宵の宮

奈月沙耶

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第九話 午睡と過去

1.遠く遠く遠く遠い過去

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 客間に戻ると、いつ来たのか、布団代わりに座布団を敷いて毛布にくるまった亜衣が、すやすや寝息をたてて眠っていた。添い寝しているさやかも、すっかり寝入ってしまっているようだった。

 司は静かに襖を閉め、そのままその場所に腰を下ろした。立てた片膝に頬杖をついてさやかの寝顔を眺めた。

 縁側から午後の暖かな日差しが差し込んでいた。ぽかぽかと暖かくて心地よさげにふたりは眠っている。穏やかな空気に司も目蓋を閉じる。意識が遠く遠く遠く遠い過去へと沈んでいくのを感じた。


     *     *     *


 初めて会ったのは、夜の山中でだった。得体の知れない獣たちの泣き声がこだまするそこで、彼は震えながら木の陰に蹲っていた。
 目の前の草むらが揺れて、恐怖に声も出せずにいると、そこから現れた少女が不思議そうな顔で彼を見下ろした。

「なにしてるの?」
「弟を捜してるんだ。ここまで一緒に逃げて来たのに、手を離すなって言ったのに」
 彼女は黙って山の向こうを見返った。そうかと思うと顔をこちらに戻し、抑揚のまるでない平らな口調でこう言った。

「さっき、山犬の群れを見た。何か、小さなけものを襲っているようだったけど」
 目をいっぱいに見開いて少女の顔を見上げていると、彼女は目を細めてつぶやいた。
「ほら、こっちにも」
「……!」

 彼女の背後の暗闇から山犬が数匹飛び出してきた。こっちに飛びかかってくる。
 が、次の瞬間には何かに撃たれたように山犬たちはいっせいに倒れてしまったのである。

 肩越しにそれを一瞥し、彼女は何も言わずに歩き出した。小さな背中が見る見る遠ざかっていく。
 慌てて立ち上がり、転びそうになりながら後を追った。追いついて後について歩きだすと、彼女はちょっと振り返って眉をひそめた。

「どうしてついて来るの?」
 答えずにいると、彼女は立ち止まって体ごと振り向いた。彼女が身にまとった布がふわりと浮いて頬をかすめた。あちこち擦り切れて汚れてはいるけれど、自分など触れたこともないような上等な布であることがわかった。
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