255 / 324
第四十八話 繋いだ手
48-3.「変わったんだよ」
しおりを挟む
間を置かず右手が達彦の頭に打ち込まれる。もちろん黙ってやられたりしない。
両手で相手の手首と肘を押さえる。すかさず巽は反対側の手を拳固にして腹を殴りにかかる。想定内。
達彦は彼の腕を掴んだまま自分から腰を落とす。態勢が崩れる前に巽は達彦の手を振り払って間合いを取った。
そのまま睨み合う。
「らしくないな」
「そっちこそ。あの子にけしかけられて動くだなんて、どういう心境の変化さ」
お見通しか。達彦は表情には出さずにやっぱり内心で舌を打つ。再び仕掛けてくるかと全身に注意を払う。
「ねえ、君ってそんな人じゃなかっただろ? 人のために動くような人間じゃあないだろう?」
「変わったんだよ」
「変わった?」
巽は優雅に双眸を細めて微笑む。
「何それ。それで愛してもらえるとでも思ってるの?」
見事に痛いところを突いてくれる。達彦は黙って巽を見つめ返す。
奪うことばかりを考えてこの兄妹を傷つけてやりたかった。自分には何もないと思っていたから。満たされたこいつらが憎かった。
でも今は違う。わかったから。何も持っていないのは、自分もこいつも彼女も同じ。所詮人間は、人間を、本質的に、独占することなどできない。支配と所有と理解は違う。気持ちがどんなに通じたところで目には見えない。確信などない。最後には信じるしかないのだ。例えば池崎正人のように。
ふと、達彦は唇をほころばせる。わかってはいても正人のようにはできない。自分はそこまで生温くはなれない。満たされない。それは、達彦も、巽も同じ。満たされたいわけじゃない。愛したいだけなんだ。
「どうなってるんだろうね、一体」
達彦の和んだ表情を見て巽は呆れた顔になって構えを解いた。
「別人みたいな顔しちゃって。そんなふうに変わることになんの意味があるって言うのさ」
苛立ちを隠しもしない口調に達彦も身構えるのをやめて改めて巽を見る。
「おまえは、変わるのがイヤなんだな」
「わかったふうな口を……」
見たこともない冷たい目になって巽は表情そのものを凍りつかせた。胸元に刃を押し当てられたような冷気を感じる。
呑まれたら負けだ。威圧感を堪えつつ、達彦は自分もまた今まで感じたことのない哀しさに襲われていた。
多分、彼らにとっていちばん最初の箱庭は生まれ落ちた家庭。愛に溢れたそこで満たされて育った。お互いの存在を当然のものとして受け入れて。達彦が焦がれるほどの絆を持って。
だけどそれは家族だからこそ。それ以外の繋がりを欲せばそれは呪縛に変わる。その嘆きを天涯孤独な達彦は本当にはわからない。
(だから……)
得心がいって、達彦は苦く笑う。だから彼女は自分を差し向けたのだ。なんていう残酷。
(わかってたけどね)
両手で相手の手首と肘を押さえる。すかさず巽は反対側の手を拳固にして腹を殴りにかかる。想定内。
達彦は彼の腕を掴んだまま自分から腰を落とす。態勢が崩れる前に巽は達彦の手を振り払って間合いを取った。
そのまま睨み合う。
「らしくないな」
「そっちこそ。あの子にけしかけられて動くだなんて、どういう心境の変化さ」
お見通しか。達彦は表情には出さずにやっぱり内心で舌を打つ。再び仕掛けてくるかと全身に注意を払う。
「ねえ、君ってそんな人じゃなかっただろ? 人のために動くような人間じゃあないだろう?」
「変わったんだよ」
「変わった?」
巽は優雅に双眸を細めて微笑む。
「何それ。それで愛してもらえるとでも思ってるの?」
見事に痛いところを突いてくれる。達彦は黙って巽を見つめ返す。
奪うことばかりを考えてこの兄妹を傷つけてやりたかった。自分には何もないと思っていたから。満たされたこいつらが憎かった。
でも今は違う。わかったから。何も持っていないのは、自分もこいつも彼女も同じ。所詮人間は、人間を、本質的に、独占することなどできない。支配と所有と理解は違う。気持ちがどんなに通じたところで目には見えない。確信などない。最後には信じるしかないのだ。例えば池崎正人のように。
ふと、達彦は唇をほころばせる。わかってはいても正人のようにはできない。自分はそこまで生温くはなれない。満たされない。それは、達彦も、巽も同じ。満たされたいわけじゃない。愛したいだけなんだ。
「どうなってるんだろうね、一体」
達彦の和んだ表情を見て巽は呆れた顔になって構えを解いた。
「別人みたいな顔しちゃって。そんなふうに変わることになんの意味があるって言うのさ」
苛立ちを隠しもしない口調に達彦も身構えるのをやめて改めて巽を見る。
「おまえは、変わるのがイヤなんだな」
「わかったふうな口を……」
見たこともない冷たい目になって巽は表情そのものを凍りつかせた。胸元に刃を押し当てられたような冷気を感じる。
呑まれたら負けだ。威圧感を堪えつつ、達彦は自分もまた今まで感じたことのない哀しさに襲われていた。
多分、彼らにとっていちばん最初の箱庭は生まれ落ちた家庭。愛に溢れたそこで満たされて育った。お互いの存在を当然のものとして受け入れて。達彦が焦がれるほどの絆を持って。
だけどそれは家族だからこそ。それ以外の繋がりを欲せばそれは呪縛に変わる。その嘆きを天涯孤独な達彦は本当にはわからない。
(だから……)
得心がいって、達彦は苦く笑う。だから彼女は自分を差し向けたのだ。なんていう残酷。
(わかってたけどね)
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
性欲の強すぎるヤクザに捕まった話
古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。
どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。
「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」
「たまには惣菜パンも悪くねぇ」
……嘘でしょ。
2019/11/4 33話+2話で本編完結
2021/1/15 書籍出版されました
2021/1/22 続き頑張ります
半分くらいR18な話なので予告はしません。
強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。
誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。
当然の事ながら、この話はフィクションです。
【R18】ドS上司とヤンデレイケメンに毎晩種付けされた結果、泥沼三角関係に堕ちました。
雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向けランキング31位、人気ランキング132位の記録達成※雪村里帆、性欲旺盛なアラサーOL。ブラック企業から転職した先の会社でドS歳下上司の宮野孝司と出会い、彼の事を考えながら毎晩自慰に耽る。ある日、中学時代に里帆に告白してきた同級生のイケメン・桜庭亮が里帆の部署に異動してきて…⁉︎ドキドキハラハラ淫猥不埒な雪村里帆のめまぐるしい二重恋愛生活が始まる…!優柔不断でドMな里帆は、ドS上司とヤンデレイケメンのどちらを選ぶのか…⁉︎
——もしも恋愛ドラマの濡れ場シーンがカット無しで放映されたら?という妄想も込めて執筆しました。長編です。
※連載当時のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる