122 / 256
Episode 20 アンダー・ザ・ローズ
20-2.兄妹は、ずっと一緒にはいられない
しおりを挟む
巽がしゃがむと美登利がイチョウの黄色い葉っぱを差し出してくる。
くれるのかと思ったのにそうではないらしい。また葉っぱを引っ込めてきゃっきゃと喜んでいる。
憎らしいほどかわいらしい。こんな気持ちも最近知ったものだ。
毎日がどんどんすぎて、巽の背が伸びていくのと同じように妹も大きくなっていく。
「にぃに、にぃに」
自分を呼んでいるとわかったときには本当に嬉しかった。
自分の世界の中心には妹がいて、彼女の世界にも自分が存在することを実感した瞬間。
けれど段々わかってきたこともあった。成長するにつれ彼女には彼女の世界ができあがってくるということ。
スクールバスを降りると公園で妹が遊んでいる。彼女と同い年の子たちと。
巽は芝生の傾斜を下りてそちらに向かう。気がついて美登利が寄ってくる。だがすぐに子どもたちの輪の中に戻っていくのだ。
独り占めできないことの切なさもこうして教えられた。
その頃にはまだ天使のようだった彼女も徐々にひらひらした洋服を嫌い、活発の度合いを増していくようになった。
髪も男の子みたいに短くしたい。そう言い出したときには寛容な母も卒倒しそうになっていた。
風呂上がりにドライヤーで乾かしてやっていると、こりもせずに美登利が言った。
「みじかいほうがおふろのあともらくでいいじゃん」
巽は丁寧に彼女の髪を梳かしながら言う。
「髪が長い方が可愛いよ」
「……ほんと?」
「うん」
「じゃあ、きらない」
あきっぽい彼女が髪だけは長いままでいたのは奇跡のようなことだった。
「美登利さんは巽さんの言うことなら聞くのよね」
「だって、お兄ちゃんだいすきだもん」
悪びれもせず母に答えて巽に抱き着く。
大好き。体中からそう感じることができるのが嬉しかった。
そんな家族としての情愛もやがては巽を苦しめることとなった。
誰もがあたりまえに知っていること。刷り込まれた事実。
兄妹は、ずっと一緒にはいられない。
やがては誰かに恋をして、そんな存在などなかったかのように赤の他人に傾倒していく。
誰かの伴侶となり、誰かの親となって、別の世界の中心で生きるようになる。例えば自分たちの両親がそうなように、人はそうやって人生のステージを上がっていく。
自分たちふたりが今いる世界は、いわばかりそめの時間でしかない。やがて離れていくまでの短い間。
くれるのかと思ったのにそうではないらしい。また葉っぱを引っ込めてきゃっきゃと喜んでいる。
憎らしいほどかわいらしい。こんな気持ちも最近知ったものだ。
毎日がどんどんすぎて、巽の背が伸びていくのと同じように妹も大きくなっていく。
「にぃに、にぃに」
自分を呼んでいるとわかったときには本当に嬉しかった。
自分の世界の中心には妹がいて、彼女の世界にも自分が存在することを実感した瞬間。
けれど段々わかってきたこともあった。成長するにつれ彼女には彼女の世界ができあがってくるということ。
スクールバスを降りると公園で妹が遊んでいる。彼女と同い年の子たちと。
巽は芝生の傾斜を下りてそちらに向かう。気がついて美登利が寄ってくる。だがすぐに子どもたちの輪の中に戻っていくのだ。
独り占めできないことの切なさもこうして教えられた。
その頃にはまだ天使のようだった彼女も徐々にひらひらした洋服を嫌い、活発の度合いを増していくようになった。
髪も男の子みたいに短くしたい。そう言い出したときには寛容な母も卒倒しそうになっていた。
風呂上がりにドライヤーで乾かしてやっていると、こりもせずに美登利が言った。
「みじかいほうがおふろのあともらくでいいじゃん」
巽は丁寧に彼女の髪を梳かしながら言う。
「髪が長い方が可愛いよ」
「……ほんと?」
「うん」
「じゃあ、きらない」
あきっぽい彼女が髪だけは長いままでいたのは奇跡のようなことだった。
「美登利さんは巽さんの言うことなら聞くのよね」
「だって、お兄ちゃんだいすきだもん」
悪びれもせず母に答えて巽に抱き着く。
大好き。体中からそう感じることができるのが嬉しかった。
そんな家族としての情愛もやがては巽を苦しめることとなった。
誰もがあたりまえに知っていること。刷り込まれた事実。
兄妹は、ずっと一緒にはいられない。
やがては誰かに恋をして、そんな存在などなかったかのように赤の他人に傾倒していく。
誰かの伴侶となり、誰かの親となって、別の世界の中心で生きるようになる。例えば自分たちの両親がそうなように、人はそうやって人生のステージを上がっていく。
自分たちふたりが今いる世界は、いわばかりそめの時間でしかない。やがて離れていくまでの短い間。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる