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第49話 「来いよ。どこまでもクレバーに抱きしめてやる。」
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「初めまして。僕はルーネ・リカーシュ。……賢者って言った方が通りが良いかな?」
いきなり、目の前に現れた女性はそう言った。
その言葉を受けた俺とノワールは――
「アイエエェェェェ!! ケンジャ!? ケンジャナンデ!?」
「もうだめだぁ……おしまいだぁ……」
「あっあれ? こういう反応は予想外だったな。えーっと……」
――深い悲しみに包まれた。
「さて、落ち着いてくれたかな?」
「……はい」
「……」
その後、俺たちは近くの喫茶店に連れられていた。
賢者に逆らうなんて俺には出来なかったよ。
「……ノワール。これはどういう状況だと思う?」
「……分かりません。分かりませんが、恐らく理事長がナイアを連れて行った原因はこれみたいですね」
賢者がメニューを見ている間に、俺とノワールは小声で現状確認をした。
彼女が何のために俺に接触してきたのかは分からないが……とりあえず、俺たちのパーティに復活した魔王がいることは隠さなければならないだろう。
……この賢者が、勇者と共に300年前に殺したはずの魔王が、今も生きていると知ったらどうするか。
――それは想像すらしたくなかった。
「この現状。……とりあえず、俺たちに出来ることは」
「ええ。ナイアのことを知られずに彼女の目的を探ることですね」
幸いなことに、この場に当の本人であるナイアは居ないし、俺を目当てに声を掛けてきたということは目的は別である可能性が高い。
それが、何かは分からないが――
「それじゃあ、少し話を聞きたいんだけど……君は勇者に会ったことがあるんだよね?」
「……っ!?」
――と考え事をしていると、先に彼女の方から質問された。
気づけば、彼女は注文を済ませ、こちらに視線を向けていた。
「……ええ。一度だけですが」
「そうかい」
面白そうにこちらを見つめる彼女に俺はそれだけを応える。
彼女の目的が分からない今、あまり言葉を多く返すのはマズいと思ったからだ。
「それじゃあ、聞きたいんだけど……君は勇者を見て何を思ったのかな?」
「……」
次の質問には俺は答えられなかった。
……彼女の目的が分からない内に応えられる内容ではないからだ。
勇者に会ったのは、この賢者の国に来る前の道中だった。
勇者は俺の命を狙いに来た暗殺者で、怯える俺を見て楽しむような鬼畜だった。
……そんな勇者に対する感想は『恐怖』の一言だが、それをこの勇者の仲間に率直に伝えて良いのだろうか?
……俺には判断が出来なかった。
「……その質問にお答えする前に、賢者さんの目的についてお伺いしたいのですが?」
「僕のことはルーエ。もしくはリカーシュで良いよ。……君は、僕の目的次第で質問の答えを変えるのかな?」
そう考えた俺は、賢者に目的を聞いてみたのだが、彼女はその質問に対してそう言葉を返した。
……こうなると、俺はその勇者の感想について、無難に答えるしかなかった。
「……とても綺麗な人だと思いました。」
「へぇ。それは外見の話かい?」
俺がそう答えを返すと、彼女は間髪入れずに質問を重ねてきた。
くそっ。このままじゃ駄目だ。今、流れは完全に向こうが握っている。
このままではこちらの情報ばかりが探られていくだろう。
どうにかして、俺が質問をする流れにしなくては――
「ええ、そうです」
「ふむ。そうかい。……それじゃあ、君の気を惹いたのは容姿が原因だったという訳だね?」
――だが、俺の質問の答えが気に入らなかったのか賢者の俺を見る目が鋭くなった。
その眼差しからは先ほどまでの面白がるような雰囲気は無く、嘘は許さないという強い意志が伺える。
とりあえずは、彼女の気が済むまで質問に答えるしか無いようだ。
……俺は深呼吸をして、今度は隠さずに素直に答える。
「……いえ、俺が引いた理由は別です」
そう。俺がドン引きしたのは、勇者の内側に潜む異常性だ。
今から首を撥ねるといい、俺に表情まで要求してきた彼女。その異常性が溜まらなく怖かった。
「へぇ。……それはどんな所だったんだい?」
「……笑ったんですよ。俺を見て。……今でも、あの時の彼女の屈託のない笑顔は瞼に焼き付いています」
普通の人なら、今から自分が殺す人間に見せる顔では決してなかった。
そこまで話した時に――
「ご注文頂きました。紅茶です」
――給仕の方が来て、賢者の前にカップを置いた。
彼女はこちらから目線を切り、静かにその紅茶に口をつけた。
賢者はそのまま、前に乗り出していた体勢を崩し、椅子の背もたれに背中を預け、少し考え込むように顎に手を当てる。
「一目惚れ、という奴か? ……話してみた印象は悪くないし……とりあえずは、合格かな」
そうして、彼女は何かを呟いているようだったが、その内容は残念ながら俺には聞こえなかった。
「……それで、今度こそ答えて頂きたいのですが……えっと、ルーエさんが私を探していた目的と言うのは何だったんでしょうか?」
その時、俺はチャンスだと思って、彼女に質問をした。
給仕の人によって一度、場がリセットされたこの状況なら、俺が主導権を握れると考えたからだ。
「……ああ、すまない。考え事に夢中になっていたね。僕が来た理由は……君と勇者の仲をとりもつためさ」
彼女の答えは俺の想像を遥かに超えるものだった。
俺と勇者の仲をとりもつ……出来る訳がないだろう。
暗殺対象と暗殺者だぞ。
「……なっ!? それが、どういうことか分かっているのですか!?」
「もちろんさ。僕としてはそれほど、難しい話ではないと思うんだけどね」
思わず問いただした俺に、目の前の彼女は動じることも無くそう言った。
この人はどれほど事情を知った上でそう言っているのだろうか?
俺は彼女の言葉を簡単に信じることは出来なかった。
「なんだ。嫌なのかい?」
「いえ、嫌ではありません……むしろ可能なら、是非ともお願いしたいぐらいですが」
ただ、信じられないのだ。
なぜなら、勇者は王女の命令で俺を殺しに来ている筈だ。
それを同じパーティの仲間とはいえ簡単に止めることが出来るとは思えなかった。
更に――
「……それに、貴方がそこまでする理由とはなんなのですか?」
――この賢者が動く理由が見えないことも、俺にとって信じられない要因になっていた。
そんな俺の質問を受けて、賢者は少し困った顔をした後で、フードを被り、表情を隠した。
そうして、彼女は口を開いた。
「…転移」
彼女がそう言うと、俺たちは一瞬で見覚えの無い場所に移動していた。
まるで、学校の屋上のような風景。
俺が変化に戸惑っていると、賢者が言葉をかけてきた。
「急にごめんね。……ここからの話は、一応オフレコだからさ。ちょっと場所を変える必要があったんだ」
そう言って、息を吸った彼女は覚悟したような口調でその先を続けた。
「僕は彼女が国に縛られている現状を変えたいんだ」
その言葉はどこか悲しそうに聞こえた。
俺はその台詞と、彼女の声のトーンから少しだけ勇者の状況を推測した。
……恐らく勇者は王族には逆らえない何らかの理由があるんだろう。
そして、仲間であるこの賢者はその支配から勇者を助けたいと思っている、という訳か。
「力を貸してくれないかい? ノゾム君。僕は君にならそれが出来ると思っているよ」
「……もし、それが可能なら、喜んで協力しますよ」
俺がそう返すと、彼女は嬉しそうに笑った。
「それじゃあ、まずは彼女と会うことにしようか。……まずはそこからだろう」
顔合わせ……ということだろうか。
正直、もう一度勇者と会うのを考えただけでも膝が笑うほどに怖いのだが、俺を殺すつもりならもっと簡単にやっているだろう。
俺はこの賢者に賭けることにした。
勇者と和解出来るなら、それが一番だ。
俺とノワールとナイアが笑って暮らせるためには、暗殺者という存在は邪魔なのだから。
「分かりました。方法はどうしましょうか?」
「そうだね。……まぁ、素直に言ってしまったら、断られるかもしれないから、嘘の理由で呼び出すことにしようか。彼女を騙す形になるが……君はそれで良いかい?」
「構いません。それで、俺たちが助かるなら」
そうやって、俺たちが話していると――
「ノゾム……?」
――という良く知った声が聞こえてきた。
「なっ!? ナイアっ!! なんでここにっ!!」
「いけませんっ!! ナイアっ!!」
声の方向を見れば、ナイアが呆然とした顔で立っていた。
まるで信じられないものを見たように。
「ん? 彼女は?」
賢者が目線をナイアに向ける。
――数瞬後、その顔が驚愕で固まった。
「なっ!! あり得ない……確かに、三百年前にっ!!」
バレたっ!!
そう判断した俺は、一瞬で賢者に向けて蹴りを放った。
だが――
「っ!?」
――その蹴りは寸前の所で我に返った賢者に躱された。
やはりステータスで圧倒的に劣る俺が奇襲をかけた所で無駄だったか。
「ノゾム君っ!? 突然、何をっ……」
「ナイアっ!! 逃げろっ!!」
賢者が俺に疑問をぶつけてくるが、それには答えずにナイアに声をかける。
「なっ! ノゾム、ノワール……?」
だが、肝心のナイアは戸惑ったようにその場で立ち尽くしていた。
くそっ!!
ナイアが逃げるには、最初のこの一瞬しかなかったのにっ!!
「早く逃げろっ!! ナイア!!」
「ナイアっ!! 私たちもすぐ行きますから!!」
俺とノワールは焦りながら、もう一度、声をかけた。
だが、それを受けたナイアの反応は予想外なものになる。
「ノゾムゥゥゥゥーッ!! ノワールゥゥゥッゥーッ!!」
――彼女は泣きながら、こっちへ突っ込んできたのだった。
「へっ!?」
「ちょっ!? ナイアっ!!」
予想外のナイアの行動に、俺は腰にタックルを食らい、床を滑る羽目になった。
「いってぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「ごしゅじーんっ!!」
タックルを受けた時に、ノワールは俺の頭から飛び降りたから、問題はないだろうが、俺は数メートル転がることになった。
……これはステータスを上げる前なら大惨事になっていたかもしれない。
「あいてててて……っ!? ナイア!?」
「良かったのじゃぁ……妾は……妾はぁ……」
勢いが止まった所で、上体を起こした俺は慌ててナイアを確認する。
彼女は俺の腰にしがみつきながら、号泣していた。
「大丈夫ですかっ!? ご主人!! ナイアっ!!」
俺が抱き着いたまま号泣するナイアにオロオロしていると、ノワールが駆け寄ってきた。
「あ、ノワール。一応、俺は大丈夫だ。ただ、ナイアが……」
「ううっ……ぐすっ……」
「ナイア……」
ノワールもそんな状況に気づき、慌てて俺を見てきた。
「ご主人っ!! ナイアが泣いてますっ!?」
「なんの報告だノワール!! 見たら分かるわっ!!」
「何をしたんですかっ!? 一体っ!!」
「どうして俺が糾弾されてるんですかねぇ!! 俺が知りたいわっ!!」
「ううっ……ノゾムゥ……ノワールゥ……」
俺たちがオロオロしながら言い合っていると、突然ナイアは目にも止まらない速さで隣にいたノワールに腕を伸ばし、俺もろとも抱きしめる体勢に入った。
「あっ……これは私……ヤバい奴です、ご主人。」
「止めろっ、ナイア!! 気を高めるんじゃないッ!! 落ち着けェ!!」
今日は新月とはいえ、今のナイアが全力で抱きしめた場合、ステータスを上げたばかりの俺はともかく、平均的な防御力しかないノワールがどうなるか。
――結果は見えていた。
「……ご主人。……今まで、酷いことばっかり言って……困らせて……すいませんでした」
「止めろっ!! ノワールっ!! そう言うことを言うんじゃないっ!! 良いんだよっ!! それで俺は良かったんだ……これからだって……それで……」
「……ふふっ。……それじゃあ、今度もご主人を嫌っちゃいますね……生意気で……冷たくて……心なんてぜったいに開きません……だから……いつかまた……私と出会ってくださいね」
「止めろ、ノワール!! 逝くなっ!! ノワールゥゥゥゥ!!」
「二人ともっ!! 大好きじゃぁぁぁあああああああああああああっ!!」
ナイアが強く力を入れた瞬間、俺とノワールの意識は遠ざかっていった。
――どうやら、魔王様から見ると、俺のステータスもノワールのステータスも大差は無いようだった。
「……これは、どういう状況なのかな?」
「……師匠。それは儂から説明させて頂きたいのですじゃ」
後には困惑したように立ち尽くす賢者と、覚悟を決めたように、話しかける理事長だけが残された。
いきなり、目の前に現れた女性はそう言った。
その言葉を受けた俺とノワールは――
「アイエエェェェェ!! ケンジャ!? ケンジャナンデ!?」
「もうだめだぁ……おしまいだぁ……」
「あっあれ? こういう反応は予想外だったな。えーっと……」
――深い悲しみに包まれた。
「さて、落ち着いてくれたかな?」
「……はい」
「……」
その後、俺たちは近くの喫茶店に連れられていた。
賢者に逆らうなんて俺には出来なかったよ。
「……ノワール。これはどういう状況だと思う?」
「……分かりません。分かりませんが、恐らく理事長がナイアを連れて行った原因はこれみたいですね」
賢者がメニューを見ている間に、俺とノワールは小声で現状確認をした。
彼女が何のために俺に接触してきたのかは分からないが……とりあえず、俺たちのパーティに復活した魔王がいることは隠さなければならないだろう。
……この賢者が、勇者と共に300年前に殺したはずの魔王が、今も生きていると知ったらどうするか。
――それは想像すらしたくなかった。
「この現状。……とりあえず、俺たちに出来ることは」
「ええ。ナイアのことを知られずに彼女の目的を探ることですね」
幸いなことに、この場に当の本人であるナイアは居ないし、俺を目当てに声を掛けてきたということは目的は別である可能性が高い。
それが、何かは分からないが――
「それじゃあ、少し話を聞きたいんだけど……君は勇者に会ったことがあるんだよね?」
「……っ!?」
――と考え事をしていると、先に彼女の方から質問された。
気づけば、彼女は注文を済ませ、こちらに視線を向けていた。
「……ええ。一度だけですが」
「そうかい」
面白そうにこちらを見つめる彼女に俺はそれだけを応える。
彼女の目的が分からない今、あまり言葉を多く返すのはマズいと思ったからだ。
「それじゃあ、聞きたいんだけど……君は勇者を見て何を思ったのかな?」
「……」
次の質問には俺は答えられなかった。
……彼女の目的が分からない内に応えられる内容ではないからだ。
勇者に会ったのは、この賢者の国に来る前の道中だった。
勇者は俺の命を狙いに来た暗殺者で、怯える俺を見て楽しむような鬼畜だった。
……そんな勇者に対する感想は『恐怖』の一言だが、それをこの勇者の仲間に率直に伝えて良いのだろうか?
……俺には判断が出来なかった。
「……その質問にお答えする前に、賢者さんの目的についてお伺いしたいのですが?」
「僕のことはルーエ。もしくはリカーシュで良いよ。……君は、僕の目的次第で質問の答えを変えるのかな?」
そう考えた俺は、賢者に目的を聞いてみたのだが、彼女はその質問に対してそう言葉を返した。
……こうなると、俺はその勇者の感想について、無難に答えるしかなかった。
「……とても綺麗な人だと思いました。」
「へぇ。それは外見の話かい?」
俺がそう答えを返すと、彼女は間髪入れずに質問を重ねてきた。
くそっ。このままじゃ駄目だ。今、流れは完全に向こうが握っている。
このままではこちらの情報ばかりが探られていくだろう。
どうにかして、俺が質問をする流れにしなくては――
「ええ、そうです」
「ふむ。そうかい。……それじゃあ、君の気を惹いたのは容姿が原因だったという訳だね?」
――だが、俺の質問の答えが気に入らなかったのか賢者の俺を見る目が鋭くなった。
その眼差しからは先ほどまでの面白がるような雰囲気は無く、嘘は許さないという強い意志が伺える。
とりあえずは、彼女の気が済むまで質問に答えるしか無いようだ。
……俺は深呼吸をして、今度は隠さずに素直に答える。
「……いえ、俺が引いた理由は別です」
そう。俺がドン引きしたのは、勇者の内側に潜む異常性だ。
今から首を撥ねるといい、俺に表情まで要求してきた彼女。その異常性が溜まらなく怖かった。
「へぇ。……それはどんな所だったんだい?」
「……笑ったんですよ。俺を見て。……今でも、あの時の彼女の屈託のない笑顔は瞼に焼き付いています」
普通の人なら、今から自分が殺す人間に見せる顔では決してなかった。
そこまで話した時に――
「ご注文頂きました。紅茶です」
――給仕の方が来て、賢者の前にカップを置いた。
彼女はこちらから目線を切り、静かにその紅茶に口をつけた。
賢者はそのまま、前に乗り出していた体勢を崩し、椅子の背もたれに背中を預け、少し考え込むように顎に手を当てる。
「一目惚れ、という奴か? ……話してみた印象は悪くないし……とりあえずは、合格かな」
そうして、彼女は何かを呟いているようだったが、その内容は残念ながら俺には聞こえなかった。
「……それで、今度こそ答えて頂きたいのですが……えっと、ルーエさんが私を探していた目的と言うのは何だったんでしょうか?」
その時、俺はチャンスだと思って、彼女に質問をした。
給仕の人によって一度、場がリセットされたこの状況なら、俺が主導権を握れると考えたからだ。
「……ああ、すまない。考え事に夢中になっていたね。僕が来た理由は……君と勇者の仲をとりもつためさ」
彼女の答えは俺の想像を遥かに超えるものだった。
俺と勇者の仲をとりもつ……出来る訳がないだろう。
暗殺対象と暗殺者だぞ。
「……なっ!? それが、どういうことか分かっているのですか!?」
「もちろんさ。僕としてはそれほど、難しい話ではないと思うんだけどね」
思わず問いただした俺に、目の前の彼女は動じることも無くそう言った。
この人はどれほど事情を知った上でそう言っているのだろうか?
俺は彼女の言葉を簡単に信じることは出来なかった。
「なんだ。嫌なのかい?」
「いえ、嫌ではありません……むしろ可能なら、是非ともお願いしたいぐらいですが」
ただ、信じられないのだ。
なぜなら、勇者は王女の命令で俺を殺しに来ている筈だ。
それを同じパーティの仲間とはいえ簡単に止めることが出来るとは思えなかった。
更に――
「……それに、貴方がそこまでする理由とはなんなのですか?」
――この賢者が動く理由が見えないことも、俺にとって信じられない要因になっていた。
そんな俺の質問を受けて、賢者は少し困った顔をした後で、フードを被り、表情を隠した。
そうして、彼女は口を開いた。
「…転移」
彼女がそう言うと、俺たちは一瞬で見覚えの無い場所に移動していた。
まるで、学校の屋上のような風景。
俺が変化に戸惑っていると、賢者が言葉をかけてきた。
「急にごめんね。……ここからの話は、一応オフレコだからさ。ちょっと場所を変える必要があったんだ」
そう言って、息を吸った彼女は覚悟したような口調でその先を続けた。
「僕は彼女が国に縛られている現状を変えたいんだ」
その言葉はどこか悲しそうに聞こえた。
俺はその台詞と、彼女の声のトーンから少しだけ勇者の状況を推測した。
……恐らく勇者は王族には逆らえない何らかの理由があるんだろう。
そして、仲間であるこの賢者はその支配から勇者を助けたいと思っている、という訳か。
「力を貸してくれないかい? ノゾム君。僕は君にならそれが出来ると思っているよ」
「……もし、それが可能なら、喜んで協力しますよ」
俺がそう返すと、彼女は嬉しそうに笑った。
「それじゃあ、まずは彼女と会うことにしようか。……まずはそこからだろう」
顔合わせ……ということだろうか。
正直、もう一度勇者と会うのを考えただけでも膝が笑うほどに怖いのだが、俺を殺すつもりならもっと簡単にやっているだろう。
俺はこの賢者に賭けることにした。
勇者と和解出来るなら、それが一番だ。
俺とノワールとナイアが笑って暮らせるためには、暗殺者という存在は邪魔なのだから。
「分かりました。方法はどうしましょうか?」
「そうだね。……まぁ、素直に言ってしまったら、断られるかもしれないから、嘘の理由で呼び出すことにしようか。彼女を騙す形になるが……君はそれで良いかい?」
「構いません。それで、俺たちが助かるなら」
そうやって、俺たちが話していると――
「ノゾム……?」
――という良く知った声が聞こえてきた。
「なっ!? ナイアっ!! なんでここにっ!!」
「いけませんっ!! ナイアっ!!」
声の方向を見れば、ナイアが呆然とした顔で立っていた。
まるで信じられないものを見たように。
「ん? 彼女は?」
賢者が目線をナイアに向ける。
――数瞬後、その顔が驚愕で固まった。
「なっ!! あり得ない……確かに、三百年前にっ!!」
バレたっ!!
そう判断した俺は、一瞬で賢者に向けて蹴りを放った。
だが――
「っ!?」
――その蹴りは寸前の所で我に返った賢者に躱された。
やはりステータスで圧倒的に劣る俺が奇襲をかけた所で無駄だったか。
「ノゾム君っ!? 突然、何をっ……」
「ナイアっ!! 逃げろっ!!」
賢者が俺に疑問をぶつけてくるが、それには答えずにナイアに声をかける。
「なっ! ノゾム、ノワール……?」
だが、肝心のナイアは戸惑ったようにその場で立ち尽くしていた。
くそっ!!
ナイアが逃げるには、最初のこの一瞬しかなかったのにっ!!
「早く逃げろっ!! ナイア!!」
「ナイアっ!! 私たちもすぐ行きますから!!」
俺とノワールは焦りながら、もう一度、声をかけた。
だが、それを受けたナイアの反応は予想外なものになる。
「ノゾムゥゥゥゥーッ!! ノワールゥゥゥッゥーッ!!」
――彼女は泣きながら、こっちへ突っ込んできたのだった。
「へっ!?」
「ちょっ!? ナイアっ!!」
予想外のナイアの行動に、俺は腰にタックルを食らい、床を滑る羽目になった。
「いってぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「ごしゅじーんっ!!」
タックルを受けた時に、ノワールは俺の頭から飛び降りたから、問題はないだろうが、俺は数メートル転がることになった。
……これはステータスを上げる前なら大惨事になっていたかもしれない。
「あいてててて……っ!? ナイア!?」
「良かったのじゃぁ……妾は……妾はぁ……」
勢いが止まった所で、上体を起こした俺は慌ててナイアを確認する。
彼女は俺の腰にしがみつきながら、号泣していた。
「大丈夫ですかっ!? ご主人!! ナイアっ!!」
俺が抱き着いたまま号泣するナイアにオロオロしていると、ノワールが駆け寄ってきた。
「あ、ノワール。一応、俺は大丈夫だ。ただ、ナイアが……」
「ううっ……ぐすっ……」
「ナイア……」
ノワールもそんな状況に気づき、慌てて俺を見てきた。
「ご主人っ!! ナイアが泣いてますっ!?」
「なんの報告だノワール!! 見たら分かるわっ!!」
「何をしたんですかっ!? 一体っ!!」
「どうして俺が糾弾されてるんですかねぇ!! 俺が知りたいわっ!!」
「ううっ……ノゾムゥ……ノワールゥ……」
俺たちがオロオロしながら言い合っていると、突然ナイアは目にも止まらない速さで隣にいたノワールに腕を伸ばし、俺もろとも抱きしめる体勢に入った。
「あっ……これは私……ヤバい奴です、ご主人。」
「止めろっ、ナイア!! 気を高めるんじゃないッ!! 落ち着けェ!!」
今日は新月とはいえ、今のナイアが全力で抱きしめた場合、ステータスを上げたばかりの俺はともかく、平均的な防御力しかないノワールがどうなるか。
――結果は見えていた。
「……ご主人。……今まで、酷いことばっかり言って……困らせて……すいませんでした」
「止めろっ!! ノワールっ!! そう言うことを言うんじゃないっ!! 良いんだよっ!! それで俺は良かったんだ……これからだって……それで……」
「……ふふっ。……それじゃあ、今度もご主人を嫌っちゃいますね……生意気で……冷たくて……心なんてぜったいに開きません……だから……いつかまた……私と出会ってくださいね」
「止めろ、ノワール!! 逝くなっ!! ノワールゥゥゥゥ!!」
「二人ともっ!! 大好きじゃぁぁぁあああああああああああああっ!!」
ナイアが強く力を入れた瞬間、俺とノワールの意識は遠ざかっていった。
――どうやら、魔王様から見ると、俺のステータスもノワールのステータスも大差は無いようだった。
「……これは、どういう状況なのかな?」
「……師匠。それは儂から説明させて頂きたいのですじゃ」
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