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第7章 仲間という絆
秘宝の継承者
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緩やかに降り続く雪が地面を白く覆い、しんと凍えた空気が夜の闇を漂っていた。
ぱちぱちと炎を弾かせて燃える焚き火を囲んで、イーヴィとライリ、そしてルージェスとカロンの四人が座っていた。カロンの結界魔法のおかげで雪は四人の周りに降り積もる事はなく、冷たい空気もある程度は遮断されている。簡易に見えた結界魔法は、雪や風を遮断するためと見せかけて、実は四人の会話そのものを聞かせない為でもあった。
四人の周り、ある程度の距離を開けて騎士たちが取り囲んでいる。結界によって声は遮られてはいるものの、ルージェスは僅かに声を潜めて慎重に話し始めた。
「そうね……まずは貴方たちがどこまで知っているのかを話してもらっても良いかしら?」
「そっちが先に……もがっ」
相変わらず食って掛かりそうな勢いだったライリの口を横から手で塞いで、イーヴィがにっこりと強制的な笑みを浮かべる。
「話が進まないから、ライリは黙っていて頂戴ね」
一瞬反抗的な視線を向けたものの、渋々と頷いたライリを見て、イーヴィが静かにライリから手を離す。そして人差し指を自身の唇に当てて「黙っていろ」と、再度念を押してからルージェスに向き直った。
「どこから話そうかしらね」
自分に問いかけるように呟いて、思案する。
事の発端は王立魔術研究所の主任カロン――目の前に座る男の依頼からだが、ルージェスたちはそれを知りたいのではない。それはイーヴィにも分かっていた。
ルージェスは自分たちに、問うたのだ。――赤い髪の、あの男の事を。
「情報を買ったわ。ルナティルスの末裔がいて、国を取り戻すべく秘密裏に動いていた事。秘宝ブラッディ・ローズと、それに類似した石の出現。ルウェインの王が望むリアファルとウルズの同盟が、上手く実を結ばない現実」
同盟の話題に、ルージェスの顔がかすかに曇る。
「ユリシスたちが城へ行ってから、ひと月ほど経つわ。パーティ解散の手紙は受け取ったけど、勝手な言い分だと思わない? 何の説明もなく大怪我したレフィスを連れて城に篭り、勝手に解散の手紙を送りつけて、その後の消息は一切なし。私たちを何だと思ってるのかしらね。あんまり頭にきたから、直接城に乗り込んでやったのよ。ユリシスの名前はありがたく使わせてもらったわ」
静かに語るが、その声音にかすかな怒りの色が含まれている事を感じ取り、ライリが気付かれないようにイーヴィを見つめた。顔は笑みを浮かべているが、いつもの笑みではない。遠く、ここにはいないユリシスを思い浮かべ、静かに怒りに堪えているようにも見えた。
「でも、もう城には二人ともいなかったけれど……。私たちをユリシスの仲間だと知った王様が、少し話してくれたわね。ユリシスは一人でルナティルスに向かったんですってね」
「厳密に言えば、一人ではないんですが……」
言葉を濁して、ルージェスが二人から視線を逸らした。
「傷を負い、万全とは言えないレフィスを故郷へ連れて来る事には疑問はないの。……問題は、なぜ記憶を封じたのか」
あえて言葉にして、イーヴィも唇を噛み締める。
その意味は、何となく分かっていた。けれど、言葉として発する事に躊躇いがあった。それは多分ルージェスも同じだと、イーヴィは空気で悟った。
「戻れる保障がないからだろ」
一瞬の沈黙を、ライリの声が静かに破る。
誰もが認めたくなかった事を、何の躊躇いもなく口にする。けれどその表情は見て分かるほど、痛みに必死に絶える苦痛の色を浮かべていた。
「……ユリシスは、秘宝ブラッディ・ローズの継承者です。秘宝の力は、望めば国すら瞬時に消し去るほど強大なもの。その力があれば、例え単身でルナティルスへ向かっても大事には至らないはず……ですが……」
はっきりとしない口調で呟いたルージェスが、やがて意を決したように顔を上げた。その瞳にイーヴィとライリをしっかりと見据えて、深く息を吸う。
「レフィスの記憶を消した事も、貴方たちとの絆を断ち切った事も……確かに貴方の言うように、ユリシスが戻らない事を前提としているような気がします。ブラッディ・ローズの継承者である彼が、なぜそこまで最悪の事態に備えて出発したのか。兄様は、ユリシスが秘宝の継承者だと言って余計な心配はしてないようだけど、私はどうしてもこの胸の不安が拭えないのです」
自身の両手を強く握り締めて、ルージェスが強く唇を噛み締めた。
ユリシスが秘宝の継承者ならば、こんなに心配する事はない。たとえラカルの石が秘宝に似た力を秘めているとしても、本物には敵わないだろう。それほどまでに強力で、ある意味恐ろしい力を秘めているのだ。その力を手にすれば、怖いものは何もない。
そう……手にしているのであれば、彼の側近があれほどまでに傷付き、主の助けを求めるはずがないのだ。
閉じた瞼の裏側に、傷を負い血に濡れた男の姿が浮かび上がる。次いでユリシスと、そして赤い髪の男の姿が。
「――貴方たちが城を発ってから、一人の男が城に運び込まれました」
イーヴィとライリの顔が、一気に青ざめた。
「彼はルヴァルド。ユリシスの側近で、常に彼を影から支えている男です」
運びこまれたのがユリシスではない事に束の間ほっとした二人だったが、言葉を続けるルージェスの表情は未だ暗いままで、胸に燻る不安は再び焦燥にも似た触手を伸ばし始めた。
「勿論ユリシスと共にルナティルスへ向かいました。その彼だけが、傷を負い戻った。……しきりに、主であるユリシスの助けを乞うています」
イーヴィとライリを交互にゆっくりと見つめながら、ルージェスが再度同じ質問を繰り返した。
「もう一度聞きます。ここに、赤い髪の男はいませんでしたか?」
簡単な夕食を終え、レフィスはいつものように戸棚に置いてある薬に手を伸ばした。小瓶の中には、深い緑色の錠剤が二粒だけ入っている。ひと月ほど前にはこの錠剤が瓶いっぱいに入っていたが、今ではもう最後の一回分しか残っていない。口に含むだけで酷く苦い味がする薬を、レフィスはいつも息を止めて飲んでいた。
「この苦い薬も、やっと最後……」
呟いて、水と一緒に飲み干した。飲み込んだ後も残る苦味に顔を顰めながら、レフィスが慌てたようにピンクベリーのジャムを少しだけ掬って舐める。口の中の苦味が、ほんの少しだけ和らいだ。
「苦い……」
「その薬のおかげで、貴女の傷も早く治ったんだから文句言わないの」
後ろから様子を見ていたリシアが、毎度の呟きに呆れた顔を浮かべた。
「そもそも、錠剤で良かったじゃないの。粉薬や液状だったら、絶対に飲めなかったでしょう?」
「そんな事ないもん。液体も何回か飲んだし!」
「あら、そう?」
不思議そうな顔を浮かべた母親を見たまま、言葉を口にしたレフィスですらその意味を理解できずに戸惑った。口内に残る薬の苦味と、ピンクベリーのジャムの甘さが混ざり合って、レフィスの記憶に緩やかな揺さぶりをかける。
苦味と甘味。薬と、果実。
『一人でもちゃんと飲めるようにした。その薬がなくなる頃には、お前の傷も癒えているだろう』
――ずきんと、頭が痛んだ。
閉じた瞼の裏側に懐かしい人影が揺らめいた気がした。
一人? どうして? 『貴方』はいてくれないの?
ああ、そうだ。『あの時』に、ちゃんと聞いておくべきだったのだ。ちゃんと……引き止めておくべきだったのだ。
「レフィス?」
「……ちょっと、散歩に行って来る」
ぽつりとそれだけを呟いたかと思うと、レフィスはまるで駆けるように家から飛び出していった。慌てて窓の外を見たリシアの視界に、レフィスを追う赤い影が見える。ブラッドがついて行ったのならば心配はないと安堵の息を漏らしたリシアだったが、それとは別の思いがゆっくりと膨らんできて、少しだけ胸の奥が痛んだ気がした。
テーブルの上に置かれたままの、空の小瓶。ひと月ほど前、緑色の錠剤が沢山入ったその小瓶を手渡しながら、深々と頭を下げて謝罪した青年の姿が脳裏に甦る。
娘に深い傷を負わせてしまった事をひどく悔やみ、そして自分自身の罪を贖うかのように彼女の記憶から自身のすべてを消し去った彼は、今後危険が及ばないようにと赤い髪の男を護衛にと置いていった。幼かった頃の面影が残る顔には、痛々しいほどの苦悶の表情が浮かんでいた。
「ユリシス。……きっと、あの子は思い出すわ」
去っていく後姿を思い出しながら、その背中に語りかけるように呟く。
「だから今度こそ、……ちゃんと守って頂戴ね」
ぱちぱちと炎を弾かせて燃える焚き火を囲んで、イーヴィとライリ、そしてルージェスとカロンの四人が座っていた。カロンの結界魔法のおかげで雪は四人の周りに降り積もる事はなく、冷たい空気もある程度は遮断されている。簡易に見えた結界魔法は、雪や風を遮断するためと見せかけて、実は四人の会話そのものを聞かせない為でもあった。
四人の周り、ある程度の距離を開けて騎士たちが取り囲んでいる。結界によって声は遮られてはいるものの、ルージェスは僅かに声を潜めて慎重に話し始めた。
「そうね……まずは貴方たちがどこまで知っているのかを話してもらっても良いかしら?」
「そっちが先に……もがっ」
相変わらず食って掛かりそうな勢いだったライリの口を横から手で塞いで、イーヴィがにっこりと強制的な笑みを浮かべる。
「話が進まないから、ライリは黙っていて頂戴ね」
一瞬反抗的な視線を向けたものの、渋々と頷いたライリを見て、イーヴィが静かにライリから手を離す。そして人差し指を自身の唇に当てて「黙っていろ」と、再度念を押してからルージェスに向き直った。
「どこから話そうかしらね」
自分に問いかけるように呟いて、思案する。
事の発端は王立魔術研究所の主任カロン――目の前に座る男の依頼からだが、ルージェスたちはそれを知りたいのではない。それはイーヴィにも分かっていた。
ルージェスは自分たちに、問うたのだ。――赤い髪の、あの男の事を。
「情報を買ったわ。ルナティルスの末裔がいて、国を取り戻すべく秘密裏に動いていた事。秘宝ブラッディ・ローズと、それに類似した石の出現。ルウェインの王が望むリアファルとウルズの同盟が、上手く実を結ばない現実」
同盟の話題に、ルージェスの顔がかすかに曇る。
「ユリシスたちが城へ行ってから、ひと月ほど経つわ。パーティ解散の手紙は受け取ったけど、勝手な言い分だと思わない? 何の説明もなく大怪我したレフィスを連れて城に篭り、勝手に解散の手紙を送りつけて、その後の消息は一切なし。私たちを何だと思ってるのかしらね。あんまり頭にきたから、直接城に乗り込んでやったのよ。ユリシスの名前はありがたく使わせてもらったわ」
静かに語るが、その声音にかすかな怒りの色が含まれている事を感じ取り、ライリが気付かれないようにイーヴィを見つめた。顔は笑みを浮かべているが、いつもの笑みではない。遠く、ここにはいないユリシスを思い浮かべ、静かに怒りに堪えているようにも見えた。
「でも、もう城には二人ともいなかったけれど……。私たちをユリシスの仲間だと知った王様が、少し話してくれたわね。ユリシスは一人でルナティルスに向かったんですってね」
「厳密に言えば、一人ではないんですが……」
言葉を濁して、ルージェスが二人から視線を逸らした。
「傷を負い、万全とは言えないレフィスを故郷へ連れて来る事には疑問はないの。……問題は、なぜ記憶を封じたのか」
あえて言葉にして、イーヴィも唇を噛み締める。
その意味は、何となく分かっていた。けれど、言葉として発する事に躊躇いがあった。それは多分ルージェスも同じだと、イーヴィは空気で悟った。
「戻れる保障がないからだろ」
一瞬の沈黙を、ライリの声が静かに破る。
誰もが認めたくなかった事を、何の躊躇いもなく口にする。けれどその表情は見て分かるほど、痛みに必死に絶える苦痛の色を浮かべていた。
「……ユリシスは、秘宝ブラッディ・ローズの継承者です。秘宝の力は、望めば国すら瞬時に消し去るほど強大なもの。その力があれば、例え単身でルナティルスへ向かっても大事には至らないはず……ですが……」
はっきりとしない口調で呟いたルージェスが、やがて意を決したように顔を上げた。その瞳にイーヴィとライリをしっかりと見据えて、深く息を吸う。
「レフィスの記憶を消した事も、貴方たちとの絆を断ち切った事も……確かに貴方の言うように、ユリシスが戻らない事を前提としているような気がします。ブラッディ・ローズの継承者である彼が、なぜそこまで最悪の事態に備えて出発したのか。兄様は、ユリシスが秘宝の継承者だと言って余計な心配はしてないようだけど、私はどうしてもこの胸の不安が拭えないのです」
自身の両手を強く握り締めて、ルージェスが強く唇を噛み締めた。
ユリシスが秘宝の継承者ならば、こんなに心配する事はない。たとえラカルの石が秘宝に似た力を秘めているとしても、本物には敵わないだろう。それほどまでに強力で、ある意味恐ろしい力を秘めているのだ。その力を手にすれば、怖いものは何もない。
そう……手にしているのであれば、彼の側近があれほどまでに傷付き、主の助けを求めるはずがないのだ。
閉じた瞼の裏側に、傷を負い血に濡れた男の姿が浮かび上がる。次いでユリシスと、そして赤い髪の男の姿が。
「――貴方たちが城を発ってから、一人の男が城に運び込まれました」
イーヴィとライリの顔が、一気に青ざめた。
「彼はルヴァルド。ユリシスの側近で、常に彼を影から支えている男です」
運びこまれたのがユリシスではない事に束の間ほっとした二人だったが、言葉を続けるルージェスの表情は未だ暗いままで、胸に燻る不安は再び焦燥にも似た触手を伸ばし始めた。
「勿論ユリシスと共にルナティルスへ向かいました。その彼だけが、傷を負い戻った。……しきりに、主であるユリシスの助けを乞うています」
イーヴィとライリを交互にゆっくりと見つめながら、ルージェスが再度同じ質問を繰り返した。
「もう一度聞きます。ここに、赤い髪の男はいませんでしたか?」
簡単な夕食を終え、レフィスはいつものように戸棚に置いてある薬に手を伸ばした。小瓶の中には、深い緑色の錠剤が二粒だけ入っている。ひと月ほど前にはこの錠剤が瓶いっぱいに入っていたが、今ではもう最後の一回分しか残っていない。口に含むだけで酷く苦い味がする薬を、レフィスはいつも息を止めて飲んでいた。
「この苦い薬も、やっと最後……」
呟いて、水と一緒に飲み干した。飲み込んだ後も残る苦味に顔を顰めながら、レフィスが慌てたようにピンクベリーのジャムを少しだけ掬って舐める。口の中の苦味が、ほんの少しだけ和らいだ。
「苦い……」
「その薬のおかげで、貴女の傷も早く治ったんだから文句言わないの」
後ろから様子を見ていたリシアが、毎度の呟きに呆れた顔を浮かべた。
「そもそも、錠剤で良かったじゃないの。粉薬や液状だったら、絶対に飲めなかったでしょう?」
「そんな事ないもん。液体も何回か飲んだし!」
「あら、そう?」
不思議そうな顔を浮かべた母親を見たまま、言葉を口にしたレフィスですらその意味を理解できずに戸惑った。口内に残る薬の苦味と、ピンクベリーのジャムの甘さが混ざり合って、レフィスの記憶に緩やかな揺さぶりをかける。
苦味と甘味。薬と、果実。
『一人でもちゃんと飲めるようにした。その薬がなくなる頃には、お前の傷も癒えているだろう』
――ずきんと、頭が痛んだ。
閉じた瞼の裏側に懐かしい人影が揺らめいた気がした。
一人? どうして? 『貴方』はいてくれないの?
ああ、そうだ。『あの時』に、ちゃんと聞いておくべきだったのだ。ちゃんと……引き止めておくべきだったのだ。
「レフィス?」
「……ちょっと、散歩に行って来る」
ぽつりとそれだけを呟いたかと思うと、レフィスはまるで駆けるように家から飛び出していった。慌てて窓の外を見たリシアの視界に、レフィスを追う赤い影が見える。ブラッドがついて行ったのならば心配はないと安堵の息を漏らしたリシアだったが、それとは別の思いがゆっくりと膨らんできて、少しだけ胸の奥が痛んだ気がした。
テーブルの上に置かれたままの、空の小瓶。ひと月ほど前、緑色の錠剤が沢山入ったその小瓶を手渡しながら、深々と頭を下げて謝罪した青年の姿が脳裏に甦る。
娘に深い傷を負わせてしまった事をひどく悔やみ、そして自分自身の罪を贖うかのように彼女の記憶から自身のすべてを消し去った彼は、今後危険が及ばないようにと赤い髪の男を護衛にと置いていった。幼かった頃の面影が残る顔には、痛々しいほどの苦悶の表情が浮かんでいた。
「ユリシス。……きっと、あの子は思い出すわ」
去っていく後姿を思い出しながら、その背中に語りかけるように呟く。
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