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二、真白な記憶
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その後、連絡先を交換し二人はよく連絡し合う仲となった。
予定のない夜はたまに食事を一緒にすることも。
佳紀は博学で、いろんな話を俊にわかりやすく教えてくれてそれを聞くのに夢中になっていた。
そして気がつくとすっかり俊は佳紀に懐いていた。
佳紀と俊は年齢が五歳離れているが、童顔の佳紀は俊と同級生くらいに見える。
一度、若く見られるでしょう、と俊が言うと佳紀は少し不貞腐れて『この童顔のお陰で威厳もないからね』と呟いた。
それを聞いて俊は笑っていたが、それでも佳紀の醸し出す大人の余裕に憧れを抱いていた。
そして憧れはいつのまにか、ほのかな恋心となっていることを俊はうすうす気づいたものの、心の底にしまったまま過ごした。
そのころ、ちょうど俊の体に異変が起こり始めていた。
原因不明の体調不良。体の倦怠感から始まり、食欲不振。
めまいや動悸などありとあらゆる症状がでてきてコンビニのバイト先では店長が心配していてくれたが、やがて俊の方から辞めさせてくださいと頭を下げた。
一人暮らしをしている俊はどう暮らしていくかなど、考えないといけないのに、頭が働かず気力を無くしていた。
そんな俊をみかねて、声をかけてくれたのは佳紀だ。
「落ち着くまでうちにいなよ」
心配でたまらないよ、と優しく声をかけられて心身共に疲れ果てていた俊は佳紀のその言葉に甘えることにした。
二人の生活は数日間、穏やかに続いたがどうにも俊の体調は良くならない。
そんな日々が続いたある夏の夜。
暑苦しく、ねっとりとした空気の夜に、二人の関係が変わってしまう。
「俊、起きてる?」
自室のドアの向こうから声が聞こえて、俊はベッドから起き上がる。
時計を見ると午前一時。
寝苦しくて眠れずにいた俊はドアを開けて佳紀を見ると、グラスとワインを持っていた。
「どうかしたんですか?」
「眠れないんじゃないかなと思って。明日は休みだし話でもしない?」
優しく微笑む佳紀を、俊は笑顔で答えながら部屋に招き入れた。
「ワイン初めてかも」
「少しだけね」
グラスに赤い液体を注ぐ佳紀の姿。
ワインがよく似合うなあと思いながら、そのグラスを受け取り俊は恐る恐る、口に含んだ。
葡萄と少しの渋み。佳紀は飲みやすいものをチョイスしたのだろう、まるでアルコールが入っていない上質なジュースの味わいだ。
「美味しい」
ベッドに腰掛け、二人はワインを味わう。
「ところで、体調はどう?」
「相変わらずですね。……怖いです」
気がついたら俊の顔を佳紀が覗き込んでいた。
なんだろうと俊は思わず顔を背けると、ベッドに置いていた手の上に、佳紀の手が重ねられた。
「気を悪くしないで聞いてくれるかな。薬飲んでる?」
「なんの?」
俊のその答えに、佳紀は小さなため息をついた。
何か言い淀んでいるその様子に俊は息を呑む。
「俊。その体調不良はね、 Subの体質によるものだと思う」
「……え?」
Subはコマンドを誰にも出してもらえない期間が長くなると、体の不調が出てしまうのだ。
症状は人それぞれだが、一般的にはいま俊が苦しんでいる倦怠感、動悸、頭痛、めまい、食欲不振など。
それらを解消するためにパートナーがいないSubは一晩の相手を探す事もあるが、多くは抑制剤を飲んでいる。
この体質が始まるのは思春期くらいだが、中には成人を超えて始まるSubもいる。
義務教育の性教育の時間でこのあたりの知識は植え付けられるものの、俊のように自分のSub性を否定して聞く耳をもたないものは、突然の体調不良に悩み、病院を転々とする者もいる。
佳紀の説明に、俊は愕然とした。
自分はSubではないと思っていても付きまとう体質。
コマンドをだされないと体調不良になったり、見ず知らずのDomにコマンドを言われても勝手に体が動いたり。
「なんだよ、それ……」
ベッドに置かれている手はブルブルと震え、止める間も無く涙が溢れてきた。
「こんな体いらない! 命令なんてされたくないのに!」
こうしている間にも動悸が高まる。
(嫌だ! 誰か助けて!)
予定のない夜はたまに食事を一緒にすることも。
佳紀は博学で、いろんな話を俊にわかりやすく教えてくれてそれを聞くのに夢中になっていた。
そして気がつくとすっかり俊は佳紀に懐いていた。
佳紀と俊は年齢が五歳離れているが、童顔の佳紀は俊と同級生くらいに見える。
一度、若く見られるでしょう、と俊が言うと佳紀は少し不貞腐れて『この童顔のお陰で威厳もないからね』と呟いた。
それを聞いて俊は笑っていたが、それでも佳紀の醸し出す大人の余裕に憧れを抱いていた。
そして憧れはいつのまにか、ほのかな恋心となっていることを俊はうすうす気づいたものの、心の底にしまったまま過ごした。
そのころ、ちょうど俊の体に異変が起こり始めていた。
原因不明の体調不良。体の倦怠感から始まり、食欲不振。
めまいや動悸などありとあらゆる症状がでてきてコンビニのバイト先では店長が心配していてくれたが、やがて俊の方から辞めさせてくださいと頭を下げた。
一人暮らしをしている俊はどう暮らしていくかなど、考えないといけないのに、頭が働かず気力を無くしていた。
そんな俊をみかねて、声をかけてくれたのは佳紀だ。
「落ち着くまでうちにいなよ」
心配でたまらないよ、と優しく声をかけられて心身共に疲れ果てていた俊は佳紀のその言葉に甘えることにした。
二人の生活は数日間、穏やかに続いたがどうにも俊の体調は良くならない。
そんな日々が続いたある夏の夜。
暑苦しく、ねっとりとした空気の夜に、二人の関係が変わってしまう。
「俊、起きてる?」
自室のドアの向こうから声が聞こえて、俊はベッドから起き上がる。
時計を見ると午前一時。
寝苦しくて眠れずにいた俊はドアを開けて佳紀を見ると、グラスとワインを持っていた。
「どうかしたんですか?」
「眠れないんじゃないかなと思って。明日は休みだし話でもしない?」
優しく微笑む佳紀を、俊は笑顔で答えながら部屋に招き入れた。
「ワイン初めてかも」
「少しだけね」
グラスに赤い液体を注ぐ佳紀の姿。
ワインがよく似合うなあと思いながら、そのグラスを受け取り俊は恐る恐る、口に含んだ。
葡萄と少しの渋み。佳紀は飲みやすいものをチョイスしたのだろう、まるでアルコールが入っていない上質なジュースの味わいだ。
「美味しい」
ベッドに腰掛け、二人はワインを味わう。
「ところで、体調はどう?」
「相変わらずですね。……怖いです」
気がついたら俊の顔を佳紀が覗き込んでいた。
なんだろうと俊は思わず顔を背けると、ベッドに置いていた手の上に、佳紀の手が重ねられた。
「気を悪くしないで聞いてくれるかな。薬飲んでる?」
「なんの?」
俊のその答えに、佳紀は小さなため息をついた。
何か言い淀んでいるその様子に俊は息を呑む。
「俊。その体調不良はね、 Subの体質によるものだと思う」
「……え?」
Subはコマンドを誰にも出してもらえない期間が長くなると、体の不調が出てしまうのだ。
症状は人それぞれだが、一般的にはいま俊が苦しんでいる倦怠感、動悸、頭痛、めまい、食欲不振など。
それらを解消するためにパートナーがいないSubは一晩の相手を探す事もあるが、多くは抑制剤を飲んでいる。
この体質が始まるのは思春期くらいだが、中には成人を超えて始まるSubもいる。
義務教育の性教育の時間でこのあたりの知識は植え付けられるものの、俊のように自分のSub性を否定して聞く耳をもたないものは、突然の体調不良に悩み、病院を転々とする者もいる。
佳紀の説明に、俊は愕然とした。
自分はSubではないと思っていても付きまとう体質。
コマンドをだされないと体調不良になったり、見ず知らずのDomにコマンドを言われても勝手に体が動いたり。
「なんだよ、それ……」
ベッドに置かれている手はブルブルと震え、止める間も無く涙が溢れてきた。
「こんな体いらない! 命令なんてされたくないのに!」
こうしている間にも動悸が高まる。
(嫌だ! 誰か助けて!)
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