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第四十二話 愛のかたち

42-1.「偶然だね」

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 七月に入ると恒例行事が始まった。墓参りのお供だ。
「毎回悪いね」
「いいんですよ」
 その日はタバコ屋のご母堂と一緒にビルの隙間の小さな墓所を訪れた。
 本人にはシルバーカーに腰かけて待ってもらい、中川美登利は丁寧に掃き掃除と墓石の水拭きをする。
「こんな別嬪さんに綺麗にしてもらって、あの人も喜ぶでしょうよ」

 花を挿して水鉢にペットボトルの水を注ぐ。線香の用意をしてから美登利は老婦人に手を差し出した。
「ありがとうねえ」
 しわくちゃの手で美登利の手を握り杖に縋りながら彼女は立ち上がる。
 線香を供えて長く長く手を合わせた後、愛しそうに墓石を撫でる。

 生きてきた重み、歩んだ歴史、離れてなお愛おしむ思い。そんなものを目の当たりにして美登利は胸が詰まる。こんな境地に自分もいつかなれるだろうか。


 タバコ屋にお祖母さんを送り届けた後、今度は琢磨におつかいに出された。暑くて自分が外に出たくないからといって、まったくもって人使いが荒い。

 去年誠に買ってもらった麦わら帽子のつばの陰から真夏の青空を見上げる。軽井沢も晴天だろうか。
「いいなあ、高原のホテル……」
 きっと食事も美味しいに違いない。

 いつもの食材店で調味料を買って戻る道すがら、思いもよらない人物とかち合った。
「偶然だね」
 頭はぼさぼさ、ひげも中途半端な長さの貴島教授だ。小さな声でコンニチハと一応挨拶する。それから思い出して付け足した。
「美術館、行ってきました。ありがとうございます」
「見ごたえあっただろう」
「はい」

 長い前髪越しに視線を感じると思ったら案の定言われた。
「頼みがあるんだけど」
「お断りします」
「今あの爺さんのとこで本を注文してきたんだ。休み明けでいいから、受け取って僕のところに持ってきてよ」
「お断り……」
「掘り出し物があったら君にも譲るから。頼んだよ」
 返事も聞かずに大通りを駅に向かって行ってしまう。まったくもってどいつもこいつも人使いが荒い。

 炎天下でため息を落としていたら、後ろから自転車で来た果物屋のおじさんに声をかけられた。
「美登利ちゃんおつかい? 暑いよね、後で梅ジュース持っていくよ」
 途端に立ち直って美登利は帰り道を急ぎ始めた。




 憧れの高原ウェディングという単語が新婦の友人席で飛び交っている。披露宴の間、下座の親族席で料理に集中していた正人の耳にも何度も飛び込んできた。
 美登利が軽井沢と聞いて食いついてきたときには彼女にもそんな憧れがあるのかと驚いたが、そうではないことに安心した自分が少し情けない。
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