上 下
154 / 256
Episode 25 櫻花の旗の下

25-4.ほんの三年前のこと

しおりを挟む
 その兄妹をとりまく春のような暖かな空気は、自分のような武骨な男にさえ何か夢を見させてくれるような、癒されてしまうような、それでいて、何か儚いものを見ているかのような、そんな非現実に満ちていて。
 琢磨は知らず知らずのうちにこの兄妹を贔屓するようにさえなっていた。

 だからわかりはするのだ。春の光に引かれて手を伸ばさずにはいられない者の気持ちは。そして手に入らないと思い知らされる者の気持ちは。
 だけど村上達彦のしたことは到底許せることではなくて。

『僕がいない間さ、あの子を頼むよ。すぐに無茶をするからさ。志岐さんがしかってやって』
 頼まれていたくせに事前に防げなかった自分自身への怒りもあるだろうと思う。腕っぷしで片が付くことならいくらでも守ってやれた。
 だけどそんなことではない。そんなことではなかったのだ。
(巽よ、おまえの心配はいつも的外れなんだ)
 天才のくせにそんなこともわからなかったのか、と琢磨は友人を責めてやりたい。

『タクマ! タクマ!』
 あの日、美登利はボロボロに泣きじゃくりながら自分に縋りついてきた。
『わたしのこと思い切り殴って』
『なに言って……』
『オカシイの、わたしオカシイの。殴ったら治るかもしれない。全部元に戻るかもしれない』
 慟哭のあまりの激しさに引き金を引いた達彦でさえなにもできなくなっていた。
『こんなのは嫌、こんなのは嫌!』

 ほんの三年前のことだ。今、宮前と笑いあっているこの場所で、美登利はココアのカップを抱きながら琢磨に訊いた。

『忘れたいときにはどうすればいいの? 忘れたくても思い出しちゃうときにはどうすればいいの?』
 涙は後から後からあふれ続けて、小さな体が干からびてしまうと思えるほどに。
『どれくらい頑張ればいいの? どれくらい我慢すればいいの? 言って。わたし我慢するから、頑張るから』

 実際、よく耐えたと思う。誰にも言わず、誰にも頼らず、誰からも真実を隠して。
(おまえは頑張ったよ)

 ――寂しいよね。子どものときはさ、あんなにくっついて回ってたのに。気がついたらまったく寄ってこなくなっててさ。むしろ僕避けられてない? 傷つくんだけど。

 今更なんだよ、気づいたときには遅いんだ。
 怒鳴ってやりたいのをどれほどの気持ちで抑えていたかなんて巽にはきっと永遠にわからないだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

これ以上ヤったら●っちゃう!

ヘロディア
恋愛
彼氏が変態である主人公。 いつも自分の部屋に呼んで戯れていたが、とうとう彼の部屋に呼ばれてしまい…

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

処理中です...