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第二十四話 夜の女王
24-5.まだ足りない
しおりを挟む紗綾が眠ってしまった後、美登利は再び部屋を出た。足音を忍ばせて館内を歩き誰にも気づかれずに外に出る。いつもやっていたことだから慣れたものだ。
敷地の外に出ると足が勝手に早まって走り出していた。走って走って浜辺まで来て砂に足を取られてもつれて転ぶ。それでようやく止まることができた。
肩で息をついて呼吸がいくらか楽になると、自分の目から涙が溢れているのに気づいた。
馬鹿だ。また同じことの繰り返しじゃないか。震える両手に涙のしずくが落ちるのを見て笑いがこみあげてくる。
少しずつでもマシになってる。そう思っていたのに。
――悲しいのよりずっと厄介だよ。
そんなことはない。
――怒りの感情は難しい。抑え込んだところでいつか爆発する。
それでもいい。自分は、悲しいのはもう嫌だ。こんな、自分を哀れむような涙に浸って動けなくなるのはもう嫌だ。怒りの方が動けるだけまだいい。そうだ。
青い石を取り出して海に向かって振り上げる。こんなものがあるからっ。
「……」
月の光でできた道が、彼女に向かってまっすぐ伸びていた。目で辿ればその先には白く輝く月がある。ポケットに入れられそうな大きさの。
ふっと肩の力が抜けて腕を下ろした。涙も怒りも引っ込んで、ただ月を見上げる。
胸の奥深くから、あの紫のもやが広がってくるのを感じた。
穏やかなさざ波の呼吸に合わせてじんわりと、面積を広げていく。
たくさんたくさん言葉を貰った。心を貰った。幸せだった。もう十分だと思った。こんな自分を信じてくれたから、それだけで何もいらないと思えた。それなのに。
まだ足りない。
もやが飛沫になって飛び散ったと思ったら、ふわりふわりと浮かびあがって飛んでいく。蝶が蜜を求めて羽ばたくように。
欲深いから。隠しようのない、これが自分の本性。だって、手に入る、手に入れられる。もう両手は震えてはいない。この手は、なんだって掴める。堕ちる覚悟がありさえすれば。
「……」
途方もないことを考えかけて、慌てて両手をぎゅっと握った。膝の上のアクアマリンを握る。
すぐにぱっと手を離してしまった。再び石が膝の上に転がり落ちる。これと同じ石の婚約指輪を榊亜紀子は持っている。
「……」
もう何をどう考えればいいのかわからなかった。波音だけに包まれて、癒されるはずのそれに理性が引き剥されていくのを感じる。
波に洗われていくんだ。そう思ったら、とても、気持ちが楽になった。
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