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第五十一話 誘惑
51-4.そういうタイプじゃない
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「怒ってるの?」
「先輩が怒らないことに怒ってる」
なんだそれ。
「池崎くんも大概だよね」
「うん。おれも初めて知った」
天然の自覚はなかったわけか。それはそうだ。
「それならさ」
正人の冷たい手を取って美登利は笑う。
「手袋、返してきて」
「うん」
「二度と揺るがないで」
「うん」
ベンチコートの内側から包みを取り出して渡すと、正人は感極まった様子で美登利を見つめた。
「おれ……」
「私は何もいらない」
「……うん」
「だけどあなたを全部ちょうだい」
何度目とも知れない誘惑。繰り返し、繰り返し。何度だって誓う。
(おれはあなたのもの)
だからあなたも離さないで。どんなときにも。
自宅近くの駅前に呼び出され、小暮綾香はゆっくりと身支度してから待ち合わせのコーヒーショップに向かった。
窓際のカウンターに正人が座っていた。自分の分のコーヒーを買ってから綾香は彼の隣に座る。彼の手元にこの前渡した包みが置いてある。
「これ、返す。悪いけど」
「ほんとに悪いと思ってる?」
「思ってるよ」
「思ってるならデートして」
「やだ」
いつものように唇を引き結んでから、正人はじっと綾香を見つめた。
「おれはもう隙は見せない」
「そう?」
「おれは先輩のものだ」
「それでもいいって言ったら?」
上目遣いに見上げると、正人は真面目な様子で綾香に言い返してきた。
「もうやめろよ。小暮はそういうタイプじゃない」
「…………」
「そうだろ?」
悔しそうにくちびるを噛んでいる綾香を眺めて、正人は高校時代に城山苗子理事長に聞いた話を思い出す。
割れ鍋に綴じ蓋。美登利を思うことが苦しくて、ぼろぼろの正人を綾香が受け止めてくれたとき、何度となく拒否しながらも少しは思っていた。
こうやって近づいたり離れたりしながら、いつか綾香が自分の綴じ蓋になるのかもしれない。
それは生ぬるい願望でしかなくて、自分はやっぱり彼女のそばに戻りたくて、戻ってしまって。
だからもう、綾香はもっと他の割れ鍋に合わせていくべきなんだ。
「勝手なことばかり言って」
吐き捨てる綾香に正人は寂しく笑う。
「うん、勝手なんだ」
男だからさ。上へ上へ。そんな願望が正人にも確かにある。二度とあきらめたりしない。欲しいのはあの人だけ。
「好きにすれば」
飲みかけのコーヒーと包みを持って綾香が立ちあがる。
「あきらめるかどうかはわたしの勝手」
意固地に言い張る姿にため息をついて正人は綾香を見送る。
坊主も走る十二月。またひとつ年を越えようとしていた。
「先輩が怒らないことに怒ってる」
なんだそれ。
「池崎くんも大概だよね」
「うん。おれも初めて知った」
天然の自覚はなかったわけか。それはそうだ。
「それならさ」
正人の冷たい手を取って美登利は笑う。
「手袋、返してきて」
「うん」
「二度と揺るがないで」
「うん」
ベンチコートの内側から包みを取り出して渡すと、正人は感極まった様子で美登利を見つめた。
「おれ……」
「私は何もいらない」
「……うん」
「だけどあなたを全部ちょうだい」
何度目とも知れない誘惑。繰り返し、繰り返し。何度だって誓う。
(おれはあなたのもの)
だからあなたも離さないで。どんなときにも。
自宅近くの駅前に呼び出され、小暮綾香はゆっくりと身支度してから待ち合わせのコーヒーショップに向かった。
窓際のカウンターに正人が座っていた。自分の分のコーヒーを買ってから綾香は彼の隣に座る。彼の手元にこの前渡した包みが置いてある。
「これ、返す。悪いけど」
「ほんとに悪いと思ってる?」
「思ってるよ」
「思ってるならデートして」
「やだ」
いつものように唇を引き結んでから、正人はじっと綾香を見つめた。
「おれはもう隙は見せない」
「そう?」
「おれは先輩のものだ」
「それでもいいって言ったら?」
上目遣いに見上げると、正人は真面目な様子で綾香に言い返してきた。
「もうやめろよ。小暮はそういうタイプじゃない」
「…………」
「そうだろ?」
悔しそうにくちびるを噛んでいる綾香を眺めて、正人は高校時代に城山苗子理事長に聞いた話を思い出す。
割れ鍋に綴じ蓋。美登利を思うことが苦しくて、ぼろぼろの正人を綾香が受け止めてくれたとき、何度となく拒否しながらも少しは思っていた。
こうやって近づいたり離れたりしながら、いつか綾香が自分の綴じ蓋になるのかもしれない。
それは生ぬるい願望でしかなくて、自分はやっぱり彼女のそばに戻りたくて、戻ってしまって。
だからもう、綾香はもっと他の割れ鍋に合わせていくべきなんだ。
「勝手なことばかり言って」
吐き捨てる綾香に正人は寂しく笑う。
「うん、勝手なんだ」
男だからさ。上へ上へ。そんな願望が正人にも確かにある。二度とあきらめたりしない。欲しいのはあの人だけ。
「好きにすれば」
飲みかけのコーヒーと包みを持って綾香が立ちあがる。
「あきらめるかどうかはわたしの勝手」
意固地に言い張る姿にため息をついて正人は綾香を見送る。
坊主も走る十二月。またひとつ年を越えようとしていた。
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