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第7話 「僕って本当に運がいい」

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 しばらくして、魔王様も冷静になったらしく、黒猫を放してくれた。
 俺が猫に視線を向けると……猫はこちらをめっちゃ睨んでた。
 なので俺も見つめ返す。
 野生動物的には目を反らした方が弱いのだ。自分のスキルに舐められる訳にはいかない。
 そもそも、先に俺を盾にしたのは猫なのだから、これでイーブン。対等というものだろう。
 気づけば俺は床を見ながら、そう考えていた。
 ……うん。だって猫怖ぇもん。肉食動物っていうだけはある。平和な日本に居た俺では勝てなかった。
「……今回は許します。」
 俺が屈したのが通じたのだろうか。
 猫はそう言うと、近づいてきて、俺の体を器用に登り、頭の上に座り込んだ。
 この瞬間、俺と猫のヒエラルキーが決定した。……猫が上、俺が下だ。
 後、許すとは言ったが、機嫌は悪いようだった。猫の尻尾がさっきまでより強く俺の背中を叩いている。
「ふぅ。なんじゃろうな。この満たされた気分は」
 そんな俺たちには見向きもせず、魔王様はご満悦だった。なによりです。
「さて、ところで主たちに、聞かねばならんことがある」
 ――と急に真面目になって、魔王様が言った。
「は。なんでしょうか?魔王様。」
 俺も畏まって、応える。雰囲気が急に真剣なものになっているし、これは真面目に答えた方が良さそうだと判断したからだ。
「うむ。実はここは妾がいざという場合に備えてため込んでいたへそくりの隠し場所でな?」
「……」
「……」
 ……あ、察し。上を見て猫と目を合わせる。どうやら、猫も察したみたいだ。
 俺と猫で消費した一億。魔王様のものでしたかぁ。……まぁ、薄々は分かってましたけれども。
「ちょうど、この部屋の中央に置いていたはずなのじゃが……知らぬかの?」
 魔王様がずいっと近づき、声を掛けてくる。見た目は幼女なのだが、何故か気圧されるほどの迫力を纏っていた。
「……はっ。申し訳ありませんが、存じません」
 俺はそう返すのが精一杯だった。
 ……まぁ、魔王城には他にも財産を狙うモンスターたちもいたし、俺が来るまでに盗まれていた可能性は低くはないだろう。セキュリティ的なものも甘かったしな。
 どちらにしても、魔王様にバレたらやばそうだし、嘘をつくしかない。
「ふむ。……そこのスキルよ。お前も知らんのか?」
「……私はご主人に作られた存在です。ご主人が知らないことは存じません」
 あ、この猫きたねぇ。間接的に責任を全部こっちに振りやがった。
「ほぅ。そうか、そうか。……この場所には、『この世界の生物』の侵入を拒む結界が張られておる。それが破られた形跡もないのじゃが、主らは知らんというのじゃな?」
 バレテーラ。
 しっかりセコムしてましたか。
 これはこの魔王様確信してますわ。俺たちが自分のへそくりを取ったことを。
 ……というか、へそくりで一億か。すげぇな魔王様。
「まぁ、妾は大魔王である。その寛大な心を持って、素直に返せば命の保証はしよう」
 空気が変わった。
 初めての体験だが、俺が今感じているこの感覚が、殺気というものなんだろう。
 体がすぅっと冷えていく。鳥肌が立ち、冷や汗が流れる。
 上では猫も震えているみたいだった。……おい、スキル。しっかりしろよ。
 俺は正直、この魔王様を少し舐めていた。
 親しみやすい気がしていたけど、この存在は冗談ではなく、俺を殺せる存在だ。
 ……死にたくはない。
 だが、一億はもう手元にない。返せと言われても返せない。
 それなら、取れる手段は一つ。
「……魔王様。一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」
「ん? 構わんぞ、発言を許す」
 こちらが震えているのが伝わったのか、話しやすいように少し殺気を弱めてくれたようだった。
 空気が少し軽くなる。
 よし、これならいけそうだ。俺は静かに酸素を取り入れ、言葉を紡ぎ――
「あちらにある水晶や万華鏡といったアイテムは何なのでしょうか?もしかして魔法のアイテムとか?」
 ――全力で話を逸らしにかかった。……ぶっちゃけ、打つ手は無かった。万事休すだ。
「うむ。その通りじゃ!! なんじゃ、お主はなかなかに目が高いの!!」
 だが、俺がそう言った後には、今までの空気が嘘のように、上機嫌に笑う魔王様がいた。
「どれ、まっとれ」
 そういうと、魔王様は部屋の隅に、とてとてと歩きだし、水晶と万華鏡を取ってくる。
 あまりにも急げきな雰囲気の変化。
 どうやら、持ち物を自慢できるのが嬉しいようだが……これには俺も猫も苦笑い。
「これはのう。転移の水晶。そして、これが千里万華鏡じゃ」
 ――だが、転移と聞いて、俺は自分の顔を引き締めた。
「転移の水晶はその名の通り、好きな場所への転移を可能にするアイテムじゃ。行先の設定が常人の脳ではできんがの。」
 あ、常人では使えないんですか。そうですか。
「なら、ご主人では確実に無理ですね」
 止めろ猫。その言葉は俺に効く。
「主どころかほとんどの存在には出来んじゃろう。行ったことがない所に座標を設定するなどは妾にも不可能じゃ」
 ほほう。そうなのか。……なら、特に要らなくないか。その機能。
「なら要らなくないですか? その機能?」
 辞めろ猫!! 機嫌悪くしたらどうするんだ!!
「そこで出てくるのが、千里万華鏡じゃ。こいつは世界の好きな場所を見ることができる。場所の正確な情報さえ掴めれば水晶で転移出来るというわけじゃな!!」
 どや顔で話す。魔王様。
 むしろ機嫌は良くなったようだった。グッジョブ!! 猫!!
 しかし、成る程。セットで使うのか。
「いやぁ、話せて嬉しいぞい。どちらもこの世に二つとないアーティファクトじゃが、ここから動かすわけにはいかんのでな。ずっと誰かに自慢したかったのじゃ」
「そうなのですか? お聞きした限り、本当に素晴らしいアイテムですし、持ち歩いてもいいかと思うのですが」
 猫が尋ねる。その内容には俺も頷く。
 要するに、どこにでもいけるアイテムだろう? ピンクのドア的な。
 全人類の夢じゃないか。
「まぁ、どっちも緊急時用のアイテムなのじゃ。妾が復活した時に、ここから世界で一番安全な場所に飛ぶのが役目でな。そもそもここからは動かせないように制約がかかっとる」
「あ、そうなんですか。……そういえば、魔王様、復活って仰ってましたね」
「うむ。勇者パーティが卑怯にも新月に挑んできてな。満月なら返り討ちじゃったものを…弱体化している妾を四人がかりで、ボコボコじゃぞ? 勇者ってなんじゃろうな」
 成る程。要はこの魔王。一度勇者に倒されてるのか。
 勇者!! 四人もいるんだから、しっかり殺しとけよ!!
 卑怯とか言ってんな!! けしからん、もっとやれ!!
「最後には勇者が首を跳ねて、剣聖が心臓を突き、賢者が全身を消滅させた後、聖女が辺り一帯に浄化魔法を掛ける始末。鬼畜じゃ。鬼畜の所業じゃ。どれか一つでもかけていたら、一年程度で復活出来たものを」
 ……うわぉ。
 俺の想像以上に勇者さんたちは、めっちゃ頑張ってた。ってかこの魔王が規格外なのか。
 生意気言って、すいませんっした。
「まぁ、徹底的に滅されても三百も年が回ればこの通りじゃ。かっかっかっ。さすがは妾よのぅ。格が違うわ、格が」
 そう言って、高らかに笑う魔王様。
 なぜいちいち仁王立ちするのか。可愛さアッピルか? 良いと思います。
「まぁ、そういうアイテムなのじゃ」
「ふむふむ。……試しに人間の町なんかは見れますか? この世界、飛んできたばかりなもんで、興味があります」
 私、気になります、と俺が、そう言うと――
「ふふふ。まぁ、構わんじゃろう。見るだけならタダというものじゃしな」
 ――魔王様はそう言って、手元の万華鏡を操作し始めた。
 ダメもとで聞いてみたんだが、本当に見せてくれるのか。
 俺が思っている以上に、魔王というのは優しい生き物なのかもしれない。
「ほれ、これじゃ」
「へ~!! ……んー」
 俺は感嘆の声を漏らして、直後、がっかりした。
 確かに、その万華鏡には人の町が映っているみたいではあった。
 ……ただ正直、万華鏡で見ても良く分からん。チカチカするし。
「魔王様。恐縮なのですが、もう少し見やすく出来ませんか?」
「慌てるでない。言うたじゃろう。このアーティファクトは組み合わせるのじゃと」
 そう言うと、魔王様は万華鏡を水晶にくっつける。
 すると、水晶の方には人間の町の様子が鮮明に映し出された。
 ……こうしてみると、本当にファンタジーだと実感するなぁ。
 映っている人々が俺の世界とは違うのだ。
 顔だちなんかは、西洋的な感じの堀が深い顔だが、服装などは鎧だったり、武器や旅荷物のような物を軽々と持ち運んだりしている様は、前の世界ではなかなか見られないだろう。
「これで、場所の情報が水晶に記録されたのじゃ。簡単じゃろう?」
「なるほど」
「後は登録している妾の魔力を流せば、この場所に行けるという訳じゃ」
「なるほど。……では、一度見せてもらえますか?」
「……妾が見せるのはここまでじゃ。お主も分かっておるじゃろう?」
「……ですよね」
 そう。俺は気づいていた。
 この魔王が話を逸らしたことを知っていて、乗っかったことも。
 死に逝く者への手向けとして、人間の町を見せたことも。
 ……本当に優しい魔王様だ。
「最後のチャンスじゃ。お主はなかなかに話していて愉快な奴じゃった。金を返せば殺さずにいてやろう」
「……こちらとしても、悪気はなかったんですが、一億は消費され、手元にありません」
 俺は深々と頭を下げる。
 土下座ではない。
 冗談めいた謝罪ではなく、誠意をもって謝るべきだと考えたからだ。
 只の貯金箱から、自立型の黒猫になるなど、明らかに格が違うスキルへの昇華。
 その代償としての一億。
 俺が考える以上に、集めるのは大変だったはずなのだ。
 それでも。
 それだけの労力を払ったのは、圧倒的な存在である筈の魔王が、自分が死ぬかもしれないという万に一つの状況を見据えたからだ。
 万が一の死にも万全を期していた。
 それなのに一つのイレギュラーが全てを崩した。
 そのイレギュラーを……横から掠め取った俺という存在を、許せる訳がないだろう。
 反対の立場なら俺だってそうだ。
 ――断罪はされなければならない。
「……そうか」
 残念じゃ――、そう呟き彼女は俺を殺す準備を始めた。
「せめてもの手向けじゃ。主の世界には無かった魔法で逝かせてやろう」
 そういって、彼女は手をこちらに向け、『何か』をその手に込め始めた。
 それが『何か』は分からないが、それは俺にも見えるほどの圧倒的な光を放っていた。
 あれだけのエネルギーが向けられれば、俺は死ぬだろう。
 だが、俺はその発動を止めようとは思わなかった。
 今の俺にはそれが救いにすら見えていた。
 ……この絶望しかない地下室で、ただただ飢えて朽ちるより遥かに良いだろう。
 俺は救済を待つような気持ちで、彼女の行動を見ていた。


 ――やがて、魔法は発動した。
 強い光の後、部屋に少年と猫の姿は無かった。



 ……それから、やたら元気な魔王の姿もなかった。

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