上 下
243 / 256
Episode 38 それぞれの言い分

38-8.いつもそう

しおりを挟む



(あの女、絶対忘れてる)
 大事な試験を前に禁断症状でおかしくなったらどうしてくれる。
 机に突っ伏していた誠の耳に、母親の物とは違う軽い足音が響いてきた。

「まーこーとーくん」
 わざとらしく呼びながら部屋に入ってくる。
「勉強はかどってる?」
「遅い」
「ごめんごめん、お菓子持ってきたから休憩しよ」

 げっそりしている自分と違って実に元気そうだ。
「センターの自己採点良かったんでしょ。杉原くん経由で唯子ちゃんに聞いた」
 なんなんだ、その伝達経路は。おかしいだろうが。

「このコーヒー、タクマに買ってもらった豆で淹れたの。おばさんは美味しいって言ってくれたよ」
「楽しそうだな」
 美登利はそろそろ目を上げた。
「怒らないで」
「怒ってない」
 首を傾けて見上げてくる彼女に「やっぱり」と誠は言い直す。

「少し、怒ってる」
「キスしてあげようか」
「うん」
 手が伸びて指が頬をなぞる。
 彼女のキスはいつもそう。頬に感じる冷たい指の感触。瞳にまつ毛の影が差して揺らめく様子を見ているだけで、ゾクゾクする。

「やっぱりいい」
 美登利の手を握って誠は口をへの字に曲げる。
「我慢できなくなる」
 くすりと笑って美登利は彼の頭を撫でる。
「全部終わったらたくさん遊ぼうね」




 一週間後には坂野今日子と船岡和美と一緒に合格の報告に学校に行き、その帰りにケーキショップに寄った。
「船岡さんは県立大も受けるのですよね」
「一応ね。親がうるさくてさ。でも学部的になあ、おもしろそうじゃないよな」
「やりたことがあるなら、どこに行ってもちゃんとやれるよ。和美さんなら」
「そうかな?」
「うん」
 にっこりして美登利はカフェオレを飲む。

「にしても暇だなあ。こうなったら商品開発にケーキ作りに挑戦してみようかな」
「いいんじゃないですか。お菓子は化学ですから。マニュアル通りにやれば間違いないです」
「タクマに道具買ってもらおう」

 おねだりして器具や道具を揃えてもらいお菓子百科を手に作り始めたらものすごくハマった。
「なるほど、お菓子は化学だ」
 とはいえオリジナリティがなければ商品にはしたくない。
「おいしきゃいいのよ」
 常連のマダムたちは言ってくれたが納得できない。

「美登利さんが作ったというだけで十分オリジナルですよ」
 結局まったく理屈の通っていない今日子の言葉に押し切られケーキ試作の日々は一応の区切りを見せて、琢磨をホッとさせた。
 本人が飽きたのだという見方もあったが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

これ以上ヤったら●っちゃう!

ヘロディア
恋愛
彼氏が変態である主人公。 いつも自分の部屋に呼んで戯れていたが、とうとう彼の部屋に呼ばれてしまい…

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

処理中です...