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第110話「いよいよもって死ぬが良い、そしてさようなら」
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──走馬灯という言葉がある。
元々は回り灯籠を指し示す言葉であったが、科学が発展し灯りの多くが電球へと移り変わった現代日本においては、もう一つ別の表現で使われる事が多い言葉だ。
そう。
それは人間が自身の死の寸前に感じるという体験談。
それまでの人生の全てを一瞬という瞬きの中に凝縮し、振り返るという奇跡の所業。
漫画やアニメ、ドラマや映画などフィクション作品の多くでよく扱われるソレだが、俺は自身の体験からソレが実際に『有る』ということを知っている。
思い返すのは過去の事件。
クラスメイトが謎の洗脳によって王女様を暗殺しようとした一件だ。
あの事件の渦中で、俺は王女様を守る一瞬に世界全体の時間がやけに緩やかだと感じる程の思考の加速を経験していた。
「あれだけの思考加速があれば──」
「──強化魔法も扱えるはず……ですか」
そんな俺の体験を含めて、組み立てた自論を聞いた上で、目の前の黒猫は少々心配そうな表情を作る。
まぁ、コイツにしてみれば眉唾な話しだろうし、実感が伴わない『走馬灯』を当てにした作戦なんて狂気の沙汰だろう。
けれども、現状は『ソレ』に賭けるしかないのだ。
俺はなんとか黒猫から納得を引き出そうとして、言葉を探し──
「ノワ──」
「──ううん。でも、どうやって発動させましょうか、ご主人?」
──黒猫からの差し込まれた質問に息を呑んだ。
そのまま黒猫は難しそうな顔で言葉を重ねていく。
「『死にかける』事が必要というのは、かなりリスキーですよ、実際。強化魔法を掛けるタイミングにしても、早すぎればご主人が自滅しますし、遅すぎればそのまま敵の攻撃に追いつけずにお陀仏でしょうし──」
そんな黒猫の様子は、『走馬灯』を現実のものとして受け止めた上での発言であって。
そんな不確かなモノに、確かに命を賭けることを前提とした内容であったから。
「──マジか、お前。……本当によぉ」
「ん? 何か言いましたか? ご主人?」
手で自身の目線を隠しながら、俺はそう呟いた。
説得の言葉を重ねる必要は無いらしい。
随分と説明不足の確証のない分の悪い賭けだろうと、彼女は俺を信じて一緒に全てを賭けてくれるのだとそう伝えられた。
「……ありがとな、ノワール。その辺は大丈夫だ」
「おや、そうでしたか。普段はぼーっとしてるのに、やっぱり意外と考えてますねぇ、ご主人は」
「……普段から一言余計だよなぁ、お前は」
万感の思いを込めたその一言は、どれだけ黒猫に届いたのだろう。
いや、届いていても、届いていなくてもきっと変わらないのだろう。
どんな状況でも、どんな決断でもきっとそうだ。
コイツは俺のそばに居続けると決めていて、成金望はもう──、コイツがそばにいないと駄目なのだ。
「じゃあ、そろそろ覚悟を決めて死ににいくぞ、ノワール」
「ええ、いきましょうかご主人。トイレは済ませましたか?」
「ああ」
「神様にお祈りは?」
「やったやった」
「部屋の隅で震えながら命乞いをする準備は?」
「覚悟が台無しだよ、このやろう」
何ともしまらないやり取りである。
でも。そうだ。
本当に最後になるかもしれないなら。
ああ、こんな会話でいい。
ちくしょう、まったく。
今日は、死ぬには良い日だ。
・・・・・・・・・・・・・
さぁて、命を賭けるからとやたらとセンチメンタルがジャーニーになりがちな今日この頃だけれども。
そろそろと感情のギアを上げていこう。
時間は有限なのだから、アップテンポにいかなきゃならない。
有言実行、作戦決行。現場へ急行。任務を遂行。
うん、良い感じだ。これから俺は死にに行くのだ。
どうせ正気じゃいられない。
怯えを誤魔化しながら、震えを誤魔化しながら。
──逝くのだ。
そんなん異常なハイテンションでもなけりゃ出来るわけもない。
「良いか、ノワール。今のこの状況なら実は『死にかける』タイミングは操作できる。……宝物庫のドアを開けた一瞬後だ」
「……なるほど! あのゴーレムを使うんですね」
「ああ、そうだ。ただ、その前にちょいと心の準備をするから待っててくれ」
「ん? 心の準備……ですか?」
黒猫へそう告げて。不思議そうに首を傾げる黒猫はそのままに。
すーっ、はーっ、と息を整えながら。
俺はこれまでの危機を思い返していく。
これから起こそうとしている『走馬灯』というのは一説によれば、生存本能の極みの様な反応だという。
其れは死ぬ間際にこれまでの人生全てを振り返り、生き残る方法が無いか模索する為に発生するという説である。
──で、あるのなら。
先にある程度これまでの危険を振り返っておく事で、走馬灯発動の可能性を上げられるのではないかと俺は考えたのだ。
大事な事は『死にそうな状況』なのだと、脳に、そして魂に思い込ませる事。
そう、必要なのは覚悟と決意と思い込みだ。
さぁ、自己暗示を始めよう。
死ぬまで自分を追い詰めろ。死ぬぞと自分を問い詰めろ。
──目を閉じて思い返す。
初めて襲われたゴブリンの顔を。
絶対的な捕食者としての愉悦に歪んだその顔に俺は死を覚悟した。
──少し震えがきた。でも……、それだけだ。
──続けて思い返す。
突如地底から現れた強大な爬虫類であるオオトカゲの事を。
無機質なその瞳からは感情の一切が感じられなかったが──だからこそだろうか、よりリアルにこちらを喰らうという熱が伝わってきた。
──ぶるり、と身が震えた。まだ足りない。
──続けて思い返す。
冒険者ギルドの長から向けられた強烈な殺気を。
動けば殺されると幻視する程のそれは平和にボケた日本人の俺ですら殺気という概念を知覚できた程であった。
──息が詰まった。まだまだ足りない。
思い出せ。思い返せ。死にかけたこと。これまでの修羅場の全てを。
魔物との戦闘。ダンジョンでの罠。人が人に向けた悪意の全て。
瞼を閉じて危険を思い返す度に、恐怖で肺が潰れてくる。心臓が脈打つ。頭が軋む。
当たり前だろう。
それは本来一つ一つが心的外傷に成る程のモノであり、決して何の覚悟もなく思い返せるモノでは無いのだから。
──だが、足りない。
危険を自覚する毎に確実に本能の警戒レベルは上がっている。
怖気が走る。鳥肌が立つ。吐き気がこみ上げて、動悸が治まらない。
──次第に、身体中が熱くなる。
それらの全てが防衛本能が行わせる生存動作だ。
生物が只々生きる為に、生き抜く為に行う、連綿と受け継がれてきた数千年による遺伝子からの確かな全力のサポートだ。
──それでも、全然足りやしない。
それも当然だろう。それらの反射は全て後ろ向きな其れなのだから。
それ自体は間違っちゃあいない。
危険からは逃げるべきだという賢く効率的な判断だろう。
だが、今は──
「……全部、逃避じゃねぇか!! ビビってんじゃねぇぞ、俺!! ビビりゃ負けるぜ!! 引けば老いるぜ!! 臆せば死ぬぜっ!! 叫べ、俺の名前は──」
──進むしかないのである。
細胞の一つ一つから覚悟を決めて。魂の全てで根性を決めて。
戦うしかないのだ。
──そうして。
悲鳴を上げる心を無視して、痛みに歪む心を無視して、俺は今一度強く──、奥歯を噛んだ。
「がぁぁぁああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
──頭が痛い。
熱い、眼球が溶ける、熱い、喉すら焼けるよう、熱い、皮膚なんて爛れているよう。
勿論、それらの全ては幻想であり、幻覚であり、幻痛だ。
現実的には俺の体に傷の一つも有りはしない。
──だが。
嗚呼、それでも限界寸前の心は確かに訴え続ける。
回想を止めろと。自傷を止めろと。
息を吸い過ぎて、息が吸えない。
過呼吸と呼ばれるパニック障害の一つだ。
心という目には見えない器官だが、負荷がかかっているのもまた確かな真実なのだから。
そうして確かに感じる痛みならば、確かと感じる傷ならば、それは実際の傷となにが違うのか。
酸素が不足して、くらくらと目眩がする。
ぐらぐらと世界が歪む。ふらふらと足から崩れる。
熱い、肺が、熱い、臓が、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱、熱、熱、熱、熱、熱熱熱熱熱熱ああああああ──
「◼️◼️◼️◼️◼️◼️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️!!!!!!!」
──それでも。
俺は死地へと臨んだ。
無遠慮に叩き込まれる情報量。無節操に開けられていく心的外傷の引き出し。
悲鳴を上げるのは心だけじゃない。脳の神経を焼き焦がすかのような自傷行為に、成金望という生物そのものが軋みを上げていく。全身から悪寒がするように肌寒く、全力疾走後のように全身が燃えている。
窒息しているような息苦しさの中、不透明で不明瞭な意識だけが、それでも我武者羅に危機感だけを求めて喘ぎ続ける。
──血液が沸騰するようで。
死に物狂いなんて言葉ですら生温い。正しく、正しく、死狂いだ。
求めているのは死そのもの。心を殺すべく思考する。心を殺すべく試行する。それでも生き抜く意思だけは手放さない。
──骨が蒸発するようで。
なんという矛盾か。なんという無謀か。耐え難く、度し難い愚行の極み。
愚者にしても愚かに過ぎる。愚鈍にしても疎かに過ぎる。
──肌の全てが焼け爛れるよう。
実際のところ、そもそも方法が
間違っているのに。
生きる為に自らの意思で死を望むなんて。生きる為に自らの意志で死へと臨むなんて。
そんな自作自演のマッチポンプで願いが叶うなど、虫の良過ぎる話であろうに──
最期に頭を砕かれた感覚を思い出して。
──瞬間、心が砕け散った。
「───────────ッ!!!!」
その時、刹那の感覚で理解した。ああ、違う。やり過ぎた。間違えたのだと。
熱が引いていく。思考が消えていく。感情が振り切った。自我が溶けていく。
成金望が死んでいく。
「─────────────ッ!!!!」
目眩が強くなり、世界が白く霞んでいく。
全てが遠くへ消えていく。……いや、違う。俺だけが遠くへ消えていく。
何も感じることの出来ないほど、遠くへと。
恐らく……いや、間違いなく。
俺は方法を間違えたのだ。やり方が違ったのだ、手段が誤っていたのだろう。
訴え続けた限界を無理矢理に超えた精神は、焼き切れて、擦り切れて、燃え尽きて、溶け落ちた。
「─────────」
全ての感覚が消え去った。もはや熱くもなく、寒くもなく、高揚も絶望もない。
視界の情報どころか、開けているはずの目蓋の間隔すらありはしない。
「──け」
今や自嘲すら出来やしない。当然である。ナリカネノゾムの精神は既に全てが崩壊が決定している。
感覚どころか、感情の一片すら残る筈もない。
こうして、柄にもなく、身の程も弁えなかった間抜けは、自ら勝手に廃人へと成り果てた。
「助けて──、◼️◼️◼️◼️」
──そう、成る筈だった。
「おお。勇者よ。死んでしまうとは情けない」
只々ひたすらに白い空間で、一人そんな声を聞いた気がした。
元々は回り灯籠を指し示す言葉であったが、科学が発展し灯りの多くが電球へと移り変わった現代日本においては、もう一つ別の表現で使われる事が多い言葉だ。
そう。
それは人間が自身の死の寸前に感じるという体験談。
それまでの人生の全てを一瞬という瞬きの中に凝縮し、振り返るという奇跡の所業。
漫画やアニメ、ドラマや映画などフィクション作品の多くでよく扱われるソレだが、俺は自身の体験からソレが実際に『有る』ということを知っている。
思い返すのは過去の事件。
クラスメイトが謎の洗脳によって王女様を暗殺しようとした一件だ。
あの事件の渦中で、俺は王女様を守る一瞬に世界全体の時間がやけに緩やかだと感じる程の思考の加速を経験していた。
「あれだけの思考加速があれば──」
「──強化魔法も扱えるはず……ですか」
そんな俺の体験を含めて、組み立てた自論を聞いた上で、目の前の黒猫は少々心配そうな表情を作る。
まぁ、コイツにしてみれば眉唾な話しだろうし、実感が伴わない『走馬灯』を当てにした作戦なんて狂気の沙汰だろう。
けれども、現状は『ソレ』に賭けるしかないのだ。
俺はなんとか黒猫から納得を引き出そうとして、言葉を探し──
「ノワ──」
「──ううん。でも、どうやって発動させましょうか、ご主人?」
──黒猫からの差し込まれた質問に息を呑んだ。
そのまま黒猫は難しそうな顔で言葉を重ねていく。
「『死にかける』事が必要というのは、かなりリスキーですよ、実際。強化魔法を掛けるタイミングにしても、早すぎればご主人が自滅しますし、遅すぎればそのまま敵の攻撃に追いつけずにお陀仏でしょうし──」
そんな黒猫の様子は、『走馬灯』を現実のものとして受け止めた上での発言であって。
そんな不確かなモノに、確かに命を賭けることを前提とした内容であったから。
「──マジか、お前。……本当によぉ」
「ん? 何か言いましたか? ご主人?」
手で自身の目線を隠しながら、俺はそう呟いた。
説得の言葉を重ねる必要は無いらしい。
随分と説明不足の確証のない分の悪い賭けだろうと、彼女は俺を信じて一緒に全てを賭けてくれるのだとそう伝えられた。
「……ありがとな、ノワール。その辺は大丈夫だ」
「おや、そうでしたか。普段はぼーっとしてるのに、やっぱり意外と考えてますねぇ、ご主人は」
「……普段から一言余計だよなぁ、お前は」
万感の思いを込めたその一言は、どれだけ黒猫に届いたのだろう。
いや、届いていても、届いていなくてもきっと変わらないのだろう。
どんな状況でも、どんな決断でもきっとそうだ。
コイツは俺のそばに居続けると決めていて、成金望はもう──、コイツがそばにいないと駄目なのだ。
「じゃあ、そろそろ覚悟を決めて死ににいくぞ、ノワール」
「ええ、いきましょうかご主人。トイレは済ませましたか?」
「ああ」
「神様にお祈りは?」
「やったやった」
「部屋の隅で震えながら命乞いをする準備は?」
「覚悟が台無しだよ、このやろう」
何ともしまらないやり取りである。
でも。そうだ。
本当に最後になるかもしれないなら。
ああ、こんな会話でいい。
ちくしょう、まったく。
今日は、死ぬには良い日だ。
・・・・・・・・・・・・・
さぁて、命を賭けるからとやたらとセンチメンタルがジャーニーになりがちな今日この頃だけれども。
そろそろと感情のギアを上げていこう。
時間は有限なのだから、アップテンポにいかなきゃならない。
有言実行、作戦決行。現場へ急行。任務を遂行。
うん、良い感じだ。これから俺は死にに行くのだ。
どうせ正気じゃいられない。
怯えを誤魔化しながら、震えを誤魔化しながら。
──逝くのだ。
そんなん異常なハイテンションでもなけりゃ出来るわけもない。
「良いか、ノワール。今のこの状況なら実は『死にかける』タイミングは操作できる。……宝物庫のドアを開けた一瞬後だ」
「……なるほど! あのゴーレムを使うんですね」
「ああ、そうだ。ただ、その前にちょいと心の準備をするから待っててくれ」
「ん? 心の準備……ですか?」
黒猫へそう告げて。不思議そうに首を傾げる黒猫はそのままに。
すーっ、はーっ、と息を整えながら。
俺はこれまでの危機を思い返していく。
これから起こそうとしている『走馬灯』というのは一説によれば、生存本能の極みの様な反応だという。
其れは死ぬ間際にこれまでの人生全てを振り返り、生き残る方法が無いか模索する為に発生するという説である。
──で、あるのなら。
先にある程度これまでの危険を振り返っておく事で、走馬灯発動の可能性を上げられるのではないかと俺は考えたのだ。
大事な事は『死にそうな状況』なのだと、脳に、そして魂に思い込ませる事。
そう、必要なのは覚悟と決意と思い込みだ。
さぁ、自己暗示を始めよう。
死ぬまで自分を追い詰めろ。死ぬぞと自分を問い詰めろ。
──目を閉じて思い返す。
初めて襲われたゴブリンの顔を。
絶対的な捕食者としての愉悦に歪んだその顔に俺は死を覚悟した。
──少し震えがきた。でも……、それだけだ。
──続けて思い返す。
突如地底から現れた強大な爬虫類であるオオトカゲの事を。
無機質なその瞳からは感情の一切が感じられなかったが──だからこそだろうか、よりリアルにこちらを喰らうという熱が伝わってきた。
──ぶるり、と身が震えた。まだ足りない。
──続けて思い返す。
冒険者ギルドの長から向けられた強烈な殺気を。
動けば殺されると幻視する程のそれは平和にボケた日本人の俺ですら殺気という概念を知覚できた程であった。
──息が詰まった。まだまだ足りない。
思い出せ。思い返せ。死にかけたこと。これまでの修羅場の全てを。
魔物との戦闘。ダンジョンでの罠。人が人に向けた悪意の全て。
瞼を閉じて危険を思い返す度に、恐怖で肺が潰れてくる。心臓が脈打つ。頭が軋む。
当たり前だろう。
それは本来一つ一つが心的外傷に成る程のモノであり、決して何の覚悟もなく思い返せるモノでは無いのだから。
──だが、足りない。
危険を自覚する毎に確実に本能の警戒レベルは上がっている。
怖気が走る。鳥肌が立つ。吐き気がこみ上げて、動悸が治まらない。
──次第に、身体中が熱くなる。
それらの全てが防衛本能が行わせる生存動作だ。
生物が只々生きる為に、生き抜く為に行う、連綿と受け継がれてきた数千年による遺伝子からの確かな全力のサポートだ。
──それでも、全然足りやしない。
それも当然だろう。それらの反射は全て後ろ向きな其れなのだから。
それ自体は間違っちゃあいない。
危険からは逃げるべきだという賢く効率的な判断だろう。
だが、今は──
「……全部、逃避じゃねぇか!! ビビってんじゃねぇぞ、俺!! ビビりゃ負けるぜ!! 引けば老いるぜ!! 臆せば死ぬぜっ!! 叫べ、俺の名前は──」
──進むしかないのである。
細胞の一つ一つから覚悟を決めて。魂の全てで根性を決めて。
戦うしかないのだ。
──そうして。
悲鳴を上げる心を無視して、痛みに歪む心を無視して、俺は今一度強く──、奥歯を噛んだ。
「がぁぁぁああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
──頭が痛い。
熱い、眼球が溶ける、熱い、喉すら焼けるよう、熱い、皮膚なんて爛れているよう。
勿論、それらの全ては幻想であり、幻覚であり、幻痛だ。
現実的には俺の体に傷の一つも有りはしない。
──だが。
嗚呼、それでも限界寸前の心は確かに訴え続ける。
回想を止めろと。自傷を止めろと。
息を吸い過ぎて、息が吸えない。
過呼吸と呼ばれるパニック障害の一つだ。
心という目には見えない器官だが、負荷がかかっているのもまた確かな真実なのだから。
そうして確かに感じる痛みならば、確かと感じる傷ならば、それは実際の傷となにが違うのか。
酸素が不足して、くらくらと目眩がする。
ぐらぐらと世界が歪む。ふらふらと足から崩れる。
熱い、肺が、熱い、臓が、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱、熱、熱、熱、熱、熱熱熱熱熱熱ああああああ──
「◼️◼️◼️◼️◼️◼️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️!!!!!!!」
──それでも。
俺は死地へと臨んだ。
無遠慮に叩き込まれる情報量。無節操に開けられていく心的外傷の引き出し。
悲鳴を上げるのは心だけじゃない。脳の神経を焼き焦がすかのような自傷行為に、成金望という生物そのものが軋みを上げていく。全身から悪寒がするように肌寒く、全力疾走後のように全身が燃えている。
窒息しているような息苦しさの中、不透明で不明瞭な意識だけが、それでも我武者羅に危機感だけを求めて喘ぎ続ける。
──血液が沸騰するようで。
死に物狂いなんて言葉ですら生温い。正しく、正しく、死狂いだ。
求めているのは死そのもの。心を殺すべく思考する。心を殺すべく試行する。それでも生き抜く意思だけは手放さない。
──骨が蒸発するようで。
なんという矛盾か。なんという無謀か。耐え難く、度し難い愚行の極み。
愚者にしても愚かに過ぎる。愚鈍にしても疎かに過ぎる。
──肌の全てが焼け爛れるよう。
実際のところ、そもそも方法が
間違っているのに。
生きる為に自らの意思で死を望むなんて。生きる為に自らの意志で死へと臨むなんて。
そんな自作自演のマッチポンプで願いが叶うなど、虫の良過ぎる話であろうに──
最期に頭を砕かれた感覚を思い出して。
──瞬間、心が砕け散った。
「───────────ッ!!!!」
その時、刹那の感覚で理解した。ああ、違う。やり過ぎた。間違えたのだと。
熱が引いていく。思考が消えていく。感情が振り切った。自我が溶けていく。
成金望が死んでいく。
「─────────────ッ!!!!」
目眩が強くなり、世界が白く霞んでいく。
全てが遠くへ消えていく。……いや、違う。俺だけが遠くへ消えていく。
何も感じることの出来ないほど、遠くへと。
恐らく……いや、間違いなく。
俺は方法を間違えたのだ。やり方が違ったのだ、手段が誤っていたのだろう。
訴え続けた限界を無理矢理に超えた精神は、焼き切れて、擦り切れて、燃え尽きて、溶け落ちた。
「─────────」
全ての感覚が消え去った。もはや熱くもなく、寒くもなく、高揚も絶望もない。
視界の情報どころか、開けているはずの目蓋の間隔すらありはしない。
「──け」
今や自嘲すら出来やしない。当然である。ナリカネノゾムの精神は既に全てが崩壊が決定している。
感覚どころか、感情の一片すら残る筈もない。
こうして、柄にもなく、身の程も弁えなかった間抜けは、自ら勝手に廃人へと成り果てた。
「助けて──、◼️◼️◼️◼️」
──そう、成る筈だった。
「おお。勇者よ。死んでしまうとは情けない」
只々ひたすらに白い空間で、一人そんな声を聞いた気がした。
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