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これまでのこと
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しおりを挟む「サミュエル。お客さん来てるぞ」
「客ぅ? こんな時間に誰だよ?」
「白寮のエクヴォルトさんだって。上級生みたいだったけど、知り合い?」
「いや、知らねェ……。でもまあ、出るわ。ありがと」
晩餐会を終え、部屋でひとりミオの帰りを待っていたとき、同級生の寮生がサミュエルに来客を知らせた。彼が口にした名前には全く聞き覚えが無かったが、白寮と聞いて咄嗟に今ミオが会っているであろう監督生が思い当った。何か関連でもあるのだろうか。
足早に玄関ホールまで下りたサミュエルを待っていたのは、背筋をピンと伸ばした生真面目そうな青年だった。その佇まいに既視感を感じながらも、いつどこで会ったのかはすぐには思い出せなかった。
珍しい訪問客に興味津々で食堂や談話室から顔を覗かせる寮生たちをしっしっと手で追い払う仕草をしてから、彼の前に立った。
「遅くに申し訳ございません。私はリヒト・ベレスフォード様の従者のパトリック・エクヴォルトと申します。あなたに至急確認せねばならないことがございます」
「あ……図書館で話したときに一緒にいた……、え? 確認って俺に?」
彼の名乗りを聞いてようやく図書館でリヒトに付き従っていた彼の姿を思い出した。しかしその驚きも次に続いたパトリックの言葉を聞いてすぐに消え失せてしまった。
「ミオ・ヘイノラ様はご在室ですか?」
「は……?」
彼が何を言っているのか分からず、サミュエルはポカンとしてしまった。ミオは今まさにあなたの主人と会っているのではないのか。
「ご在室ではないのですね?」
「え、だって、ミオは今、白寮に……」
困惑に途切れ途切れになるサミュエルの返答を途中まで聞いたところで、パトリックはサッと身体を横に向けて耳元に手を当てた。そして、おそらく通信用魔道具を介して相手と二言、三言言葉を交わす。
「ちょっと、ミオはあんたの主人と会うって言って出てったんだぞ。まさか……」
「お静かに。いらっしゃいます」
「はあ?」
パトリックの制止の言葉が終わる前に、周囲に非常に強い魔力のひずみが生じた。一体何が起きたのかまったく分からず、サミュエルは目を白黒させてただその場に立っているのがやっとだった。
ひずみが一点に収束したかと思うと、亜麻色の髪を揺らしたリヒト・ベレスフォードが突如として目の前に現れた。そしてすぐに伏せられていた金色の瞳が冷たい光を灯してサミュエルを捉えた。無意識にぐっと身体に力がこもる。
「通信は」
「え……」
「ピアス。通信はできるの?」
「あ、ああ……」
リヒトの言葉に慌てて自分のピアスに触れて魔力を流す。しかし、ピアスは沈黙したまま何の音声も伝えることは無かった。先日のようにミオに無視されているのではない。そもそも通信が断絶している。
サミュエルは顔を上げてリヒトに視線を向けると首を横に振った。
「君のそのピアスはミオの魔力制御装置だね?」
リヒトが強制魔力遮断のことを言っているのだと思い当って疑問がわくよりも早く、冷淡な瞳の前にただ従順に頷いた。
「パトリック。後は手はず通りに」
「は」
パトリックに指示を出しながらリヒトがサミュエルの二の腕のあたりを些か乱暴に掴んだ。
「君には僕と来てもらうから」
「えっ、いったいどこに……、うわあ!」
まったく状況がつかめないまま目の前が強い光に包まれて目がくらむ。突然掴まれていた腕を離されて支えを失ったサミュエルは冷たい地面に転がった。
身体を起こしながら幾度か瞬きを繰り返して辺りを見回すと、目の前にそびえ立つような大きな建物があった。
「きょ、教会? なんで……? ていうか、転移した……?!」
「やっぱり転移魔法の位置指定がかく乱される。念の入れようが裏目に出るって知らないのか」
サミュエルの疑問の声は聞こえていないようで、リヒトはぼそりと独り言を呟いてからさっさと教会へ向かって歩き始める。その背中にサミュエルは追いすがる。
「ここにミオがいるんスか! 一体なにが起きてるっていうんだよ!」
リヒトが扉の前に立つとひとりでに巨大な教会の重い扉が開いた。彼の後について教会に入ると中は静まり返って人の気配は微塵もない。再びリヒトに声を掛けようとしたとき、彼はおもむろに右手を持ち上げ、振り払った。
──次の瞬間
物凄い音を立てて床に固定されていた木製の長椅子や説教台、聖卓など柱を除くほとんどすべての物が木っ端微塵に薙ぎ払われた。あまりの乱暴さに呆然とするサミュエルを置き去りにしてリヒトが更地になった床を歩き始める。聖壇の上で足を止めたリヒトはようやくサミュエルに向かって声を発した。
「聖卓の下とはありきたりだね。アトウッド、早くおいで。時は急を要する」
そう言って床にぽっかりと空いた穴へと躊躇うことなく足を踏み入れるリヒトの背中を、サミュエルは半ば自棄になりながら追いかけた。
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