Lotus 便利屋はカフェにいる

第十五話 浮気と毒

15-6．暴いても暴いても

「じゃあ何がしたかったの？」
　うるさいな、というふうに美登利の目が剣呑になる。
「聞かせてくれてもいいだろ」
「想像できなかったから」
　首を傾げる達彦を睨みながら美登利は早口に言った。

「お兄ちゃんがいなくなったとき、私は泣いてばかりいた。会いたいって、そればかり考えてた」
「……」
「池崎くんのことは覚悟はしてたし、そんな資格もないし、だから泣かずにすんでる」
　本当に？　朝日に目を細めながら達彦は思う。

「彼とお別れするときのことをあれこれ考えてたら、それなら誠がいなくなったら私はどうするだろうって。考えてみたけどわからなかった」
「本気でそんなこと思ってないからだろう」
　達彦の言葉に美登利は目を閉じて何度も頷いた。
「そうなんだよ。だからどうしてもやってみたくなった。知りたくなった。それだけだよ」

　話を締めくくった彼女に達彦は言わずにいられなかった。
「どうして君はそうなんだろうね？　俺に言ってただろ、幸せになりたいだろうって。自分はどうなんだ？　どうしてそう自分を痛めつけることばかりするんだ」
「何を言うかと思えば」
　その日初めての晴れやかな笑顔で美登利は達彦を見た。

「私はもう十分しあわせだもの」
　虚を突かれて達彦は彼女を見つめ返す。
「立派なお父さんがいて、優しいお母さんがいて、ちょっとおかしいけど優秀で大好きなお兄ちゃんがいて。恵まれて、何不自由なく暮らしてる。友だちがいて、学校にも行けて、バイト先でだってみんなが可愛がってくれる。これのどこが幸せじゃないっていうの？」
「みどちゃん……」
「男のひとりやふたりに逃げられたくらいで不幸ぶってたらバチが当たるよね？」

　彼女の頭上から差す朝日が、一日の始まりだというのに不気味な陰影を作る。
　彼女の言っていることは正論だ。その通りだと思う。
　だけどいつだって彼女が話すことは正しいのに歪んでる。違和感が付きまとう。
　心がないから。暴いても暴いても底が見えない。その陰の中にいったい何を飼っているのか。

「犬たちを戻してこなきゃ」
　言って美登利はリードを返す。
「さようなら、村上さん」
　いつも通りに微笑んで土手を上がっていった。