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閑話祭り『理事長室にて』『龍王』

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閑話『理事長室にて』

「有りえぬ……どういうことじゃ……」
 驚愕と動揺に塗りこめられた老人の呟きが、夕暮れの一室へと響く。
 理事長室と名づけられたその部屋には現在、一人の老人が佇むばかりであり、その心境を分かち合う存在はいない。
 彼はただただ独りで身に余る衝撃に身を震わせていた。
 そんな老人へ共感するように、不意に空間が波打った。
 大気中のマナが空間の一点へと収束し、やがて人型を創成する。
 そうして一瞬の閃光が走った後、そこには男が一人立っていた。
「理事長!! 一大事ですッ!!」
 現れた男は閉じていた瞼を開け視界に老人を捉えると、焦燥も露わに言葉を投げつけた。
 そのまま老人の異常に気付く事もなく、彼は言葉の続きを吐き出していく。
「ナギ君とマーリー・パンサーが留置所から脱走しましたッ!! 両名とも消息は不明ですッ!!」
「……」
「現在、大学敷地内の全ての門にて規制を敷いておりますが、恐らく効果は薄いかと……」
「……」
 泡を飛ばすような勢いで台詞を並べ立て、老人へと詰め寄る男。──だが、対する老人の反応は芳しくない。
 そんな相手の様子に焦れたように、男は口調を強め問いかける。
「聞いているんですか、理事長ッ!! このままでは『勇国』との関係も──」
「──留置所の牢には結界が貼られておる筈じゃろう。警護の連中はそれが破られたことにも気づかんかったのか」
 ──果たして。
 男の台詞の何が老人の気を引いたのか。
 老人は不意に沈黙を破り、疑問を呈した。
 それは至極当然な意見であり、男はようやく見えた老人からの反応に肩を下ろし、返答を返す。
「それが……結界は破られておりません。依然として貼られたままです」
「どういうことじゃ」
「……分かりません。ただ、直接警備についていた兵からの証言によれば、急に体の自由を奪われ、動揺している間にマーリー・パンサーに鍵を奪われ脱走を許した、と」
「……」
「その際の手際は実に鮮やかで……なんとも奇妙な感想なのですが、『爽やか』に感じたそうです」
 その証言を信じるのなら、それは酷く信じ難いモノになる。
 結界を破ることなく結界を抜けるなど、従来の魔法常識では考え難い方法なのだから。
 それは例えるのなら、ドアや窓を使わず、また壁や床にも傷をつけずに密室へと侵入するようなモノである。
 それも『留置所』という犯罪者や容疑者の拘留を前提とした場所でだ。
 それは決して、一学生の……ましてや『下着泥棒』の領分では無い。
 そう、例えるのなら──世紀の怪盗とでも言うべき手腕に相違なかった。
「理事長。一つお伺いしたいのですが、あの少年。──マーリー・パンサーという少年はそれほどの逸材だったのですか?」
「……。マーリー君のことは理事長として知ってはおる。──じゃが、入学資料などから分かる範囲では型通りの『優秀』でこそあれ、常識破りでは無かった筈じゃ」
「……ですが、こうなれば急ぎ対応を考えねばなりません。マーリー・パンサーはともかく、ナギ君は連れ戻し『勇国』へと護送しなければ──」
「──その『勇国』についてじゃが、儂からも伝えねばならんことがある」
 手のひらを突き出し男の声を遮って、老人は低く重くそう告げた。
 眉根を寄せる男に対し、老人は長く息を吐ききって……言葉を紡いだ。
「……見よ」
 言葉と共に男の視線が動く。
 床を滑り、壁を滑り、その視線はある棚へと移される。
 その先にあるのは一つの杖だった。
 黒色を基調とし、持ち手に赤色の宝石が一つ嵌るだけの魔法杖。
 余りにも簡素な作りのそれだが、この『大学』の誰もがその杖を知っている。
 魔王討伐を飾った四大英雄が一人、『賢者』ルーエ・リカーシュ。
 その『賢者』を『賢者』足らしめた、神より与えられし『神具』が一つ。
 『賢者』以外の全てを拒み、『賢者』の力を大きく引き上げるその『魔杖』。
 歴史書から教材。果ては絵本に至るまで、あらゆる媒体で目にするその伝説の杖。
 男にとっては見慣れた筈のその杖の宝石が──今、酷く色褪せていた。
「なっ!?!? こ……これは……」
「……」
 それを理解した瞬間、男の顔から血の気が引いた。
 青ざめる等という言葉ですら生温いほどに、顔面を蒼白にして男は吠える。
「魔法具の……その……煌めきが褪せるということは……!?」
「……そうじゃ」
 動揺を飲み込む様に、言葉を引き継ぎ老人が頷く。
 その口にすることすら憚れる常識を。

「魔石の消光は使い手の死亡を意味する。……つまり、我が師匠である『賢者』ルーエ・リカーシュが死亡したということじゃ」


閑話 『龍王』

『くははっ。流石は名高き【龍王】よな。満月の妾ですら辛勝とは恐れ入ったぞ』

 ──それは忘れ難い『傷』の一つ。
 『最強』として創られた・・・・我の存在理由を揺るがす記憶。
 この『龍王』である我ですら真っ向から退けるとは、彼奴ら・・・の願いはそれだけのモノであったのか。
 あの『樹』といい、この『鬼』といい彼らの妄執は我を容易く超えるというのか。

 ──そんな事実が受け入れ難く、我は満月の度に通い詰めた。

『はっ! こりん奴じゃのぅ! 一日でもずらせば楽勝じゃろうに』

 爪は拳でへし折られた。
 鱗は貫手で破られ、翼は影に封じられ、尾は手刀にて切り落とされた。
 血に塗れ、地に伏した我を見ながら、女が笑う。
 我と同じように満身創痍の体を引き摺り、それでも月光を受け煌めく姿は強烈の一言であった。
 負けぬために、折れぬために、並ぶために、『人化』を覚え、体術へと磨きをかけた。


『今宵もまた来たのか。実に理解し難いが半年も続けばうつけというより律儀よな』

 ──今でも鮮明に思い出す。
 鈴の音を転がすような澄んだ綺麗な声。
 実に楽しげに拳を構えて、口元を歪める。
 笑みというには届かない程のほんの僅かに歪められたその口元。
 それだけの仕草が酷く愉快だったのを覚えている。
「くっ……くくっ……」
 我の口からそんな声が零れる。
 バキンッ、と何かが割れる音がした。
 音源へと視線を移せば、握りこんだ金貨が真ん中から分かたれていた。
 其れが自分の『浮かれ』の現れであるように感じられ、可笑しくて堪らない。
「生きていたなら……いや、違うか。生き返ったなら重畳だ」
 二つに分かれた金貨を親指で軽く弾く。
 凄まじい速度で発射されたソレは黄金の残像だけを残し柱へと激突する。
 ──そのまま柱を貫通し、轟音と共に壁へと衝突した。
 そうして、掘り返すことが不可能な程にめり込んだ後で、ようやくその動きを制止する。
 そんな光景を視界の端でなんとなく捉え、我は新しく金貨を握りこむ。

「あぁ……。『望月』とは良く言ったモノだな」

 手元の金貨を擦り合わせる。
 その僅かな擦過音に耳を傾けつつ、我は再開を思い嗤い続けるのだった。
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