8 / 256
Episode 01 池崎正人の受難
1-8.「だから言いたくなかったんだよね」
しおりを挟む「四年前になるのかな、巽さんと同級なはずだから」
「あー」
思わず美登利は頭に手をあてる。
「兄が西城で弟が青陵? 実家は山梨だよな、わざわざどうして」
「そんなことは知らないけれど」
「それもそうだな。他人の事情などここで話しても始まらない。俺は戻るぞ」
パソコンに向かっている今日子に声をかけてから綾小路は出ていった。
頭を抱えたまま黙り込んでいる美登利を誠が見る。
「なに考えてる?」
「私の悪い癖……」
「……」
文庫本に目を戻し、誠は小さく小さくつぶやいた。
「だから言いたくなかったんだよね」
誰にも聞こえないように。
翌日から、嘘のように池崎正人は遅刻をしなくなった。
「根性でどうにかなることだったんだなあ」
感嘆する拓己に舌打ちして正人はさっさと昇降口に向かう。
「帰るの? 暇なら手伝ってよ」
「やなこった」
学内は体育祭に向けフルスピードで慌しくなっていた。
「応援団の名簿できました!」
「広報委員会に持っていけ」
「プログラムの草案締め切ります」
「美術部に推敲させろ。備品のチェックは終わってるのか? 担当は?」
「綾の字ー!!」
中央委員会室で支持を飛ばす綾小路のもとに生徒会副会長の長倉が飛んできた。
「一ノ瀬がいない! どこに行った、あいつ」
「知るか」
言いつつ綾小路はそばにいた風紀委員の二人に捜索を手伝ってやるよう指示した。
「昼寝できそうな場所を重点的に捜せ」
「サンキュー」
少しほっとした様子で長倉が辺りを見渡す。
「中川がいないじゃないか」
「美登利さんならスカウトに行きました」
パソコンに向かったまま坂野今日子が淡々と応じる。
「超有望大型新人ですよ、わーい素敵」
棒読みに言いながら、キーボードを打つ指の速さがものスゴイ。
「坂野女史、なんか怒ってる?」
「美登利さんのお気に入りが増えちゃうからだよ」
ばしっと後ろから船岡和美が長倉の背中を叩く。
「やだなー。あたしも絶対いじめちゃう。その、池崎くん?」
「……どうでもいいから仕事をしてくれ」
「ほれ、放送部の進行表の草案」
ぼやく綾小路に和美はファイルを差し出した。
正門前の花壇の脇に、中川美登利が立っていた。正人を見つけて手招きする。
無視してやりたかったが無言の圧力がそれを許さない。
「遅刻ならしてないっすよ。あれから」
「うん。すごい、すごい。頑張ってるよね。だから今日は、いいものを見せてあげようと思って」
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
元婚約者は、ずっと努力してきた私よりも妹を選んだようです
法華
恋愛
貴族ライルは、婚約者アイーダに婚約破棄を宣告し、アイーダの妹であるメイと婚約する道を選ぶ。
だが、アイーダが彼のためにずっと努力してきたことをライルは知らず、没落の道をたどることに。
一方アイーダの元には、これまで手が出せずにいた他の貴族たちから、たくさんのアプローチが贈られるのであった。
※三話完結
お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?
水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」
「はぁ?」
静かな食堂の間。
主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。
同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。
いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。
「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」
「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」
父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。
「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」
アリスは家から一度出る決心をする。
それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。
アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。
彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。
「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」
アリスはため息をつく。
「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」
後悔したところでもう遅い。
【完結済み】妹の婚約者に、恋をした
鈴蘭
恋愛
妹を溺愛する母親と、仕事ばかりしている父親。
刺繍やレース編みが好きなマーガレットは、両親にプレゼントしようとするが、何時も妹に横取りされてしまう。
可愛がって貰えず、愛情に飢えていたマーガレットは、気遣ってくれた妹の婚約者に恋をしてしまった。
無事完結しました。
【R18】鬼上司は今日も私に甘くない
白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。
逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー
法人営業部メンバー
鈴木梨沙:28歳
高濱暁人:35歳、法人営業部部長
相良くん:25歳、唯一の年下くん
久野さん:29歳、一個上の優しい先輩
藍沢さん:31歳、チーフ
武田さん:36歳、課長
加藤さん:30歳、法人営業部事務
都合のいい女は卒業です。
火野村志紀
恋愛
伯爵令嬢サラサは、王太子ライオットと婚約していた。
しかしライオットが神官の娘であるオフィーリアと恋に落ちたことで、事態は急転する。
治癒魔法の使い手で聖女と呼ばれるオフィーリアと、魔力を一切持たない『非保持者』のサラサ。
どちらが王家に必要とされているかは明白だった。
「すまない。オフィーリアに正妃の座を譲ってくれないだろうか」
だから、そう言われてもサラサは大人しく引き下がることにした。
しかし「君は側妃にでもなればいい」と言われた瞬間、何かがプツンと切れる音がした。
この男には今まで散々苦労をかけられてきたし、屈辱も味わってきた。
それでも必死に尽くしてきたのに、どうしてこんな仕打ちを受けなければならないのか。
だからサラサは満面の笑みを浮かべながら、はっきりと告げた。
「ご遠慮しますわ、ライオット殿下」
悪役令嬢の兄です、ヒロインはそちらです!こっちに来ないで下さい
たなぱ
BL
生前、社畜だったおれの部屋に入り浸り、男のおれに乙女ゲームの素晴らしさを延々と語り、仮眠をしたいおれに見せ続けてきた妹がいた
人間、毎日毎日見せられたら嫌でも内容もキャラクターも覚えるんだよ
そう、例えば…今、おれの目の前にいる赤い髪の美少女…この子がこのゲームの悪役令嬢となる存在…その幼少期の姿だ
そしておれは…文字としてチラッと出た悪役令嬢の行いの果に一家諸共断罪された兄
ナレーションに
『悪役令嬢の兄もまた死に絶えました』
その一言で説明を片付けられ、それしか登場しない存在…そんな悪役令嬢の兄に転生してしまったのだ
社畜に優しくない転生先でおれはどう生きていくのだろう
腹黒?攻略対象×悪役令嬢の兄
暫くはほのぼのします
最終的には固定カプになります
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる