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間話『勇者』「エル・アルレイン・ノート」
しおりを挟む──世界が斜陽に焼かれている。
揺らめく夜の気配を、近づく闇の支配を拒むように。
切り取られ、限られた『黄昏時』というこの瞬間に。
最後の抵抗を強めるように、太陽は明るく世界を燃やす。
そんな光に背中を押され、されど表情を暗い影へと隠したまま『勇者』は戦場へと降り立った。
そのまま静かに彼女は部屋の中へと歩みを進める。
その歩みを止める者はいなくて──
「ああっ、勇者様ですね!! 助かりましたッ!!」
──喜ぶ者がただ一人だけいるばかりであった。
「……」
「いやぁ、危ないところでした!! 僕、わけが分からないままに巻き込まれて……」
焦ったような少年の声がこの空間に響く。
『勇者』は一言も返さない。
ただその歩みを止める事はなく、彼女は確かに先へと足を進めていく。
「見えますか? そこに倒れてる女の子。信じられないでしょうけど、彼女がこの部屋をめちゃくちゃにした張本人でして」
少年がそこまで台詞を吐いたところで、勇者はようやく足を止めた。
そのままチラリと倒れた少女へと視線を向けた。
そんな勇者の態度に何かしらの手応えを感じた様に、少年は安堵感を含ませた年相応の声で語り続ける。
「今は魔力切れみたいで倒れてますけど、早いとこ倒さないと、とんでもない事に──」
勇者が足を止めたその場所は、少年と少女のちょうど中間地点。
どちらへ向かうにも等間隔なその場所で。
勇者は少女へと──、背中を向けた。
「──ッ!!」
銀線が煌めいた。
陽光の反射を残光に変えて、聖剣が空を切る。
そう。
その剣は確かに先程まで少年が居た空間を切り裂いていた。
「……驚いたなぁ。何のつもりですか? 勇者様。敵はあちらで僕は味方ですよ?」
人類の到達点。
四大英雄の中でも、前衛を務めた勇者の初撃を難なく躱した少年は先程までの雰囲気を捨てて、どこかつまらなそうにそう言った。
その口調に幼さはなく、その声音に気弱さはなく。
「背中を一度でも見せてくれれば、楽に殺してあげましたのに」
その態度に焦りは無かった。
「……言ったはずだよ。僕は諸悪の根源を断つって」
しかし。
それは勇者も同じこと。
翡翠の瞳に殺意を迸らせて、勇者は再び剣を構える。
「それが君の本当の姿なんだよね。……ヨヤミ」
「……おやおや、驚いた。なぁんでバレてるのかなぁ」
こうして此処に、新しいカードが切られ、状況の流動は加速を続ける事が決定した。
今日という日がどの様に終わるのか。
現時点でそれは二人の女神のどちらにも予測出来うるモノでは無かった。
・・・・・・・・・・・
「はぁッ!!」
「ちっ」
あれから。
会話を重ねる事もなく剣戟を繰り出した勇者。
初手に選ぶは大上段からの袈裟がけの一撃。
英雄が誇る<ステータス>によって生まれた其れは、実にこの世界の八割の生物には抗う余地すらない完璧な暴力の具現化であった。
──が。
「ちょっとは早いけど……、それだけだねっ!!」
「……ッ!!」
同程度の<ステータス>を相手が有していた場合、それは言葉通りに挨拶がわりにしかならないものであった。
鳴り響くは金属音。
勇者が放った聖剣を、少年はどこからか出した黄金の剣で軽々と受け止めてみせた。
勇者の瞳が驚愕に揺れる。
その一瞬に、少年は剣を持っていない手を抜き手に変えて、勇者の腹部へと走らせて──
「──させないッ!! 『疾風跳躍ッ!!」
「……あらら。逃げられちゃった」
──寸前で背後へと飛び退いた勇者を空振りという形で見送った。
そうして、両者は睨み合う。
片方は殺意を更に強くして、片方は嘲りと侮蔑を隠す事なく。
「……その剣は」
「ああ。やっぱり知ってるよね? 元々は君のお父さんのモノだし」
そう言って、少年は見せびらかす様に、手に持った剣を動かしてみせた。
「良い剣だよね、コレ。鍛造から三百年も経つのにさ。混ぜ込んだオリハルコンは相当に純度が高かったんだね」
其れは『勇国』の王族の中でも、王位継承者にだけ受け継がれてきた国宝の一つ。
言うなれば、王冠や王座と同じ意味合いを持つ宝である。
「ははっ。ダァデアが最後に頼りにしたのも分かる気がするよ。無駄だったけど」
それがこうして賊の手に渡ったという事は──、国を守るべき『勇者』が役目を果たせなかった事を意味していた。
「──それを返せッ!!」
「おおっと」
見せつけられた少年の悪意に対し、殺意を込めて勇者は剣を返す。
しかし、それは危なげなく少年の剣に防がれてしまう。
「まだだよッ!」
「ははっ。いいね。たまには『剣術』スキルも使わないと」
打ち合うこと、一合、二合。
一呼吸の間に数を三つも四つも増やし続ける其れは、本来であれば断続する筈の剣戟の音すらも旋律へと変えて、苛烈さを増していった。
「まだ……ッ!! まだぁぁぁッ!!」
「へぇ? 剣だけでも意外と動けるんだ」
勇者の動きに躊躇いは無く、確実に目の前の相手を殺すべく本気を乗せていた。
だが、少年の瞳に焦りは無かった。
それはこれまでの打ち合いから『剣術』のスキルレベルも、<ステータス>も少年が勇者より上回っているという実感が持てたからだ。
少年はとある事情により理解していたが、この世界には世界の理が存在している。
その法則は絶対で、誰にも覆せるモノでは無いと少年は確信していた。
故に。
彼はもはや目の前の『勇者』に対して脅威を感じる事が無かったのである。
現に彼の考えは間違えてはいなかった。
『指弾の魔術師』は新たな魔術の連鎖反応によって世界の理を超えた可能性をみせたが、それは例外中の例外であり、事実『勇者』こと『エル・アルレイン・ノート』にはそんな秘術も奥の手も存在しないのだから。
(ははっ。しかし賢者を吸った時にも思ったけど、こんなモノなのか『四大英雄』って。だったらもっと早くに行動を起こせば良かったな)
だから、彼が勇者の攻撃を捌きながら思考に溺れるのも仕方のない話だったのかもしれない。
そんな彼の間隙を突く様に。
ピッ──、っと。
少年の頬が浅く切られそこから、つぅ──、っと赤い液体が伝い落ちた。
切り抜かれた様な時間の刹那、少年は自らの血が床を汚したのを見て初めて、自身の負傷を知覚した。
「……えっ?」
「はぁぁぁぁッ!!」
そして、そこから『勇者』の攻撃は加速した。
「なッ!? つぅッ!!」
「まだぁッ!! まだぁぁぁぁッ!!」
矢継ぎ早に繰り出されるのは、先程までよりも明らかに速い剣戟だ。
受けに回した少年の手の痺れは速さだけでなく、重みが増した事をも教えていた。
唐竹への一撃ををなんとか横へと受け流す。
衝撃で手元の剣が暴れるのを抑えている間に、勇者は流れのまま、くるりと、体を回し更に速く重い横薙ぎへと繋げてきた。
割り込ませる様に剣を縦に構え受け止める。
殺しきれない衝撃に僅かに少年の体が浮き、後方へとたたらを踏む。
歪んだ体勢を見逃さないように、『勇者』が喉へと突きを放つ。
剣は流れたまま防げない。足はたたらを踏み不安定。
上体を間一髪で逸らしたが、少年の喉の横が浅く裂かれた。
またしても溢れた血液を感じ、目の前の翡翠の煌きを確認して。
初めて、ぞわりと、少年の背筋に怖気が走った。
「ちぃッ!! 爆ぜろッ!!」
「ッ!?」
一音節で紡いだ詠唱が両者の間に爆発を生み、少年と勇者を吹き飛ばした。
威力は両者にとって問題ではない。
ただ少年にとっては今作られた距離は何よりも価値のあるモノであった。
「驚いたね……。まさかさっきまでは本気じゃ無かったなんて」
(なんでだ……? なんで、いきなり速くなった……?)
油断なく勇者を見つめながら、少年は言葉を投げかけた。
それは考えを纏める時間を作るためだったし、実際に今の彼は軽く混乱していたからだ。
(『強化魔法』なら間違いなくお互い既に発動していた。『剣術』スキルで技術負けした訳じゃない)
「私は本気だったよ。……でも、確かに『勇者』として全力じゃなかったね」
「へぇ? 言うじゃない」
(感覚的には<ステータス>で単純に押し負けた感じだ。……でも、あり得るのか?)
表面上では余裕を取り繕う少年だが、その立ち振る舞いからは先程までの余裕は消え失せていた。
彼は一切の油断なく勇者を観察し、現状の把握に全ての神経を注ぎ込んでいた。
(<ステータス>を弄る<スキル>は大概が<ユニーク>クラスのレアだ。<役割>持ちとして選ばれた時点で容量にはかなりの空きが要求されるはず)
少年の考えは完璧に当たっていた。
純粋な<ステータス>では少年は既に勇者を上回っていたし、『彼女』にそれを覆せるようなスキルは存在しなかった。
けれど。
彼の推論は前提から間違えていた。
彼は『勇者』と同じ特殊な役割持ちでこそあったが──。
「行くよ。『アル・レイン』」
「了解した。我が主人よ」
──『神具』は『四大英雄』にのみ与えられたモノなのだから。
・・・・・・・・・・・
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おつかれさまです!
ご感想ありがとうございますー!
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