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第十三話 愛する人
13-6.知らない振り
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後の言葉は耳に届いていなかった。
正人の脳裏でそのときには意味のわからなかった光景が巻き戻される。
文化祭に巽が来たと聞いて裸足で逃げ出した美登利。
夏に翡翠荘の庭で見た光景、幽霊のように林の中で泣いていた彼女。
――でも僕ときどき思うんだ。美登利さんはそうやって、いつもギリギリのところにいるんじゃないかって。
みんなが気づいていた。
だけど触れられない、止められない。その危うさ、不安定さ。
――でも、好きなのはあなたのことだけじゃないの。
それはみんな、巽のことが好きだから……?
青ざめて俯く正人に自分も痛そうな顔をしながら琢磨はつぶやく。
「だからって誠のことだってちゃんと思ってるだろうさ。だからもっと苦しいんだろ」
――私が誠をあんなふうにした。好きだから、大好きだから、私の身勝手さがあんなふうにしてしまった。
「達彦の馬鹿が追い詰めたんだ。それがなけりゃあ、今だってあいつは普通に笑ってられたかもしれないのに」
――昔、ヤなこと言われたんだ。
――残念だよ、これで全部チャラにできると思ったのに。
いろいろなことが思い出されて正人は混乱する。
「一ノ瀬さんは……」
――あの女といたって良いことなんて何もない。
「俺ぁ、思うんだがよ。誠は知ってるんじゃないかって」
――腹が据わってるというか、覚悟が決まってるというか。
「ガキの頃からずっと一緒にいるんだ。仁の阿呆はともかく誠は敏い。気づいてたっておかしくない。だけど美登利が必死に隠そうとしてるから、知らない振りしてんじゃないかって。ったく、馬鹿だよな。どいつもこいつも」
ふうっと優しい眼差しになって琢磨は正人を見た。
「おまえが思ってるよりずっと、あいつらの仲は深くて歪んでる。その分、別れるなんざ考えられんのさ。だから痛い目に合うのはどうせおまえだ」
「……」
「あいつのことはあきらめろ。な?」
ぎゅっと眉根を寄せて俯いたまま、正人は何も言えなかった。
翌日、朝から美登利は犬の散歩で河原に来ていた。
「どうしたの? ひどい顔」
正人を見てやさしく笑う。
「おれ、決めた」
美登利は表情を変えずに彼を見つめる。
「最後に、お願い聞いてくれる?」
「いいよ」
美登利は静かに頷く。
愛しい人。どんなことがあっても、おれはあなただけのもの。
それだけは永遠に、決して変わらない。……死んでも。
正人の脳裏でそのときには意味のわからなかった光景が巻き戻される。
文化祭に巽が来たと聞いて裸足で逃げ出した美登利。
夏に翡翠荘の庭で見た光景、幽霊のように林の中で泣いていた彼女。
――でも僕ときどき思うんだ。美登利さんはそうやって、いつもギリギリのところにいるんじゃないかって。
みんなが気づいていた。
だけど触れられない、止められない。その危うさ、不安定さ。
――でも、好きなのはあなたのことだけじゃないの。
それはみんな、巽のことが好きだから……?
青ざめて俯く正人に自分も痛そうな顔をしながら琢磨はつぶやく。
「だからって誠のことだってちゃんと思ってるだろうさ。だからもっと苦しいんだろ」
――私が誠をあんなふうにした。好きだから、大好きだから、私の身勝手さがあんなふうにしてしまった。
「達彦の馬鹿が追い詰めたんだ。それがなけりゃあ、今だってあいつは普通に笑ってられたかもしれないのに」
――昔、ヤなこと言われたんだ。
――残念だよ、これで全部チャラにできると思ったのに。
いろいろなことが思い出されて正人は混乱する。
「一ノ瀬さんは……」
――あの女といたって良いことなんて何もない。
「俺ぁ、思うんだがよ。誠は知ってるんじゃないかって」
――腹が据わってるというか、覚悟が決まってるというか。
「ガキの頃からずっと一緒にいるんだ。仁の阿呆はともかく誠は敏い。気づいてたっておかしくない。だけど美登利が必死に隠そうとしてるから、知らない振りしてんじゃないかって。ったく、馬鹿だよな。どいつもこいつも」
ふうっと優しい眼差しになって琢磨は正人を見た。
「おまえが思ってるよりずっと、あいつらの仲は深くて歪んでる。その分、別れるなんざ考えられんのさ。だから痛い目に合うのはどうせおまえだ」
「……」
「あいつのことはあきらめろ。な?」
ぎゅっと眉根を寄せて俯いたまま、正人は何も言えなかった。
翌日、朝から美登利は犬の散歩で河原に来ていた。
「どうしたの? ひどい顔」
正人を見てやさしく笑う。
「おれ、決めた」
美登利は表情を変えずに彼を見つめる。
「最後に、お願い聞いてくれる?」
「いいよ」
美登利は静かに頷く。
愛しい人。どんなことがあっても、おれはあなただけのもの。
それだけは永遠に、決して変わらない。……死んでも。
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