Bloody Rose

紫月音湖(旧HN/月音)

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第7章 仲間という絆

静かな波紋

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 カランッとベルが鳴ると同時に、太陽のような笑顔を浮かべた少女が店に入ってきた。外は雪こそ積もっていないが、肌を撫でる風は凍えるほど冷たい。なのに少女の笑顔は、ドアを開けた事で冷気の流れ込んだ店内の空気を一瞬にして温める。そう思えるほど、とても明るい笑顔だった。

「こんにちは! おばさん、この前頼んでたピンクベリーのジャム、入荷した?」

「おや、レフィス。今日も元気だねぇ」

 カウンターの奥から出てきた初老の女性は、人柄のよさが顔にしっかり滲み出ていて、レフィスを見るなりほわんと温かくなる笑顔で出迎えてくれた。

「勿論入荷してるよ。そろそろ来る頃かと思ってね。ちゃんと取り置きしといたから安心しておくれ」

「あのジャム人気だから、いつもすぐなくなっちゃうんだもん。今回は取り置きしてもらってて助かったわ」

「今年は収穫量が少なかったみたいだしね。……っと、そうそう」

 ふいに何か思い出したのか、女性が店の奥に続く自宅の方を振り返って声を上げた。

「お前さん! あんた、悪いけどキッチンのスコーンを袋に詰めて持ってきてくれないかい?」

 短い返事が聞こえた後、店の主人が焼きあがったばかりのスコーンが入った袋を持って奥から顔を出す。一見すると強面の主人が、レフィスを見て柔らかく微笑んだ。

「おお、レフィス。今日も元気だな」

「おばさんと同じ事言うのね」

 そう言って笑うレフィスに、店の主人がまだ湯気の立つ熱々のスコーンが入った袋を手渡した。

「うわぁ! こんなに沢山いいの?」

「勿論だよ。ちょいと作りすぎちゃってね」

「ありがとう! 家に帰ったら早速お茶するわ」

 ジャム代をカウンターに置いて、嬉しそうに袋を見つめたレフィスは、折角のスコーンが冷めないようにと足早で店を後にする。

「おじさん、おばさん、ありがとう!」

 再度お礼を言ってドアを開けたレフィスを、店の主人が少し慌てた声で呼び止めた。

「ああ、レフィス。今ちょいと物騒だから、気をつけて帰るんだぞ」

「物騒?」

「そうさ。村の結界調査で、ジルクヴァインの騎士団が駐在してるのは知ってるだろ? 今朝、その騎士たちが何人かやられたらしいぞ」

 どうやらその話はおかみさんも初耳らしく、ぎょっとした表情で主人の顔を見つめている。

「やられたって、あんた……」

「ああ、いや、誰も死んじゃいないんだが……その犯人ってのが、どうも魔物じゃないらしくてな」

「魔物じゃない?」

「聞いた話だと人間のようで、でもえらく物騒な黒魔法を使うらしいぞ」

 その言葉に、レフィスの背筋がぞくっと震えた。黒魔法を使う人型。魔物じゃないなら、それは知能を持ち、何かしらの目的があってイスフィルを襲撃してきたのだ。目的は分からないが、ひと月ほど前から王家の騎士たちが駐在しているイスフィルを堂々と襲ってきた行為は、誰が見ても正気の沙汰とは思えない。

「何か……それ、凄く危険なんじゃないの?」

「それはそうなんだが、騎士の襲われ方がな……ちょっと不審なんだとよ」

「どういう事?」

「何ていうか、度が過ぎた悪戯と言うか。死者や怪我人も出てないから、騎士団の方もどう対処していいか悩んでるみたいでな。一応犯人は全力で捜してるだろうが、不審な人物がいたら気をつけろと言ってたぞ」

「ああ、だから今日は朝からやけに騎士を見かけるのね」

「村中常に巡回してるみたいだが、お前さんの家は村からちょっと離れてるからな。気をつけて帰るんだぞ」

「うん。分かったわ。ありがとう!」

 ジャムとスコーンの入った袋をぎゅっと抱きしめて、レフィスが力強く頷いてみせる。外はまだ日が落ちるには早すぎるし、話を聞いた限りではそこまで重大な事件というわけでもなさそうだ。焼きたてのスコーンもあるし、いつもより急ぎ足で帰れば大丈夫だろうと、レフィスは来た時と同じように元気な笑顔を向けて店を後にした。



 辺境の村イスフィル。古の白魔道士が作ったとされるこの小さな村は、王都エルファセナの北方にひっそりと存在していた。村を守る強固な結界は、数年毎に優秀な白魔道士たちによって修復、維持がされており、魔物が好む深い森に囲まれていながら、それらの侵入を堅く拒んでいる。

 魔物に対して強固な守りを築く結界の研究をしたいと、ジルクヴァイン王家から直々に申し出があったのがひと月ほど前の事。それから村の入り口や結界の境界線となる場所には常に騎士の姿があり、静かな村は少しだけ異質な空気に包まれていた。
 それに加えて、今朝の騒動である。普段は村の通りで騎士に会う事はあまりないのだが、家路を急ぐレフィスは店を出てから数分の間に、もう3人の騎士とすれ違っている。騎士を襲った者の意図がただの悪戯なら問題はないが、ただの悪戯にしては村を巡回する騎士たちの様子がどことなく張り詰めているような気がして、レフィスは一度追い払ったはずの不安を再び胸の奥に抱え込んでしまった。

「大体、何で騎士なんて襲うのかしら」

 4人目の騎士とすれ違い、我が家へ続く緩い上り坂へ差し掛かった時、さっきまで晴れていた空が急に曇り出した。風が冷気を更に増し、凍える吐息と共に曇った空から冷たい雪を吐き落す。

「やだ。降ってきた」

 腕に抱えたスコーンの熱は、手を温める役目を既に失いつつある。風を遮るように胸元の服をぎゅっと握り締めて、レフィスは急ぎ足で坂道を登っていった。
 坂の上に見える家の煙突から煙が上がっているのが見える。温かい暖炉を想像してほっと息をついたレフィスが、ようやく家の前に辿り着いた時、彼女の若草色の瞳は見知らぬ訪問者を捉えていた。
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