174 / 256
Episode 27 兄来る
27-4.脱兎のごとく
しおりを挟む
保健室の窓は開いていた。
「すみません」
ひょいっと中を覗く。
回転いすに座って、中川美登利が自分の足に絆創膏を貼っていた。
「先生ならいないけど」
言いながら顔を上げて正人だと気づく。
「どうしたの?」
「ワセリン、塗ってもらいたくて」
美登利は立ち上がり慣れた様子で戸棚を漁った。
裸足のまま正人に近づいてくる。
「どうしたの?」
もう一度訊かれて正人は正直に答える。
「窒素で凍った花に触った」
窓越しに両の手のひらを向ける。少しヒリヒリしてきたと思ったら赤みが差してきていた。
「馬鹿だなあ」
なにも反論できない。
手のひらを上向けさせて、美登利がワセリンを塗ってくれた。
されるがままになりながら正人は彼女の足元を見る。つま先やかかとが絆創膏だらけだ。
「靴擦れ?」
「ちょっとね」
履きなれない靴であんなに動き回れば当然だ。
「待ってて、このままじゃべたべたするよね」
また戸棚を漁って今度はディスポ手袋を持ってくる。
「よく知ってるな」
「そこそこ常連だからね。満身創痍なんだよ、これでも」
この人は、偉そうに人をあごでこき使って、騙して、利用して、傷つけて。そして自分もぼろぼろになっている。だけどそれを人には言わない。
今なら正人にもそれがわかる。わかるけど、なにもできない。
「池崎くんはさ、これから活躍する人なんだから、気をつけなきゃ駄目だよ」
「なんだそれ」
「なにって……」
「先輩!」
背後から叫ばれてびっくりした。片瀬修一が廊下から息を切らせてこっちを見ている。
「池崎も、ちょうど良かった」
「なんだよ」
「先輩のお兄さんと、池崎のお兄さんが来たんです」
「……!」
「!!」
「いま生徒会室に……」
皆まで聞かずに美登利がぐっと正人の肩を掴む。
「え……」
押しのけられたと思ったら、美登利は窓枠を乗り越えて外に走り出していた。裸足のまま、脱兎のごとく。
「…………」
正人と片瀬は呆然と見送るしかなかった。
「兄貴!」
「弟よ! 懐かしの再会だ。さあ、兄ちゃんの胸に飛び込んでおいで」
さあ、と本当に腕を広げる兄の勇人に正人はぶるぶるとこぶしを震わせた。
変わらない。この兄は本当に変わっていない。相変わらず短く刈り込んだ髪にメガネという、おまえは体育会系なのか文科系なのか、という格好をしている。
「すみません」
ひょいっと中を覗く。
回転いすに座って、中川美登利が自分の足に絆創膏を貼っていた。
「先生ならいないけど」
言いながら顔を上げて正人だと気づく。
「どうしたの?」
「ワセリン、塗ってもらいたくて」
美登利は立ち上がり慣れた様子で戸棚を漁った。
裸足のまま正人に近づいてくる。
「どうしたの?」
もう一度訊かれて正人は正直に答える。
「窒素で凍った花に触った」
窓越しに両の手のひらを向ける。少しヒリヒリしてきたと思ったら赤みが差してきていた。
「馬鹿だなあ」
なにも反論できない。
手のひらを上向けさせて、美登利がワセリンを塗ってくれた。
されるがままになりながら正人は彼女の足元を見る。つま先やかかとが絆創膏だらけだ。
「靴擦れ?」
「ちょっとね」
履きなれない靴であんなに動き回れば当然だ。
「待ってて、このままじゃべたべたするよね」
また戸棚を漁って今度はディスポ手袋を持ってくる。
「よく知ってるな」
「そこそこ常連だからね。満身創痍なんだよ、これでも」
この人は、偉そうに人をあごでこき使って、騙して、利用して、傷つけて。そして自分もぼろぼろになっている。だけどそれを人には言わない。
今なら正人にもそれがわかる。わかるけど、なにもできない。
「池崎くんはさ、これから活躍する人なんだから、気をつけなきゃ駄目だよ」
「なんだそれ」
「なにって……」
「先輩!」
背後から叫ばれてびっくりした。片瀬修一が廊下から息を切らせてこっちを見ている。
「池崎も、ちょうど良かった」
「なんだよ」
「先輩のお兄さんと、池崎のお兄さんが来たんです」
「……!」
「!!」
「いま生徒会室に……」
皆まで聞かずに美登利がぐっと正人の肩を掴む。
「え……」
押しのけられたと思ったら、美登利は窓枠を乗り越えて外に走り出していた。裸足のまま、脱兎のごとく。
「…………」
正人と片瀬は呆然と見送るしかなかった。
「兄貴!」
「弟よ! 懐かしの再会だ。さあ、兄ちゃんの胸に飛び込んでおいで」
さあ、と本当に腕を広げる兄の勇人に正人はぶるぶるとこぶしを震わせた。
変わらない。この兄は本当に変わっていない。相変わらず短く刈り込んだ髪にメガネという、おまえは体育会系なのか文科系なのか、という格好をしている。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる