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間話「ナイア」

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 ──紅蓮が躍る。
 惨たらしい破壊の痕跡が刻まれた玉座の間の中央で。
 少女の姿をした陽炎が、少年を惑わせ唄う。

「くッ!! 離れろよッ!! 羽虫ィッ!!」
「はっ!! 逃がすわけが無いじゃろうがッ!!」

 ──息を飲むような少女の動き。
 ふたつの拳を握り固め、ほむらを纏い、かいなを振るう。
 舞踏が如き捌きを刻み、ふたつの足が大地を割る。

「ちょこまかとッ!!」

 そんな彼女を振り払うような少年の言葉に呼応するかのように、虚空より剣が飛来する。
 文字にして手をかざすのみという一動作。時にして一呼吸という刹那の早技。

「甘いわッ!! ここじゃ!!」

 しかして、少女には届かない。
 近距離と呼ぶにも近すぎる懐へと潜り込んだ彼女は、少年の手を横目で見るでもなく体を捌き、位置を変える。
 少年へと返す動作は、こちらもステップを一つという一動作ワン・アクション
 だが、それだけで少女の姿は少年の視角から外れ、彼女はその死角より研鑽された技を放つ。

「くぁッ!?」
「飛ばしはせんぞッ!! 精々力めよ!!」

 横合いからの肘鉄による肺への一撃。
 呼気を漏らし遠方へと吹き飛ぶように浮きかけた少年の襟首を瞬きの速度で掴み、引き寄せた勢いで少女は抜き手を心臓へと走らせる。

「はなっ……れろぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
「ちぃっ!!」

 だが、それより僅かに早く少年が手の平を少女へと向け、魔力を放つ。
 すんでのところで回避に成功した少女だが、代償として髪を数本、そして服を掴んでいたという優位を文字通り手放すことになる。
 ━━だが、それだけだと。
 彼女は怯みの翳りすら見せる事なく、更にそこで前へ出る。
 今の今。
 死にかけた戦地へと。
 今し方眼前を過ぎた冥府への道を踏みしめるように。
 止まらず彼女は前へ出る。

 ──まるで、一度でも距離が開けば終わりだとでも言うように。

「ふざけるな!! ふざけるなぁああああああ!!! 早く死ねッ!! 今死ねッ!! すぐに死ねよお前ぇぇええええええ!!」
「かかかっ。良い面構えよ。癇癪というにも余りにも滑稽よのぅッ」

 少年が指を曲げる。
 応じるように、床面より瞬時に生まれた枝が地を割り砕き弾丸のような速度でもって容赦なく少女へと突き進む。
 そして、そんな足場・・を更なる推力に変えて、少女は速く、ただ速く駆け進む。
 まるで神技めいた技巧だが、彼女の技術はそれだけではなかった。
 誰が語ることでも無かったが、常人であれば知覚することすら困難な程に、少年は辺りへ不可視の防御を幾重にも張り巡らせていた。
 防御結界、魔力による身体強化、呪詛による浸食領域、大気や皮膚へと混ぜられた毒素など。
 だが。
 少女はそれら全てを見切り、見抜き、針のような隙間へと。
 弱点と呼ぶにも満たない、極小の点へと彼女は攻撃を通していく。
 動き続ける対象。変わり続ける急所。
 しかして、彼女の拳は誤たない。
 揺るがず、歪まず、譲らず、許さず、彼女は拳をふるい続ける。
 打撃の一瞬、指先や拳の一面だけといった箇所にのみ魔力を集中し、正確に少年を打ち続ける。

 そして、それは確かに魔王と名乗る少年へと、有効打として届いていた。

 いかに少年が<ステータス>として上であろうとも、急所を一点集中で打たれ続ければダメージは通る。
 
「くそがぁっ!! 中級回ミドル・ヒー──ッ!?」
「させんわッ!! 戯けがッ!!」

 一瞬、少年の体を包みかけた淡い光が、少女の拳によって壊されたように霧散する。
 少女の指が紫電を纏い、少年の肩を刺し貫く。
 同時に体内へ流れる筈であった回復魔法の術式構築へ干渉し、その効力を無効化する。

「くそっ!! なんで魔法が発動しないんだよぉ!! バグってんじゃねぇぞ、システムぅッ!!」
「学生でも解けた謎じゃがの。……どうやらお主、ナギより頭は回らんらしいのぅ!!」
「ナギ……? ──7Gかッ!? 巫山戯るなよ、僕があいつより劣っているわけないだろうがッ!!」

 少年の激昂が空気を揺らし、呼応するように床一面が割れ、あちらこちらから『枝』が姿を表した。
 それらはそのまま怒りの元凶である少女の口を塞ぐべく、四方八方から逃げ場を塞ぐように彼女へと襲いかかった。

「上ッッ等じゃッッッ!!」
「なっ!?」

 対する少女の動作はこれもまた一つのみ。
 魔力を込めた足を思い切り地面へと叩きつけた。
 ──現代日本では『震脚』と呼ばれる武術技の一つに酷似した足運び。

 だが、その効果は桁違いであった。

 さながらオセロの盤面のように、彼女を中心として爆砕する床を染めるように、『影』が世界を侵食していく。

「影魔法ッ!?!? 文献でしか見たことないぞ!?」
「かかかっ!! ならば咽び泣いて喜ぶが良い!! 冥土の土産にはちょうど良いじゃろうてッ!!」

 驚愕を浮かべたまま少年は高く跳び上がり『影』の領域から脱出するが、『枝』は逃れる事叶わずそのまま『影』へと飲まれていく。

 そうして『枝』の形となった『影』は、そのまま逆再生のように少年へと襲いかかった。

「がぁぁぁっ!?!?」
「影の本質は模写による自在性にある。──そして、それは取り込む取り込まんに関係ない!!」
「──ッ!?!?」
「火薬が如く爆ぜよッ!! 『陰影シャドウ・爆砕エクスプロージョンッ!!』」

 床一面を染めた『黒』が少年を刺し穿ち、包み込み、飲み込んで──、爆ぜた。
 響く轟音がその威力を物語る。
 びりびりと空間自体を叩くようなそれは確かな激闘の証であった。

 ──だから。

「……はっ……はははははははっ!! 凄いッ!! 凄いなっ!? 凄いッ凄いッ凄いッ凄いッ!! 欲しいな、欲しいよ『これ』ッ!!」
「……ちぃ。憎たらしい返事じゃの」
「最悪の気分だったけど、これなら許しても良いよッ!! 『残機』の一つを消されたのは頭にくるけど、どうせあと『一機』あるしね!!」

 その黒影の中から平然と出てきた少年は、見る者に規格外だと感じさせるに十分な異常性を帯びていた。
 そのまま彼は笑う。強く、強く、口角を持ち上げて、ただ愉しげに嗤ってみせた。
 
「楽しみだなぁ。楽しみだ。ああ、早く、早く、早く早く……」

 そして、少年は自身の体を抱きしめるように腕を回し、呟いて。

「使いたい……ッ!!」
「なっ……!?」

 突如、その体を突き破って『腕』が二本追加で生えた。
 そして、驚愕に少女が揺らいだ微かな隙間に、四本の腕がそれぞれ──、空間に文字を・・・・・・描き出した。

「四重術式──、中空展開!! 魔法陣の極意を見せてあげるよッ!!」
「お主ッ!? その<スキル>はッ!?」

 範囲指定。出力指定。速度補正。複合展開。
 短節では意味をなし得ない術式を、同時に組み上げ後から合成する事で高速で強力な魔法を放つ。

 かつての魔王軍幹部の一体・・・・・・・・が得意とした秘中の秘。

「ははっ!! 死ぬなよッ、羽虫ィ!! 『全域・崩壊エリア・ブレイク!!』」

 最後の一文字が書き上げられるが同時。
 大陸に名を馳せた破壊の奔流が、三百年の年月を経てかつての主人へと牙を剥いた。

「ぐぁッ!! あああああぁぁぁああああああああッッッ!!!!」

 逃げ場すらない空間そのものへと走る衝撃が、少女の体を呆気なく部屋の壁へと叩きつけた。
 


 そのまま。少女の体は一度強くバウンドし。

 そのまま床へと落ちた。


 どろり、と。
 床を赤く染めるのは、僅かな粘性を含んだ赤い液体。


 鮮やかな赤い、赤い──、血液であった。



「ははははははははははははははははははっっっっ!!!!!」

 哄笑が部屋を支配する。
 愉悦に歪む声は高らかで、遮るものなどなく、好き勝手に空間へと暴れ狂う。

 無遠慮なその響きが壁際で沈み込んだ老人へと染み込んでいく。

 不躾なその響きが床へと倒れ込んだ少女へと降り注ぐ。


 止める者はいなかった。
 止められる者はいなかった。

 やがて、彼は歩き始めた。
 酷く無慈悲に、回復魔法により傷一つない体へと自らを作り変えながら。
 手始めに少女より近くにいた老人の元へ座り込み、そのまま彼は敵の健闘を称えるように老人の肩を軽く叩きながら蔑むように言葉をかけた。

「こいつは『指弾』が楽しそうだったよな。吸収<スキル>っと」

 ぞるり、と渦巻いた力が少年へと流れ込んで。


 『指弾の魔術師』こと、シンド・ノルリッジは呆気なく世界を去った。


 惜しむ声もなく。嘆く声もなく。
 人知れず、底知れない悪意に呑み込まれて。


 一人の人間が消えて、終わった。





 『夜』が来る。
 光ない闇がくる。救いない悪がくる。


 主人公ヒーローは間に合わない。
 意識なき少女には既に抗う術もない。


 だから、この結果は──


「コイツはどうしようかな。結構、無視できない<ステータス>もしてたしなぁ。……でも、やっぱり『影魔法』一択かぁ?」

 少女へと、文字通りの魔の手が迫る。
 少年の逡巡だけが、彼女の余命を支えていた。

「……よし、決めた。吸収<ス──」


 ──間違いなくその迷いが生んだ奇跡だ。



 壁の一部が爆ぜとんだ。
 何者かがこの部屋へと侵入する際に、常人では視認できない程の速度で剣戟を叩き込んだ結果、高速で弾かれた破片が少年を吹っ飛ばした。

「──ッ!?!? ぎっ!?」

 突然のことに少年はたたらを踏みながらも、なんとか体勢を立て直す。
 慌てた彼が侵入者へと瞳を向ければ其処には──


「……こうなったら名乗るのもおこがましいけどね。それでも敢えて名乗らせて貰うよ」

 逆光にて暗く隠され、表情を見せないままに、抑揚のない平坦な声が、それでも確かな意志の強さを乗せて言葉を紡いだ。


「勇国が剣の一本。『勇者』エル・アルレイン・ノート。ここで諸悪の根源を断つ」


 『聖剣』を真っ直ぐに少年へと突きつけて今、勇者が戦場に舞い降りた。


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