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走る父

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 小学校の敷地に入り、児童玄関で靴を脱いだ時には足は棒みたいになっていた。近くの商業施設の駐車場にクルマを置いて――本当はいけないのだが――ここまで走っただけでもこの体たらく。でもまだ駄目だ。急がなければ。

 渡り廊下をわたってすぐの階段を二階まで駆け上がる。廊下に顔を出すとたくさんの参観者が廊下の外にまであふれて教室の中を覗き込んでいた。その隙間を縫っていちばん奥の教室を目指す。

 教壇側の出入り口付近の方が人が少なかったからそこから教室を覗いてみる。とたんに横目に廊下の方を窺っていた娘とぱちりと目が合った。娘は何かをこらえる表情で口元に力を入れ、眉根を寄せて目を潤ませていた。その表情にキリキリと胸が痛む。

 メイ、メイ。ごめんな、お父さん気付かなくって。お父さんな、さっきまでお母さんと赤ちゃんのところに行ってたんだ。それでお母さんにいっぱい怒られたんだ。

「なんでここにいるの!?」
 お産直後の青白い顔をした妻に顔を見るなり罵倒されても、おれは最初わからなかった。
「なんでって、生まれたってメールきたから」
「参観日にはお父さんが行くって約束してたでしょう!?」
「そうだけど、生まれたばかりの我が子の顔を見に駆け付ける方が大事だろ?」
「バカじゃないのっ。違うでしょ!」
 怒りで眉根を寄せながら妻は目を潤ませた。
「この子にはあなたの存在なんかまだ分かりはしないのっ。でもメイは違う。今、お父さんを待ってるんだよ? 楽しみにしながら待ってるんだよ? 入学して初めての参観日だってあんなに張り切ってたのに、がっかりして帰って来るあの子になんて言い訳するの?」
 そこでようやく、おのれの過ちに気がついておれは青ざめた。
「今すぐ行って。まだ間に合うから」
「う、うん」

 こうして到着したのは参観日の授業が終わる間際だった。
「はい。もうあと五分くらいかな。じゃあ最後に、今日やったところをもう一度読んでくれる人っ」
 黒板の上の掛け時計を振り仰いでから担任の先生が言うと、子どもたちは元気よく手を上げる。なかには手を上げられずもじもじしている子も何人かいる。娘もかたくなな様子で両の手を膝の上に置いて黒板を睨んでいる。

「今日まだ発表してない人、頑張りましょう」
 娘のことだ。先生の視線からそれが分かる。メイ、メイ、頑張れ。お父さんちゃんと見てるから。お母さんにメイは頑張ってたって報告するから。

 潤んだ目で娘がこっちを見る。おれは力強く握りこぶしを握る。小さな口元が少しゆるんで笑っている形になる。ほら、お父さんちゃんと見てるから。

 娘はおずおずと手を上げる。それから思い切ったように肘を伸ばす。

「芽衣さん。お願いします」
「はいっ」
 元気よく返事をして娘は教科書を持って立ち上がった。
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