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第五十話 手袋
50-3.カワイイなあ
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「うちらものんびりできるの今だけだよね。来年にはこの時期卒論の追い込みだよ」
船岡和美がどことなく不安そうに言うと、元気づけるように坂野今日子が和美を褒めた。
「もう準備してるのでしょう」
「まあね」
「偉いなあ。和美さんは」
心から感心して美登利も嘆息する。
「あとは就職もさ、うまいことどっかのケーブルテレビ局に潜り込めればと思ってるけど」
「ケーブルテレビかあ」
「コネがあったら頼みます」
就職は一にコネ、二にコネ、三にコネだ。希望を叶えたいのなら綺麗ごとは言ってはいられない。和美の潔さにも感心して美登利は頷く。
「お父さんとお兄ちゃんにも訊いてみる」
「商店街のおじさんたちにも訊いてみたらどうです? どこにツテがあるかわかりませんよ」
「そうだね」
話していたら吹田薫子が近づいてきた。
「中川さん。これ、貴島先生から渡しておくよう頼まれたの」
まさか、と美登利は顔を歪める。貴島教授の模様のような文字が踊り狂った原稿の束を渡される。
「…………」
こんなものを抱えて年を越したくない。何がなんでも休みに入る前に終わらせようと心に誓う美登利の脇から、薫子がじいっと貴島教授の文字を見つめている。
「吹田さん、読める?」
薫子はハッとした表情で美登利を見て首を横に振った。
「駄目。私にはとても」
「読めるようになりたい?」
「そりゃあ……」
薫子は素直に頷く。
カワイイなあ、この人は。和美も一緒になってにやにやしていたら薫子は頬を染めてそっぽを向いた。
師走の風が冷たい。マフラーに顎を埋めて小暮綾香は下宿の部屋の前で正人を待っていた。
「なんの用だよ」
学校から帰ってきた正人がそっけなく言う。綾香はそんなことでは怯まない。
「入れてよ」
「やだ」
綾香の鼻先でドアが閉まって鍵がかかる。しばらくその場に佇んでいると、ジャージに着替えた正人が再び出てきた。
当然のように綾香は彼についていく。
「どこ行くの?」
「公園」
「何するの?」
「ジョギングだよ」
律儀に答えているあたり正人はダメダメなのだが、本人は気づいていない。
近くの大きな公園に辿り着くと、正人は外周をすごいスピードで走り始めた。
呆れて綾香は歩道沿いのベンチに腰掛ける。二度三度と正人が通りすぎるのを見送る。何週目かでやっと正人はスピードを緩めて立ち止まった。
船岡和美がどことなく不安そうに言うと、元気づけるように坂野今日子が和美を褒めた。
「もう準備してるのでしょう」
「まあね」
「偉いなあ。和美さんは」
心から感心して美登利も嘆息する。
「あとは就職もさ、うまいことどっかのケーブルテレビ局に潜り込めればと思ってるけど」
「ケーブルテレビかあ」
「コネがあったら頼みます」
就職は一にコネ、二にコネ、三にコネだ。希望を叶えたいのなら綺麗ごとは言ってはいられない。和美の潔さにも感心して美登利は頷く。
「お父さんとお兄ちゃんにも訊いてみる」
「商店街のおじさんたちにも訊いてみたらどうです? どこにツテがあるかわかりませんよ」
「そうだね」
話していたら吹田薫子が近づいてきた。
「中川さん。これ、貴島先生から渡しておくよう頼まれたの」
まさか、と美登利は顔を歪める。貴島教授の模様のような文字が踊り狂った原稿の束を渡される。
「…………」
こんなものを抱えて年を越したくない。何がなんでも休みに入る前に終わらせようと心に誓う美登利の脇から、薫子がじいっと貴島教授の文字を見つめている。
「吹田さん、読める?」
薫子はハッとした表情で美登利を見て首を横に振った。
「駄目。私にはとても」
「読めるようになりたい?」
「そりゃあ……」
薫子は素直に頷く。
カワイイなあ、この人は。和美も一緒になってにやにやしていたら薫子は頬を染めてそっぽを向いた。
師走の風が冷たい。マフラーに顎を埋めて小暮綾香は下宿の部屋の前で正人を待っていた。
「なんの用だよ」
学校から帰ってきた正人がそっけなく言う。綾香はそんなことでは怯まない。
「入れてよ」
「やだ」
綾香の鼻先でドアが閉まって鍵がかかる。しばらくその場に佇んでいると、ジャージに着替えた正人が再び出てきた。
当然のように綾香は彼についていく。
「どこ行くの?」
「公園」
「何するの?」
「ジョギングだよ」
律儀に答えているあたり正人はダメダメなのだが、本人は気づいていない。
近くの大きな公園に辿り着くと、正人は外周をすごいスピードで走り始めた。
呆れて綾香は歩道沿いのベンチに腰掛ける。二度三度と正人が通りすぎるのを見送る。何週目かでやっと正人はスピードを緩めて立ち止まった。
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