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閑話「7Gと呼ばれた少年」

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 ――剣を振るう。
 一つ一つの動きを、くどい程に、執拗なまでに、自分の体に刻み込む。しがみつく過去を払うように。
 ――本を開く。
 一つ一つの知識を、呆れる程に、執念と呼べるほどに、自身の頭に叩き込む。纏わりつく過去を忘れるように。

 休むことなく淡々と、安らぐことなく永延と、寛ぐことなく粛々と。

 時間があれば――否。
 時間がなくとも、俺はずっとそうしてきた。
 自分に価値を作る為に。
 自分の価値を上げる為に。

 そうすれば、そうすればきっと――

『やぁ。気分はどうだい? 7G』

 ――『あの人』にもう一度会えると信じて。

『――?』
『おお! いきなり返事が貰えるとは思わなかったな。僕の七度に及ぶ試行実験も無駄では無かった訳だ』
『……』
『これなら、今度こそイケるかもしれないな。ふふふ。やはり僕は天才だ』
『――?』
『ん? ……邪魔をするなよ、五月蠅いなぁ。せっかく気分が良い所だったのに。……まぁ、良いか。そうだよ。僕が君を生み出した存在だ』
『――』
『無駄に言葉を繰り返すんじゃない。馬鹿の相手は嫌いなんだ』
『……』
『へぇ。やっぱりこっちの言ってることは分かってるみだいだね。生まれたてにしては、知能も高いみたいじゃないか。6Gとは雲泥の差だ』
『……』
『やっぱり、初めから作るなんていうのは面倒なだけだったな。知識を持つモノをベースに混ぜ合わせたのが良かったか……ふふふ。苦労して、『王族』の血肉を手に入れた甲斐があったなぁ』
『……』
『この分だと将来的には軍事行動も難しく無いだろう。……ふふふ。良いね、良いね。これでまた一歩『魔王』に近づいた』
『……』
『後は戦闘力の確認と思考の制御方法だな。それは追々、確かめていくしかないか。――来い、7G。さっそくテストだ』
『……』

 ――コレが僕の持つ原初の記憶だ。
 時間にすれば、一五年程前の記憶になるだろうか。
 ……思い返せば、『あの人』が僕の前で、笑顔を見せたのはこの時が最初で最後だった。

『はぁっ!? なんだこの戦闘力の低さはっ!? 3Gだって初めからトカゲ程度なら殺せたぞ!?』
『……』
『まさかのゴブリン以下なんて……。くそっ!! 思った以上にステータスは『ベース』の影響を受けるのか……それでも、あの『勇王』が惚れ込む程の女の血肉だぞ!? もう少し、期待してたっていうのに!!』
『……――……――』
『ああ、もう!! うるさいなぁ、期待外れの分際で!! 痛みなんて、魔法の発動に何の関係も無いだろうに!!』
『――? ……――』
『良いから早く立って、魔法を使えって!! これ以上、僕の手を煩わせるなら殺すぞ!?』
『……。……っ!!』
『そうだよ。ホラ見ろ。立てるじゃないか。…………うわぁ。本気か? 魔法もこの程度なのか? ……もう何も言えないな』
『――。――?』
『ああ。もう……分かった。分かったから、黙ってくれるかな、廃棄処分《役立たず》。もう要らないからさ。お前』
『――っ!?!?』
『はぁ……本当に最後まで五月蠅いゴミだな。HPだけはちょっと高いのか? まぁ、良いさ』
『――っ!?!? ――っ!! ……』
『ああ。これでやっと静かになった。しっかし、本当に煩いだけのゴミだったな。……こうなるなら変に知性を持たせるよりも戦闘力だけを優先するべきかな?』

 ……吐き捨てるようにそう言葉を紡ぐと、『あの人』は不満を垂れながらその場から去ってしまった。
 虫の息ながらも僕が生きていることには気づいていたと思うが、『あの人』にとってはどうでも良いことだったんだろう。
 実際、そこはモンスターが跋扈する草原だったし、遠からず僕が死ぬという結果は避けようが無いのだから。

『おおぅ。かようなところに赤子とは、なんとも面妖なことよのぅ。……っ!? しかも、酷い火傷ではないか!?』

 ――そんな、お人好しの老人が通りかからなければだが。
 それは、今にして思えば奇跡と呼んで差し支えない状況だった。
 まず、それほど離れてはいないとは言え、安全な街の外、モンスターが無秩序に徘徊する草原に通りかかる人が居たこと。
『――!! ……ふぅ。危ない所じゃったのぅ。お主。儂が『治癒』に適性が無ければ、死んどったぞい』
 そして、その老人が治癒魔法を使える希少な存在であったこと。
 ……だが。
 本当に奇跡だと言うべきなのは――
『しっかし、ほんに面妖よのぅ? ……赤子のお主に訊いても詮無きことじゃろうが、その尾はなんじゃ? ファッションか?』
 ――その老人が、一目で人外と分かる『尻尾』を有した赤ん坊を前にしても、『魔物』と断じず救おうとする程のお人好しであったことだろうか。
『……――?』
『っ!? まさか、返事があるとはのぅ!! 赤子と侮っておったが天才であったか!!』
『……』
『ん? おおぅ。引かんでくれ、引かんでくれ。未来ある赤子に引かれるなど、この老い先短し老骨には答えるからのぅ』
『……――?』
『そうじゃ。堪えるんじゃ。どうせなら死ぬのを喜ばれるよりも、惜しまれる方が望ましいからのぅ、儂的に』
『……』

 そう言って笑う老人は、正に奇跡という言葉以外では表現できない程に、有難い存在だった。
 彼はそのまま、まるでそれが当たり前だとでも言うように、その赤子を育てる決心を決め、その赤子が十になるまで、家族のように接し続けた。

 ――それからの十年は何事も無く、平和で、慎ましく、穏やかなモノだった。

『なんとっ!? もう魔法まで撃てるのか、お主っ!? 天才じゃーっ!! うちの子は天才じゃーっ!!』
『――』
『ほほっ!! 魔法を使わぬ武器術だけで、既にゴブリンを倒せるか!! 本当に赤子かぁ~? お主ぃ~? ……ううむ。ちと、怖くなってきたのぅ。お主、来月には儂より強いんじゃないか? ……こうしてはおられん!! 修行せねば!!』
『――』
『気にしなくていい? 十分に助かっている? なんて……なんて良い子なんじゃっ!! うちの子は!! 全世界に自慢したいレベルじゃぞい!! ――じゃが、止めてくれるな!! これは保護者としての面子の問題じゃ!! 儂は、まだまだお主のカッコいいお爺ちゃんで居たいんじゃっ!!』

 ……正確に語るなら、慎ましく、穏やかでは無かったかもしれない。

『どうじゃっ!? 美味いか!? オオトカゲは中々イケる味じゃろう!?』
『――』
『ほほっ!! そうか、そうか!! もっと食べたかったら遠慮せずに言うんじゃぞ? 爺ちゃんがパパッと狩ってくるからのぅ!!』
『――』
『ん。そうかの? 十分かの? ……う、ううむ。お主がそう言うなら良いんじゃが……寂しいもんじゃのぅ。我が儘の一つでも言ってくれても良いんじゃよ? 偶には、この爺に甘えても良いんじゃよ?』
『――』
『十分に甘えてる? そうかのぅ? ま、まぁ、何かあったら言うんじゃぞー?』

 それでも、それは日常と呼べるようなモノであり、僕にとっては何事にも代えがたい幸せだった。

 ――けれども。
 それも、十年だ。
 たったの十年で、そんな日常《幸せ》は終わってしまった。

『……近くに……近くにおるか?』
『いるよ。僕はここにいるよ。爺ちゃん』
『ほ……ほほっ……歳は取りたくないモノよなぁ……目すら……よう見えんとはのぅ』

 日常に終わりを告げたその原因は……老衰だった。
 老人が寝具に寝そべり、動くことも難しくなったのはいつの事だったか。
 途切れ途切れに言葉を紡ぎながら、老人は何もない中空へと手を伸ばす。
 その手をこちらから掴みにいくと、彼は静かに口元を緩め、握り返すように指を曲げた。
 まるで探していたモノを見つけて、離さないとでも言うように。
『……ほんに……優しい子じゃよ、お主は』
『……』
 静かに。
 本当に、ただただ静かに紡がれる老人の言葉に、僕は言葉を返すことが出来なかった。
 ……恐らく、強く握っているつもりだろう彼の手から感じる力が、僕に取っては極々小さい力でしかなかったのだから。
『……悪いのぅ……お主の……貴重な……青春の時間を……こんな老人に付き合わせてしもうて』
『……そんなこと無いよ。僕にとっては……何よりも大事な時間だよ』
『……ほほっ……ほんに……優しい子じゃの……お前は……最期にこんな子に看取って貰えるんじゃ……儂ほど恵まれた爺もいなかろうて』
 そう言うと老人は、いつものように笑った。
 ――けれども。
 僕はそれに笑い返すことは出来なかった。
『……最期だなんて言わないでよ』
『……』
『……受け入れるみたいに言わないでよ……嫌だよ……嫌だよ、爺ちゃん……僕を……僕を置いていかないで』
 老人の枯れ木の様な細い細い手を握りながら、僕は嗚咽交じりに言葉を漏らしていた。
 それに何の意味も無いと知りながら、困らせるだけだと知りながら、僕は嗚咽を止めることは出来なかった。
 ――ああ。
 触れれば触れる程に分かってしまう。
 その老人に残された力は、本当に残り僅かなモノなのだろうと。
 その理解が更に強く、事実を僕に伝えてくる。
 もう本当に、今が『最期』なのだろう――と。
『……やっと……ワガママを言ってくれたのぅ……やはり……儂は幸せものじゃて……』
『――っ!? 爺ちゃんっ!?』
 ――瞬間。
 言葉と共に、握っていた俺の手が強く。
 ――そう。
 『強く』握り返された。
『……じゃが、悔しいのぅ……お主の最初の我儘は絶対に叶えると密かに誓っておったんじゃがのぅ……』
 悔しいのぅ――そう呟くと、老人の瞳から滴が零れる。
 只でさえ聞き取りにくかった彼の声が震え、不安定なモノになっていく。
 けれど、それに反するかのように、僕の手を握り締める力は強くなっていた。
『……不甲斐ない儂を許しておくれ』
 そう言うと、彼はゆっくりと瞼を上げた。
 もう、何も見えてはいない筈の瞳で――それでも真っ直ぐに僕を見つめながら、老人は言葉を紡ぐ。
 ……残り僅かしかない最期の力を振り絞るように。
 衰え切った体でも、この言葉だけは届けるというような意思を乗せて。

『お別れじゃ……愛しておったぞ――ナギ』
『嫌だっ!! 爺ちゃんっ!? いかないでっ!! ……うぁっ……うわぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ!!』

 そんな言葉と共に。
 まるで最初からそうだったように、僕の手を握りしめていた手からは力が抜け、するりと布団に落ちた。

 そうして、爺ちゃんは息を引き取った。

 ――それが、今から五年程前の話である。
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