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第5章 悪魔の花嫁

31・堕ちるのなら、どこまでも(*)

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 口付けられた箇所から、全身に不思議な熱が巡っていくのがわかった。
 甘いようで、ほんの少しだけ痛い。
 指先、爪の先、逆立つ産毛にまで行き渡る熱に体が痺れ、ルシェラは自分を支えるレヴィリウスの腕にくたりと倒れかかってしまった。力の入らない体を支えられ、そのまま抱き上げられる。ずり落ちそうになるシーツだけは必死に掴んだような気がしたが、再びベッドに横たえられた時にはそのシーツもあっけなくレヴィリウスの手によって剥がされた後だった。

「本来ならば、君の体に闇の力が馴染むまで無理はさせられないのですが」

 そう言いながら、レヴィリウスがルシェラの背中をそっとなぞる。そのまま流れるような手つきで下着の留め具を外され、圧迫感の薄れた胸元へふっと熱い吐息がこぼれていく。

「君も私も、もう待つ気などさらさらないでしょう?」

 かろうじて胸を覆い隠していた下着を取り払われ、恥ずかしさに思わず腕を動かした。けれども闇の力を魂に受け入れたばかりの体ではろくな力が出せず、ルシェラの腕はやんわりとベッドに押し戻されてしまった。

「レ……レヴィン。……そんなに見ないで」
「どうして? 私に見られることで、君の肌はこんなにもかわいらしく染まっているのでしょう?」

 組み敷いたまま、レヴィリウスがわずかに身を屈める。弧を描く唇の先にあるのは、見られるだけで尖ってしまったルシェラの胸の先端だ。けれどもそれに触れることはせず、ただふっと、熱く湿った吐息を吹きかけられ、たったそれだけなのにルシェラの体がおかしいくらいに跳ね上がった。

「……んっ」
「かわいいですね。私に触れて欲しくて、こんなにも赤く熟れている」

 どんどんと熱を持つ肌なのに、胸元や脇腹を掠めるのはレヴィリウスの吐息と彼の滑らかな銀髪だけだ。体の内側に篭もる熱が出口を求めてさまよっているのに、どこにも出られずにルシェラの中で弾けては、また新たな熱が生まれていく。
 もどかしい。なのに、肌を滑る吐息だけで、ルシェラの体は想像を絶する快感に痺れていく。
 まだ触れられてもいない。体の奥にすらレヴィリウスは届いていないのに、どうしてルシェラの体はここまで敏感に反応してしまうのだろう。いまですらこの状態なのだ。レヴィリウスを迎えた時、自分の体はどうなってしまうのか。そう考えると、底なしの恐怖と未知の期待にルシェラの背筋がぞわりと震えた。

「レヴィンっ……私……。私、何かおかしい……っ」
「おかしいことなど何もありません。君の体はいま、私と同じ闇に侵されている途中だ。――知っていますか? ルシェラ。私たち闇の眷属は情欲にもっとも従順であると」
「……え?」
「君はまだ、その入口に立っているに過ぎない。さぁ、私に見せてご覧なさい。君が咲かせる情欲の花を。快楽に震える花びらの一枚も、濡れそぼった花芯も。君という淫らな花が誕生する瞬間を、私に余すところなく曝け出してください」

 唐突に。それまで頑なに触れなかった胸の蕾に、ねっとりとした舌が絡みついた。

「ひぁっ!」

 熟れすぎて弾けそうなほどにじくじくと痛む先端を舌先でくるりと舐め回され、押し込まれ、軽く歯を立てられた。執拗に舐めて吸われ、甘噛みされては指でいたずらに弾かれる。やわやわと揉みしだかれる双丘は唾液に濡れ、それはまるで蕾を咲かせる水のようにルシェラ自身を潤していく。

 レヴィリウスの細く長い指先が、ルシェラの脇腹を掠めて下りていく。ショーツのラインをなぞるように腰を撫でられ、反射的にぎくりと震えた足の間にレヴィリウスの膝が割り込んだ。そのまま膝で軽く敏感な部分を擦られると、耐えがたい快感が背筋を伝って脳天にまで突き抜けた。

「あ……っ」
「ルシェラ」

 耳朶を甘噛みして、レヴィリウスが舌先を耳の穴にねじ込んだ。鼓膜をダイレクトに揺さぶる水音と、耳を弄ぶ湿ったやわらかい舌にルシェラの体が弓なりに反る。自ら押し付ける形となった体を満足そうに抱きしめて、レヴィリウスが耳に息を吹きかけながら小さく笑った。

「ゆっくりと花開く君は、とても美しい」
「……はっ、……レヴィ……ン。も、少し……ゆっくり」
「そうしてあげたいのは山々なのですが、君のここが……あまりに愛おしく私を誘うので」

 そう甘く囁いたかと思うと、レヴィリウスの指先がショーツの隙間からルシェラの花芽を摘まんだ。予期せぬ刺激に、ルシェラの視界に星が散る。

「んぁっ! やっ……だめっ」
「だめ? こんなに熱く、濡れているのに?」
「それ……はっ、レヴィンが……あぁっ」
「そう、私が君を咲かせている。だからもっと……もっと聞かせてください。君の声を。私を強請る、欲に溺れたあまい声を」

 擦るだけでは物足りない。その奥の熱を直に感じてかき回したいと、レヴィリウスの指がつぷりとルシェラの中へ侵入した。

「あぁっ! んっ、……んぅっ、レヴィ……レヴィンっ」

 すっかり濡れそぼった秘所は、軽くかき混ぜられるだけで淫らな水音を響かせた。後から後から溢れ出す蜜の匂いはまだかすかに聖女の名残を残していて、濃厚で仄暗い欲を掻き立てる香りにレヴィリウスの余裕がわずかに消える。

 愛しいルシェラを大切にしたい。その裏で、強引に組み敷いた体をむりやり開いて貪り尽くしたいとも思ってしまう。
 長年待った果実の匂いは馨しく、蜜のひとしずくさえ余すことなく飲み干したい。レヴィリウスの思いを、尽きることのない情欲を、穢れのないその体の最奥に深く刻み込みたい。自分なしでは生きていけないのだと、体に、心に強く消えない跡を残したいのだ。

「ルシェラ。……あぁ、私の聖女。もう二度と君を離しはしない」

 蜜壺を蹂躙していた指を引き抜かれ、消化不良の熱がルシェラの下腹部に滞った。

「……レヴィ……ン……?」
「君のすべては私のものだ」

 ゆるりと太腿を撫で下ろした手が、ぐいっと膝を持ち上げる。かと思えば呼吸する間も惜しんで、レヴィリウスの熱い楔がルシェラを一気に最奥まで貫いた。

「あぁっ!」

 嬌声とも、悲鳴ともつかない声が漏れる。視界が明滅し、一瞬だけ吹き飛んだ意識が戻る間もなく体を激しく揺さぶられた。自分の声なのか、軋むベッドの音なのか、それともぶつかり合う肌の音なのか。薄暗い室内には声とも呼べない音の羅列が響いては闇に堕ちていく。

「レヴィ……っ、レヴィン……んっ、ぁあっ……あっあっ」

 痛みなど感じている暇がない。
 休みなく与えられる快感が破瓜の傷みを上書きして、その向こうから経験したこともない快楽の波を連れてくる。触れる肌が、重なる吐息が、こぼれる汗が。体全部が性感帯になってしまったかのようだ。背を押し付けるシーツの感触ですら体を震わせ、ルシェラの奥から新しい花蜜を滴らせていく。

 自分が自分でなくなっていく。
 レヴィリウスに与えられる快楽が女としてのルシェラを目覚めさせ、快楽に溺れる体がルシェラの中から聖女の影を薄めていく。
 貫かれるたびに、闇に近付く。闇に近付くたびに、快楽が増す。
 気持ちよくて、怖くて、ぐちゃぐちゃに入り乱れていく心に怯えて伸ばした腕が、レヴィリウスの手に掴まれた。そのままするりと指を絡められ、震える指先にキスを落とされる。

「ルシェラ。私の花嫁。何も恐れることはない」
「……レヴィン。……はっ、ぁん……で、でも……」
「怖いのなら、私にしっかりとしがみ付いていればいい」

 掴まれた腕を自分の首へ誘って、レヴィリウスが熱の篭もった菫色の瞳を細めて笑う。汗の滲んだその顔は美しさの奥に猛々しい雄の気配を纏っていて、視線が絡み合っただけなのにルシェラの花壺が無意識にきゅうっとしまった。そのわずかな締め付けに、ほんのり眉を寄せるレヴィリウスが愛おしい。

「堕ちるのなら、どこまでも二人で行きましょう。闇に染まる君でさえ、その魂は、あの日わたしを魅了した美しい輝きに満ちている」
「レヴィン……」
「ルシェラ。君を、その魂ごと愛している。どうか私と共に、果てない快楽の闇へ堕ちてはくれませんか?」

 ぐっと腰を掴んで、レヴィリウスが更に身を屈めた。繋がったままの奥が疼いて、レヴィリウスがあまい吐息を漏らす。その音に、ルシェラの肌がぞくりと震えた。

 いにしえの時代に、神々を恐怖に陥れた月葬の死神レヴィリウス。
 細い三日月に似た大鎌を振るい、同胞からも恐れられてきた彼がいま、ルシェラの前で無防備な姿を曝け出している。わずかに頬を上気させ、余裕に見える菫色の瞳の奥にはルシェラを貪欲に求める男の顔が垣間見えた。

 レヴィリウスにこんな顔をさせられるのは自分だけだ。そう思うと胸いっぱいに幸せな喜びが満ちていき、ルシェラはほとんど無意識にレヴィリウスの首に両腕を絡めて抱きついた。

「私も……堕ちるなら、レヴィンと一緒がいい」
「ルシェラ」
「連れていって。レヴィンが導く……その先へ」

 顔は見えないが、レヴィリウスがふっと息を漏らして笑ったのがわかった。

「仰せのままに。私の、ルシェラ」

 汗の混ざった唇が、ねっとりと深く絡みつく。

 その後のことをルシェラはよく覚えていない。
 前から後ろから、ただ何度も突き上げられ、最後の方は汗と白蜜に濡れてどろどろに溶け合っていたように思う。掠れた声はついに音をなくして、薄暗い部屋に響くのはベッドの軋む激しい音と、汗ばんだ肌のぶつかり合う音だけだ。

 それでも、耳の奥には常にレヴィリウスの甘いささやきが木霊していた。

「私のルシェラ。もう二度と離さない。愛しています。――愛している」


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