Lotus 便利屋はカフェにいる

第五十八話 涙の意味

58-3．それでも謝る

　綾小路が冷えたビールを持ってきて広縁でふたりで飲んだ。
　居酒屋では生ビールが普通だから瓶ビールは珍しい。翡翠荘で一度だけ淳史に振る舞ってもらったことがあった。あのときにはとても苦く感じた。今だってそうだ。
　だから綾小路が苦く話し出したのはビールの効果かもしれない。

「最近の紗綾には手を焼く」
　どこかで聞いたようなセリフに誠も苦く笑う。十六歳。いつも一緒にいたはずの幼馴染だって別人のようになる。そんな年頃だ。
「何を考えてるのかまったくわからん」
「だろうね」
「それでいてすぐに泣くから手に負えない」
　美登利は、誠の前では泣かなかった。

「かわいいじゃないか」
「泣けばいいと思ってる」
　顔をしかめて綾小路はグラスをあおる。
「箸が転がっても泣きたい年頃なんだろ」
「俺は箸か」
　気分を害したのか綾小路は少し荒い音をたてて空になったグラスを置く。

　誠はやや表情を消して瓶を持ち上げた。
「謝ればいいんだよ」
　酌をしたものの加減がわからず白い泡がふちから少し零れる。
「……何を怒ってるかもわからないのにか？」
「うん」
「なんで謝るんだってやり返されそうだが」
「それでも謝る」

　ふんと鼻を鳴らして綾小路はメガネの奥の目を眇める。
「気が知れないな」
「そう、俺もそうだった。だから失敗した」
　だから負けた。
　綾小路はやっぱり苦い表情で押し黙る。そして迷ったような沈黙の後、口を開いた。
「気が知れない」
「だろうな」




「紗綾ちゃんが高校生だものね。年を取るわけだなあ」
　帰路の途中、立ち寄った動物園を回りながら美登利はつぶやく。
「疲れたか？」
「……まさか」
　つないでいた手にぎゅっと力を込めると同じように返ってくる。嬉しく感じながらも思い出す。

　今朝、隙をついて綾小路に言われた。
「あまりいじめるな」
「いじめてないよ」
「そうか？」
　宮前と違って綾小路は甘くない。だから美登利も反撃した。
「もし紗綾ちゃんに他に好きな男ができたらどうする？」

　綾小路が絶句したから、呆れてしまった。
「馬鹿だね。あり得ないから安心しなよ。紗綾ちゃんは私とは違う」
「俺と一ノ瀬も違うってわけか？」
　皮肉気に言われたけどあとは黙っておいた。自分が泥を被った方がずっとずっと楽だから。

「……暑いね」
「そうだな」
　手をほどこうかと思ったけど誠も離さない。そういうふうに自分が引きずり込んだ。
　責めてくれればいっそ楽なのに。そう思うことも身勝手なのだ。みんな身勝手なんだ。

「夏だね」
「水分補給しよう」
「うん。アイスコーヒー飲みたい。入口にあったお店でケーキも食べたい」
　言うと思っていたのだろう。彼女の手を引いて誠は順路を急ぎ始める。嬉しく思って＜引っ張られながら美登利は微笑む。涙は今はもう出ない。