えなければとリビングを覗くと、岡はテーブルに置いていたサムットから預かった封筒を手にしてじっと見ていた。
「サムットさんでしたっけ。玄関の前に立っておられたので、声をかけたんです」
「そうか」
少し岡の顔が曇ったように見え、俊は余計なことをしてしまったかなとおずおずと聞く。
「あの、迷惑でしたか?」
「そんな事はないよ。彼も助かっただろうから。確かに受け取ったことを連絡しておくね」
普段通りの岡の様子にホッとする俊。
さっきの顔はなんだったのだろうかと考えていると、湯が沸く音が聞こえ慌ててキッチンへと戻った。
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