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3_片想い

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 生田さんは、それからも課主催の新年会やボーリング大会などにも参加してくれた。私は、会社では相変わらず挨拶を交わす程度だった。

 数か月前までは、彼女が居てなくても平気だった日常に、徐々に里美が入って来た。課のイベントがあるたびに、男ばかりの課だから、女性社員を何人か誘ってくる。その中には、必ず里美がいた。

 生田里美と話したいことは山程あるはずなのに、彼女に好かれたいと思いながらも、無口でおとなしい人で終わってしまう。私だって若い男だから、彼女を抱き締めることも想像したし、自分の彼女にもしたかった。

 この退屈な日々からおさらばして、女性とデートできる楽しい日々を過ごしたい。夜には電話でくだらないことを言って、一緒に笑いたい。映画を見て一緒にハラハラして、一緒に感動したい。彼女と接触する度に徐々に自分が変わってきているのに気付いた。

 4月頃になると、生田さんを含めた女の子4人が外の休憩所で昼食を食べるようになった。その休憩所は、根本、岸本と3人で昼食を取っている部品課の事務所からも見れる位置だった。私は時々、弁当を食べながら、彼女達の方をチラチラと見ていたが、生田さんと視線が合った時は自分でもドキドキしてしまった。他の女性社員ならドキドキなんてしないのに、狼狽してしまう自分が不思議だった。

 生田さんに二年越しの彼氏がいると聞いたのは、今年に入ってからだったろう。多分新年会が終わった頃だった。根本が教えてくれたのだ。根本は同じ1課の藤野さんと付き合っているので、同期で入った生田さんの情報も流れてくるのだろう。彼女なら誰からも好かれるだろう。彼氏がいない方がおかしい。

 私は、諦めよう。自分には釣り合わない。高嶺の花だと思い込もうとした。それでも、里美のことが、私の中でだんだんと大きく膨らんできていた。彼氏の存在があったから余計に意識したのかもしれない。

 私の中でいつの間にか彼女が、理想の女性にまで成長していた。気づけば彼女のことを好きになっていた。

 昼食時に彼女を見ている私を根本と岸本がよくからかって来た。私は幾度か、

「生田さんいいよな。好きだな」と言ったことがある。しかし本人を前にしてこの言葉を言うことがどうしてもできなかった。

 5月に入った頃、休日によくつるんで遊びに行く一つ年下の山下が、雄琴に遊びに行こうかと話してきた。機会がなかっただけで、SEXに興味が無いわけではなかった。山下は行こうと言うばかりで二人ともに行動せずにいた。退屈な日がみるみる過ぎていった。

 私は、5月も終わるころ、一人で夕方に車に乗り込み家を出た。琵琶湖大橋を渡り、雄琴のソープランド街に降り立った。今考えると、誰かとつるんで行動するのではなく、自分一人でも行って見せる。そんな勇気を試したかったのだと思う。

 夏のボーナスが出る日に、ビヤガーデンに行こうという話が出た。私が予約をすることになって、野島さんに何人か女の子を呼んで来てもらうことにした。私は生田さんに来てもらいたくて、彼女には私から直接誘いに行くと言った。

 夕方の勤務時間終了まじかに管理課に出向いて彼女に確認すると、情報が伝わっていたようで、生田さんは私に向かって笑顔で、

「やっぱり夏はビアガーデンよ」と言って参加してくれることになった。

 いつものように事務所で、私たちが三人が弁当を食べていると、生田さんが私服で駐車場の方へ向かうのが見えた。一緒に見ていた根本が、

「生田さん帰るのやな」と言ったすぐ後に、思い当たることがあったかのように、あれがあるから帰るのかと言った。岸本も知っていたらしく、二人して私の方を見て笑いでした。

 何でも情報が入りやすい彼らのことだから、生田さんが昼から帰る理由も知っているはずだと思い、彼らに聞いても笑うばかりで教えてもくれない。私がショックを受けるからと彼らは言うばかりで。

 午後仕事をしている時に根本が私の隣にまでやって来て、生田さんが帰った理由を話してくれた。どうやら彼氏と北海道へ行くらしいと言った。その彼氏とは、結婚まで決まっていることを彼は喋ってくれた。

 付き合っている人も居る彼女だから、結婚してもおかしくはない。頭ではそう思ってはいるものの、私は、頭が真っ白になり、何も考えられなくなった。ショックだった。彼女に自分の気持ちを言い出せないままさよならだと思った。自分の勇気のなさが腹立たしかった。

 その日の帰り、定時だから飲みに行こうと根本に誘われたが、断った。自分の気持ちを酒で晴らせる訳がないことを知っていた。

 里美は翌週の月曜日も会社にはいなかった。私は結婚することをもっと早く知っておきたかった。ここまで気持ちが高ぶる前に。

 根本は総務課へ行って、彼女の机を見てこいと言った。きれいに整理されているからと。今月で会社を辞めるかもしれないと。先週に私が、

「今度のビアガーデン楽しみだ」と言った時にも彼女は笑って、

「私も楽しみ」と笑顔で返してくれていたのに。

 もしかしたら、今度のビアガーデンが最後かもしれないと思った。

 火曜日、昼休みには彼女がいた。今日は会社に来ていた。その後岸本から根本が言っているのは嘘だと聞いた。

 水曜日だった。定時で帰る時に根本が飲みに行こうと誘ってきた。岸本は用事があるらしく帰っていたが、一緒に仕事をしている協力業者の近松さんを入れて3人で駅前の居酒屋に行った。

 近松さんの車で会社を出る時に、生田さんが総務課の自席で仕事しているのが見えた。こちらを見ているような生田さんに根本は手を振っていた。私にも振るように言ったが、そんなことをする気にはならなかった。

 飲みながら根本は、結婚の話は嘘だと言った。岸本から聞いていたから特に驚きはしなかったが、しかしどうしてそんな嘘をついたのか、私は彼に問い詰めた。根本の話では、生田さんには確かに学生時代からの恋人がいるらしい。結婚するという嘘で私の気持ちを確かめたらしいのだ。根本が、私の本心を知って、ダメ元で彼女に告白したらどうかと言ってきた。

 根本の付き合っている野島さんの話では、女の子同士の会話の中で、私と一緒に食事に行ってみたいということを、生田さんが言っていたという話だった。嘘を付かれた後にそんな話を持ち出して来ても、誰も信じられない気持ちで一杯だった。

 その日は、後輩の根本が生田さんを誘えだの、告白しろだの説教されっぱなしだった。酒の入った根本は饒舌だった。結局最後は、私がビアガーデンの日に彼女を誘うと約束して、彼と別れた。

 6月後半、ビアガーデンに少し遅れて女性たちがやって来た。私は根本達に、生田さんを私の横に座らせると豪語していたが、女の子たちが来たとたん、声を掛けそびれている間に、彼女達は適当に空いている席に座りだした。少し離れた席で根本たちが、言わんこっちゃないというような目で私を見ていた。

 飲んでいる途中で岸本が席替えを提案した。私が生田さんの横へ行けるように機転を利かせてくれたのだ。

 その席替えで生田さんの横へ行き、彼女と学生時代のことや映画の話をした。

 生田さんが途中で席を立ったとき、私はチャンスだと思った。根本も後を追うように目で急かした。私は行くつもりだった。彼女の少し後に席を立ち手洗い場にむかった。

 先に自分も手洗いを済ませたあと、ビアガーデンへ向かう彼女の後ろ姿を見つけた。

 生田さんがみんなのいるテーブルに戻るまでに捕まえたかった。私は、彼女の名前を呼び立ち止まっている間に追いついた。

 彼女に今度の休日に映画でも見に行こうと誘ったが、曖昧な返事でかわされた感じだった。

 結局ビアガーデンでは、彼女を誘うことはできず、それから5日後に彼女の自宅へ電話した。

 その日は平日で、彼女も残業していて、私が会社から帰るのと一緒だった。彼女の車の後について会社を出た。出てからすぐに、彼女は国道を通らず脇道にそれた。私は仕方なく国道を通って帰った。家に帰ってしばらくしてから、彼女に電話しようと決めた。このままだと絶対に一緒に映画を見ることも、食事に行くことも無いと思ったからだ。何回も途中で止めかけたが、最後までダイヤルすると女性が電話口に出る。相手は生田さんではなかった。電話の相手は、里美は入浴中だと言った。家族の誰が出たのかわからぬまま私はまた後程かけるように言った後に電話を切った。

 22時を回った頃にもう一度電話した。今回は生田里美が電話に出た。どれ程ドキドキしていただろう。初めて女の子の家にかけた電話。十代の頃と変わらない恋する気持ち。私は姿の見えぬ彼女に話しかけていた。会社の話を少しをして、生田さんが話しやすくなったところで、この間のビアガーデンの時の約束はいつ行けるか聞いた。私が行ける日は、生田さんの都合が悪かった。今週の土曜日は、同期の女性たちと大阪に行くから、来週は友達の結婚式で、今月は忙しいと生田さんは言った。断られるのを当然とは内心思っていたが、やはり少しの希望があるならと電話をしたが、やはりだめだった。そのあとは、近々新しく車を買うからと少し話題を変えて電話を切った。

 この頃に彼女の自宅が知りたくて、書店で住宅地図を見た。今では個人情報の問題で見ることは無くなったが、所帯主の書かれた地図を会社の緊急連絡の彼女の住所と確認した。彼女の自宅は、私が良く行く本屋の通りに面したところにあった。今までも何度もその前を通っていたことに今更気付いた。

 暫くして夜になると、彼女の家の前を車で走るようになった。彼女が載っている黒の『アルト』が家の前に停まっていたり、いなかったりで私の気持ちは複雑に揺れ動くのだった。

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