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第65話 「いやいや君たちは実に運が良い。今日は特別でね。もう一人来ているんだよ」

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「ナイア!! お疲れ様!!」
「ええ、凄かったですよ、ナイア!!」
「おおっ!! ノゾム、ノワール!! ありがとうなのじゃ!!」
 俺たちは、無事に試合を終わらせ、帰ってきたナイアをハイタッチと共に迎えいれた。
 ナイアもそんな俺たちに笑顔で応えてくれた。
「本当に凄かったぜ、ナイア!! あの、影の巨人とかな!!」
「ええ、私も、ナイアが拳で雷を打ち消した時は、驚きましたよ!!」
「かかかっ。なんじゃ、こそばゆいのぅ」
 俺たちは激戦を制したナイアを、そう称賛しながら、勢いを持って言葉を続ける。
「よしっ!! そんなナイアを称えて、美味いものでも食べに行こうぜ!!」
「ええ、良い考えですね、ご主人!! 動いた後なら、きっとご飯も美味しいですよ、ナイア!!」
 そうして、ナイアを連れて、去ろうとする俺たちだったが――
「ん? 飯なら、先ほど食うたばかりじゃし、ノゾムたちはこれからが試合ではないか」
 ――それは、そのナイア本人に止められた。
 流石に、午後の初めの講義では、この腹ペコ魔王様をしても食指が動かないらしい。
「……ナイア。こういう言葉がある。デザートは別腹ってな」
「……ええ、三時のおやつと言う言葉も有りますし、甘いものとかは美味しい筈ですよ、ナイア」
 だが、俺たちはそんなナイアに、儚い望みを込めて、最後の抵抗をしてみた。
 実際、さっきまで行われていた試合という名の、剣や魔法が無秩序に飛び交う地獄は、絶対に参加したくないものだったのだ。
 俺とノワールでは、あの実技訓練バトルに混ざるには、レベルとかバッチが圧倒的に足りないのである。
「労ってくれるのは、ありがたいがのぅ。そんなに気を遣わんでも大丈夫じゃぞ、ノゾム、ノワール。寧ろ、妾にも、お主たちの試合を応援させて欲しいのじゃ!!」
 だが、そんな下心に塗れた俺たちの野望は、純粋無垢な魔王様の笑顔によって、粉々に砕かれた。
「……ご主人。私にはもう、この子を口実にするなんて出来そうにありません」
「……俺もだ、ノワール。俺たちはどこで道を間違えたんだろうな」
 無垢な笑顔を浮かべるナイアに、俺とノワールが自分たちの汚さを見せられていると――
「えーっと、それじゃあ、次のペアは結界に入ってくれるかな?」
 ――不意に教師であるトリスさんのそんな声が聞こえてきた。
「……仕方ないよな、ノワール」
「……ええ、ご主人。こうなったら、覚悟を決めていきましょう。ナイアに私たちの生き様を刻みつけるつもりで」
 そうして、俺とノワールは無駄な抵抗を止め、結界内に入った。
「ん? あれ? ナギ君はどうしたんだ?」
「おや? 本当ですね」
結界内に入った俺は、先ほどの試合で、ナイアに文字通り叩き潰されたクラスメイトの姿が無いことに気付く。
「ああ、彼なら僕が医務室まで、転移で連れていったよ。……まぁ、しばらくは起きてこれないんじゃないかな」
 だが、俺たちのそんな疑問は、トリスさんの一言で氷解したのだった。
 俺たちがナイアと無駄話をしている間にも、この人は教師を全うしているようだった。
「……トリスさん。駄目だとは思いますが、この講義を受けないことって出来ませんかね?」
「うん。君が思っている通りに、それは駄目だね。……まぁ、ノゾム君の気持ちも分かるけど、この結界内なら、実際のダメージは無いんだから頑張って」
「これって、体へのダメージが無いだけで、痛みとかは滅茶苦茶、感じるんですけど……」
「さぁて、それじゃあ、メグリ君も結界に入ってもらっていいかな」
 あ、話を流しやがった。
 生徒の話を聞かないとは、酷い教師である。
 八人しか居ないクラスから、腐ったミカンが出ても良いのだろうか。
「……よろしくね? ノゾム君」
「ええ、よろしくお願いします。メグリさん」
「本当にお手柔らかにお願いします、メグリさん」
 まぁ、俺も諦めて、メグリさんに向き直り、ノワールと共に挨拶を返す。
 なんだかんだ言っても、この試合からは逃げられないんだ。
 なら、対戦相手から目を逸らし続けるなんて、愚策以外の何者でも無いのだから。
「さて、それじゃ……そろそろ始めようか」
 俺たちが、メグリさんに挨拶を返したのを確認して、トリスさんはそう言った。
 その言葉を受けて、ノワールが俺の頭の上から地面に飛び降りる。
「……始めっ!!」
 そして、遂に試合は始まってしまったのだった。
「……」
 ――そして、試合が始まった俺は、その場での棒立ちを決めていた。
 これは俺なりの秘策であった。
 まず、思い返すのは前回の試合だ。
 俺は自分の実力も弁えずに、必死に対戦相手の攻撃を躱し続け、最終的に大技によって、ボコられた。
 そんな、前回の二の舞は御免だった。
 それなら、対策は簡単である。
 どうせ俺のステータスでは勝ち目は無いのだから、変に足掻くことはせず、始めの牽制的な攻撃を受けて、さっさと退場するのだ。
 ドッチボールで言えば、足に当たりに行く作戦である。
 変に避けて、顔面への攻撃になるのが、一番怖いのだから。
「……『岩巨人・召喚(ゴーレム・サモン」』」
 だが、そんな俺に対するメグリさんの行動は、予想外なものだった。
 彼女の言葉と共に、彼女の目の前には魔法陣が現れ、その中から3メートル程の大きさを誇る、岩の巨人が出てきたのである。
「……あの、メグリさん? 正直、俺は貴方に勝てるつもりもありませんし、もう少し、弱い魔法でやさしーく倒して欲しかったりするんですが……」
 俺は何かの間違いだろうと思いながら、彼女にそう声をかけた。
 メグリさんとは、この数日間、一緒にお昼を共にしたこともあり、少しではあるが彼女の人間性も知っている。
 彼女は、見た目通り大人しめで有りながらも、とても優しい性格の筈だ。
 決して、圧倒的に格下である俺に対して、こんな魔法をぶつけてくる人ではない筈だった。
「……ごめんなさい、ノゾムさん」
 だが彼女は、そんな俺の希望を打ち砕くように頭を下げた。
「……私は『岩巨人・召喚ゴーレム・サモン』しか魔法を使えなくて、召喚出来るゴーレムの中では……その、この子が一番優しいんです」
 メグリさんは頭を下げたまま、俺と視線を合わせことなくそう言った。
「……マジですか?」
「……マジ……です」
 そう言った後には、気まずい沈黙だけが流れた。
 そして急に――
「……」
「うおおぉぉぉぉっ!? いきなり、なんだーっ!?」
 ドンっ!!
 ドゴォォォン!!
 ――その一番優しいと評判の岩巨人が飛び出し、俺に殴りかかってきた。
 間一髪で避けた俺だが、拳を受けた地面の惨状を見て、自分の顔が引きつるのを感じた。
 滅茶苦茶硬いはずの地面に、ヒビが生まれていたからだ。
 俺の防御力では、当たれば大惨事になることは間違いないだろう。
「……」
「ちょぉぉぉおぃっ!? なんで!? 何が気に障ったんだーっ!?」
 ブンッ!!
 ブンッ!!
 そんな俺に対して、巨人は容赦なく、二撃、三撃と攻撃を続けてきた。
「おいィっ!? ちょと洒落ならんしょ、コレは!? 死んでしまうっ!! 本当に死んでしまうーっ!!」
 もはや、俺は恥も外聞もなく、巨人に背を向けて、ダッシュで逃げていた。
 考えても見て欲しい。
 自分の体のすぐ横を、巨大な岩の塊が風切り音と共に過ぎていくのである。
 俺は失禁していない自分を、むしろ褒めたかった。
「ご主人!! 私に秘策があります!!」
 そんな俺に対して、試合開始地点から動いていない黒猫が声をかけてきた。
「おおっ!! 本当かっ、ノワール!!」
 俺はノワールに対して、そう言葉を返す。
 なんて頼りになる奴だろうか。
 さすがは女神さまから賜りしスキルだ。
「ええっ……我慢して、一発だけ貰いましょう!! それで、この試合は終わりますっ!!」
「出来たらとっくにやってるわっ!! ボケェッ!!」
 前言撤回。
 コイツは只の金食い虫だった。


「……」
「くっそぉっ!! マジで怖えぇっ!!」
「ご主人っ!! 男の子でしょ!! 我慢してください!!」
「お前、マジでかなぐり捨てんぞ!? そんなに言うならお手本を見せてくれませんかねぇ!?」
「ご主人。私が、そんな破壊力ばつ牛ンの拳なんか食らったら、無事で済むわけないでしょう」
「お前後で、ハイスラでボコるわ……っ!!」
「……」
「お前は無言で来てるんじゃねぇぇぇぇ!!!!」
 ブンッブンッ!!
 迫りながら軽快に拳を振るうゴーレムに、俺はそう叫ぶのだった。
 既に俺が逃げ初めて、数十秒が経過していた。
「くそっ!! このままだと、普通に殴られて死ぬ!!」
 岩の塊で殴れば人は死ぬ。
 当たり前の話である。
「俺の体力からしても、そんなに長く逃げれる訳が無いしな……」
 俺は走りながら、チラリと後ろを見る。
 すると、最初と全く変わらないスピードで、こちらに迫ってくるゴーレムの姿があった。
「やっぱり、ゴーレムは疲れないみたいだな。くそっ!! 同じ岩の塊でも、童守小学校の二宮金次郎とは偉い違いだぞ!!」
 阿保なことを言いながら、俺は必至で考える。
「ご主人!! 無駄な抵抗は止めて楽になりなさい!!」
「もう、マジで黙ってろよ、お前っ!! ――っ!!」
 そんな俺に、またしても黒猫から声がかけられた。
 そして、黒猫に叫び返すために、視線を上げた俺は――解決策を思いついた。
「……出来るか? いや、可能性はある!! やってみるしかないよなっ!!」
 後ろから、ゴーレムが来ている以上、俺に逡巡している時間は無かった。
「うおぉぉぉぉぉっ!!」
「……へっ? ちょっと、ご主人ッ? なんで、こっちに逃げてくるんですかーーッ!!」
 俺は結界の淵をなぞるように逃げていた軌道を大きく変え、ノワールがいる方向へと走り出した。
「ノワァァァルッ!! 少しだけ、協力しろっ!!」
「ふわっ!? ご主人っ!?」
 そして、動揺してた所為で、俺から逃げ遅れたノワールの首根っこを掴んで、拾い上げる。
「なっ!? ご主人、何を――」
「少しで良いから、気を引いてこいっ!!」
 そして、ポイッと後ろから迫っていたゴーレムの顔面に向けて投げつけた。
「のわぁぁぁっ!! ごしゅじーんっ!!!!!」
「……」
 ノワールは狙い通り、ゴーレムの顔に張り付き、その視界を遮った。
「ちょっ!? あぶっ!? ひぃぃぃっ!!」
「……」
 ゴーレムはそんなノワールを剥がそうと、腕を伸ばすが、ノワールは必死に体を動かし、その手を避けていた。
 掴まったら終わりだから、必死である。
 そうして、ノワールが命懸けで時間を稼いでくれた間に――
「……きゃっ!!」
「よっしっ!! 良くやったぞ、ノワール!! 動くな、ゴーレム!!」
 ――俺は、術者であるメグリさんへと辿り着いていた。
 俺は彼女の両腕を掴み、背中で組ませ、左手で抑えると、右手で軽く彼女の首を握った。
 そして、ゴーレムに向けて叫ぶ。
「……!?」
「死ぬかと……死ぬかと思いました……」
 そんな俺を見て、ゴーレムは動きを止めた。
 見れば、ゴーレムの右手にはノワールが握られていた。
 際どい所だったか。
 ゴーレムは無言ながらも、戸惑っているようだった。
「……良いか、ゴーレム。まずは、三歩下がるんだ」
「……」
 ズッズッズッ
 俺が続けて叫ぶと、ゴーレムはどこか悔しそうにしながらも、後ろへ下がった。
 よし。
 言葉は通じるし、思った以上に、人質作戦は効果があったようだ。
「よーし、よし。良い子だ。……それじゃあ、次はその黒猫を開放しろ」
 自分の作戦に手ごたえを感じた俺は、そうゴーレムに要求した。
 だが、俺の予想に反して、ゴーレムは強く首を左右に振った。
「……!!」
「なっ!? お前の主人がどうなっても良いのか!?」
 俺はそんなゴーレムに叫びながら、メグリさんを見せつけたが、それを見たゴーレムは対抗するように、ノワールを握った拳を前に突き出してきた。
「……っ!? お前、まさかっ!?」
「……」
 俺の言葉に応じて、こくこくと頷くゴーレムを見て、俺は察した。
 こいつは、俺がメグリさんを人質に取ったように、ノワールを人質として扱うつもりなのだ。
「……」
「……」
 そのまま、数秒。
 俺はゴーレムと無言で見つめ合う。
 やがて、その沈黙を破ったのは――
「あの……ご主人? なんで、ちょっと悲しい表情で、私を見てくるんですか? こうなったら、お約束でしょう? 人質交換しましょうよ?」
 ――ゴーレムに握られたままの黒猫だった。
 どうやら、俺が悩んでいるのがバレたらしい。
「……ノワール。テロには屈しないのが、国際常識なんだ」
「いや、いきなりそんな特殊平和組織の傭兵みたいな事を言いださないで下さいよ、ご主人」
「知らなかったか? 俺は実はコッペパンが好物なんだ」
「嘘だッ!! 今まで、特にそんな描写はありませんでしたよ!?」
 そう叫ぶ黒猫を見ながら、俺は考える。
 ううん。
 ノワールには悪いが、人質交換は無しだ。
 メグリさんを離したら、俺はゴーレムにボコボコにされて終わるのだから。
 なんとか、別の方法でゴーレムからノワールを開放し、平和的に場を収める必要がある。
「うーん。メグリさん。何か良い方法ありませんかね?」
 悩んだ俺はとりあえず、術者であるメグリさんにそう話を振ってみた。
 ゴーレムの事なんて俺は知らないし、彼女の方が詳しいと思ったからだ。
「ひゃっ……ノゾムさん……その、いきなり耳元で話さないで下さい……」
「ん? すいません、メグリさん。もう少し、大きな声で言ってもらって良いですか?」
「ぁぅっ……。うぅ、本当に、耳は駄目なんですぅ……私」
「へっ!? メグリさんっ!? ちょっと、しっかり立って下さい!!」
「……はぁ……はぁ。……ごめんなさい、力が抜けて……」
「ちょっ!? うわっ!!」
 急に脱力してしまった彼女を支えきれず、俺は彼女に押されるように、背中から地面に倒れてしまった。
「いてててっ……っ!? メグリさん、大丈夫ですか!?!?」
「……はぁ……はぁ」
 倒れた俺が慌てて、確認すると、彼女は俺の胸にもたれかかって倒れていた。
「ううん。急にどうしたんだ?」
 俺はそんな彼女にどうして良いか分からずに、オロオロしていると。
 ――不意に、俺の視界が暗くなった。
 視線を上げると、黒猫を頭に乗せたゴーレムが、拳を引き絞り、こちらに狙いを定めていた。
 発射までは秒読み段階であり、俺はどんな行動を取ったとしても、ゴーレムの拳が俺の顔面に届く方が早いと悟った。
「相棒が人質に取られていたのに、目の前でセクハラとは……堕ちましたね、ご主人」
 思わず俺が固まっていると、ゴーレムの上で黒猫が、逆光で表情を隠しながら、低い口調でそう言った。
「……いやっ、違うんだぞ? ノワール。俺は、俺なりに皆が平和になる方法を考えて――」
「――ロボ、発射ゴー!!」
 言い訳をする俺の顔面に、ゴーレムはその拳を容赦なく叩きつけた。

「精々、あの世で私に詫び続けて下さい。ご主人」

 そんな黒猫の声を最後に、俺の意識は暗転した。
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