274 / 324
第五十三話 箱入り乙女
53-2.聞きなれない呼ばれ方
しおりを挟む
「おはよう」
小さな声で返すと、美登利と今日子は薫子の前の席に並んで座った。
話しかけられると億劫だな。薫子はファイルに視線を落としてわざと顔を上げずにいた。心配するまでもなく、美登利は黙ったまま鞄から教材本と一緒に分厚い装丁の本を取り出して読み始めた。今日子も静かにスケジュール帳を開いている。
俯いたまま上目遣いに薫子は美登利が開いている本のページを窺う。何を読んでいるのか気になってしまうのは本好きとしては仕方ない。
だからといって薫子は質問ができない。問い返されて自分の読書歴を答えなければならなくなるのが嫌だからだ。
どんな本を好むかでその人の為人(ひととなり)がある程度はわかってしまう。だから薫子は自分の内面をさらすようで読書の話をするのが恥ずかしいのだ。語りたい気持ちはなくはないのに。
「……」
カバーが掛かっていない布地の装丁本だから誰かの全集だろうか。彼女は好んで全集本を読むようだ。ブロンテ全集を持っているのを見かけたときにはさすがに話しかけたくなってしまった。
気になって仕方ない。そわそわと膝を動かしたとき、頬杖をついたまま美登利の目がこちらを向いた。ばちりと視線が合う。
どぎまぎする薫子に彼女はくすりと笑って体をねじり、読んでいた本の表紙を見せてくれた。歴史小説を得意とする日本の女流作家の全集本の第三巻だ。
「全集なんか出てるんだ」
「うん。亡くなる前に出版されるのって珍しいよね」
「何が収録されてるの?」
美登利は笑って巻末の各巻の目次が紹介されたページを開いて見せてくれた。
「薫子さんが好きだって言ってたから」
聞きなれない呼ばれ方に薫子はやっぱりどぎまぎしてしまう。
同級生に名前で呼ばれるなど小学部以来だ。幼稚舎や小学部の低学年では「薫子ちゃん」とか「かおちゃん」とか呼ばれていたが、長ずるにつれ名字でしか呼ばれなくなった。
薫子自身それがしっくりきていたから理由なんて考えたこともない。学友たちもその方がしっくりくると思ったのだろう。
扉越しに廊下の方から賑やかな声が響いてきて、薫子ははっとする。美登利はスッと薫子の手から本を引っ込めて前を向く。足を組んで頬杖をつき読書に戻った。
扉が開いて五六人のグループが姦しく入ってくる。後方の席を陣取ってそのままおしゃべりを続ける。
薫子は彼女たちをよく知っている。幼稚舎からずっと一緒の目立つ一団だ。学生自治会の委員も務め、自分たちをこの学校の主のように思っているに違いない。
小さな声で返すと、美登利と今日子は薫子の前の席に並んで座った。
話しかけられると億劫だな。薫子はファイルに視線を落としてわざと顔を上げずにいた。心配するまでもなく、美登利は黙ったまま鞄から教材本と一緒に分厚い装丁の本を取り出して読み始めた。今日子も静かにスケジュール帳を開いている。
俯いたまま上目遣いに薫子は美登利が開いている本のページを窺う。何を読んでいるのか気になってしまうのは本好きとしては仕方ない。
だからといって薫子は質問ができない。問い返されて自分の読書歴を答えなければならなくなるのが嫌だからだ。
どんな本を好むかでその人の為人(ひととなり)がある程度はわかってしまう。だから薫子は自分の内面をさらすようで読書の話をするのが恥ずかしいのだ。語りたい気持ちはなくはないのに。
「……」
カバーが掛かっていない布地の装丁本だから誰かの全集だろうか。彼女は好んで全集本を読むようだ。ブロンテ全集を持っているのを見かけたときにはさすがに話しかけたくなってしまった。
気になって仕方ない。そわそわと膝を動かしたとき、頬杖をついたまま美登利の目がこちらを向いた。ばちりと視線が合う。
どぎまぎする薫子に彼女はくすりと笑って体をねじり、読んでいた本の表紙を見せてくれた。歴史小説を得意とする日本の女流作家の全集本の第三巻だ。
「全集なんか出てるんだ」
「うん。亡くなる前に出版されるのって珍しいよね」
「何が収録されてるの?」
美登利は笑って巻末の各巻の目次が紹介されたページを開いて見せてくれた。
「薫子さんが好きだって言ってたから」
聞きなれない呼ばれ方に薫子はやっぱりどぎまぎしてしまう。
同級生に名前で呼ばれるなど小学部以来だ。幼稚舎や小学部の低学年では「薫子ちゃん」とか「かおちゃん」とか呼ばれていたが、長ずるにつれ名字でしか呼ばれなくなった。
薫子自身それがしっくりきていたから理由なんて考えたこともない。学友たちもその方がしっくりくると思ったのだろう。
扉越しに廊下の方から賑やかな声が響いてきて、薫子ははっとする。美登利はスッと薫子の手から本を引っ込めて前を向く。足を組んで頬杖をつき読書に戻った。
扉が開いて五六人のグループが姦しく入ってくる。後方の席を陣取ってそのままおしゃべりを続ける。
薫子は彼女たちをよく知っている。幼稚舎からずっと一緒の目立つ一団だ。学生自治会の委員も務め、自分たちをこの学校の主のように思っているに違いない。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
性欲の強すぎるヤクザに捕まった話
古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。
どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。
「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」
「たまには惣菜パンも悪くねぇ」
……嘘でしょ。
2019/11/4 33話+2話で本編完結
2021/1/15 書籍出版されました
2021/1/22 続き頑張ります
半分くらいR18な話なので予告はしません。
強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。
誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。
当然の事ながら、この話はフィクションです。
【R18】ドS上司とヤンデレイケメンに毎晩種付けされた結果、泥沼三角関係に堕ちました。
雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向けランキング31位、人気ランキング132位の記録達成※雪村里帆、性欲旺盛なアラサーOL。ブラック企業から転職した先の会社でドS歳下上司の宮野孝司と出会い、彼の事を考えながら毎晩自慰に耽る。ある日、中学時代に里帆に告白してきた同級生のイケメン・桜庭亮が里帆の部署に異動してきて…⁉︎ドキドキハラハラ淫猥不埒な雪村里帆のめまぐるしい二重恋愛生活が始まる…!優柔不断でドMな里帆は、ドS上司とヤンデレイケメンのどちらを選ぶのか…⁉︎
——もしも恋愛ドラマの濡れ場シーンがカット無しで放映されたら?という妄想も込めて執筆しました。長編です。
※連載当時のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる