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第五十一話 誘惑
51-3.「おかしいよ!」
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それは、もう気がすんだということだろうか。観察してみたけれど和美には彼の心情は読み取れない。
同世代の中でなら自分は心理戦に優れた方だと自負はあっても、やはり大人たちには敵わない。もうすぐ自分も社会に出る。海千山千の大人たちの中に泳ぎ出なければならないのだ。
「あの子はまたおかしなことを始めたみたいだね」
「ああ。自主映画のことですか?」
「目立つことしたら後が面倒だろうに」
「撮影には坂野っちが張り付いてるし、百合香先輩も来てくれてるんで。それにほんとに大したことじゃないんですよ。駐輪所でケンカしたり、ジャングルジムから飛び下りたり……」
「どんな話なの。その映画」
自分勝手なものだな。思って美登利は白い息を吐き出す。角のタバコ屋のご隠居の自宅になっている建屋の外階段から大通りのイルミネーションを眺め、気持ちを落ち着ける。
こんなことで胸が痛むのなんて間違っている。自分は散々彼を傷つけて困らせてばかりいるのに、そういう自分が傷ついたように見せるのはおかしい。
傷つけることで傷つく。その覚悟だって疾うにできていたはずで、態度に出してしまったことをあの後とても後悔した。
一緒に居てほしい。それ自体が我儘でそれ以上を望むのは間違っている。だけど欲が深い自分はもっともっとと求めてしまう。
あんなに反省したのにやっぱりみんなに迷惑をかけて。もういっそのこと、巽の元に引きこもった方がいいのではないだろうか。そんなふうにさえ思ってしまう。実のところ、それがいちばんの解決策なのではないのか。
本末転倒な考えが浮かんだとき、下の舗道を正人が走って来るのが見えた。辺りを見渡してきょろきょろしている。
おかしいの。思って、階段を下りていくと正人が気がついた。
「おかしいよ!」
言われて、びっくりして階段の途中で足が止まる。
「なんで先輩が気を使うんだよ。おかしいだろっ」
正人が必死に自分を見上げている。
――気遣ったり遠慮したり、そんなのは君じゃない。
澤村祐也に言われたことを思い出して、美登利は一瞬息を止めた。
――君がブレさえしなければ、まわりはみんなついてくる。だから覚悟を決めて。
覚悟したはずだったのに気持ちは揺らいでしまう。自分はまだまだ未熟だ。
――あきらめて、そのままの君でいて。狡くて汚いままでいて。
そうだよね。綺麗ごとを言ったところで、どうせ自分は上手にできない。
――せめて悪魔でいてくれないと。
正人の前に下りていく。顔を覗き込むと彼は鼻を赤くしていた。カワイイ。
同世代の中でなら自分は心理戦に優れた方だと自負はあっても、やはり大人たちには敵わない。もうすぐ自分も社会に出る。海千山千の大人たちの中に泳ぎ出なければならないのだ。
「あの子はまたおかしなことを始めたみたいだね」
「ああ。自主映画のことですか?」
「目立つことしたら後が面倒だろうに」
「撮影には坂野っちが張り付いてるし、百合香先輩も来てくれてるんで。それにほんとに大したことじゃないんですよ。駐輪所でケンカしたり、ジャングルジムから飛び下りたり……」
「どんな話なの。その映画」
自分勝手なものだな。思って美登利は白い息を吐き出す。角のタバコ屋のご隠居の自宅になっている建屋の外階段から大通りのイルミネーションを眺め、気持ちを落ち着ける。
こんなことで胸が痛むのなんて間違っている。自分は散々彼を傷つけて困らせてばかりいるのに、そういう自分が傷ついたように見せるのはおかしい。
傷つけることで傷つく。その覚悟だって疾うにできていたはずで、態度に出してしまったことをあの後とても後悔した。
一緒に居てほしい。それ自体が我儘でそれ以上を望むのは間違っている。だけど欲が深い自分はもっともっとと求めてしまう。
あんなに反省したのにやっぱりみんなに迷惑をかけて。もういっそのこと、巽の元に引きこもった方がいいのではないだろうか。そんなふうにさえ思ってしまう。実のところ、それがいちばんの解決策なのではないのか。
本末転倒な考えが浮かんだとき、下の舗道を正人が走って来るのが見えた。辺りを見渡してきょろきょろしている。
おかしいの。思って、階段を下りていくと正人が気がついた。
「おかしいよ!」
言われて、びっくりして階段の途中で足が止まる。
「なんで先輩が気を使うんだよ。おかしいだろっ」
正人が必死に自分を見上げている。
――気遣ったり遠慮したり、そんなのは君じゃない。
澤村祐也に言われたことを思い出して、美登利は一瞬息を止めた。
――君がブレさえしなければ、まわりはみんなついてくる。だから覚悟を決めて。
覚悟したはずだったのに気持ちは揺らいでしまう。自分はまだまだ未熟だ。
――あきらめて、そのままの君でいて。狡くて汚いままでいて。
そうだよね。綺麗ごとを言ったところで、どうせ自分は上手にできない。
――せめて悪魔でいてくれないと。
正人の前に下りていく。顔を覗き込むと彼は鼻を赤くしていた。カワイイ。
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