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第八話 覚悟と不信

8-4.言えない

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「君はそうでもまわりはそうじゃないかも。だからさ、潮時なんだよ。もうここで区切りをつけて受験に集中してほしい」
 それだけは本当のことだったから彼の眼をまっすぐに見た。
「私を好きなら、もうここには来ないで勉強に集中して。そしたら私も煩わしいことから解放される」
 威圧することも脅すことも考えた。でも美登利は微笑むことにした。優しい彼はきっとこれで引いてくれる。

「わかった」
 ぎゅっと眉根を寄せて納得していない表情で正人は頷く。
「あきらめるわけじゃない。でも勉強に集中しなきゃならないのはその通りだから」
「わかってくれてありがとう」
 今はそれでいい。自分から離れて受験で頭をいっぱいにして、そして時々は小暮綾香と優しい時間をすごしたりすれば、やっぱり彼女の方が良いと思い知るだろう。

「それじゃあ、さようなら」
 有無を言わせぬ口調で言い切って、美登利は正人に背を向ける。
 彼が踵を返して遠ざかるのがわかる。ドアベルが鳴って気配が消えた。

「……」
 うなだれたまま顔を覆って美登利は嗚咽を堪えた。
 本当は、そばにいてほしかった。一緒にいてあんなに気が楽な人はいない。宮前や坂野今日子たちとも違う。穏やかで、満たされて、心地よかった。
 彼の好意に甘えて慰めてもらっていれば平静を保つこともできた。澤村祐也のときと同じ。だけどそういうことはもうしないと決めた。自分ひとりで大丈夫なようにならなければならない。

「大丈夫」
 嘘でもそう言い聞かせれば乗り切ることができた。今までは。
「大丈夫」

 ――大丈夫なんかじゃない。

「……」
 涙が止まらなくて美登利はカウンターに突っ伏した。
 大丈夫なんかじゃない。これは今までの涙とは違う。兄に対してのものじゃない。
 これは、正人を失くすことへの痛み。初めて感じる痛み。対処の方法など自分にはわからない。

「どうして泣くの?」
 息を止めて横を見る。出ていったはずの正人が美登利の顔を覗き込んでいる。
「……引っかけたの?」
「こうでもしないと先輩は本当のことを言ってくれない」
 美登利は目を瞠って正人を見る。
「なんで泣いてたの?」
 言えない、本当のことなんて。誰にも決して。

「先輩、怖がらないで」
 床に跪いて正人は彼女を見上げる。
「今更何を言われたっておれは傷つかない。あなたを嫌ったりしない。そうできるならとっくにそうしてるよ」
 子どもが無心に見上げるように、彼女を仰ぎ見る。
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