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八幡宮
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それは、よく晴れた日であった。
「何ですと。大神が応じない?」
「左様でございます」
そう答えるのは巫女の辛嶋勝与曽女(からしまのすぐりよそめ)である。
「貴方様の託宣を、大神が御訊きになろうとなさらぬのです」
「そのようなことがあり得るのですか。……ううむ、にわかには信じ難い。これは神託なのですよ」
「私どもも、そのようなことは初めてでありまして……」
「ふむ……」
清麻呂は考え込んでしまった。勅命である限り、手ぶらで帰ることはできない。しかし、肝心の大神は振り向かぬというのだ。悩みに悩みぬいた挙句、彼は本殿へと向かい、瞑想に耽ることを決意した。
「この神託は、日本の将来を大きく変えることになるだろう……。力不足は重々承知しております。しかしどうか、私めに……」
彼は静かに目を閉じた。その途端、雨雲が空に踊り、雷鳴が駆け巡った。いつしかそれは嵐となり、細い木々を吹き飛ばすほどの勢いとなった。しかし、清麻呂は一才の如く動じることはない。雨は夜中降り続き、屋根を叩きつけて轟音を響き渡らせた。
御堂の中で、彼は道鏡のことを思った。どうも私の全てを見通すようなことを常におっしゃる。それは一体なぜなのだろう。私の使命とは何なのか。……救国の雄ということばの意味……。彼は深い精神世界の中で、自問を続けた。
孤独の夜が明けた。東から昇った朝日が次第に翠を照らし、その葉先から露が大地に滴るその時、この世界の時は止まった。
訊け 心清き若人よ
貴方様はいったい
貴殿らが大神と呼ぶものだ
ここは 一体
貴殿らの言葉では説明できぬところよ さて おぬしに問う おぬし その心から この国を思うか
はい この身に誓って
その命に代えても この国を 守らんとするか
はい この国を必ずや
そのことばに 嘘偽りはないか
一切 ございませぬ
屈託のないことば 逞しい眼差し おぬしのような人間が まだこの世にいたとはな
そう黙る必要はない 清麻呂よ おぬしの覚悟 しかと見届けた おぬしに 真の神託を授けん おぬしのようなものとの邂逅 実に良きものであったぞ はっはっはっはっ
清麻呂がすうっと目を開けると、その手にはある巻物が握りしめられていた。そこには誰ともわからぬ字で、こう書かれている。
「わが國家は開闢(かいびゃく)より以来、君臣定まりぬ。臣を以て君となすことは未だこれあらざるなり。天つ日嗣(ひつぎ)は必ず皇緒(こうしょ)を立てよ。無道の人はよろしく早く掃ひ除くべし」
都に滞在していた二匹の狐はこの神託を即座に感じ取った。一匹は、心より安堵し白湯を一杯飲んだのに対し、もう一匹は悔しさのあまり、自身の爪を血が出るまで噛み続けた。長く歴史で語られる一日である。いつしか空は青を取り戻していた。
これにて、難は去ったかに見えたのだが。
「何ですと。大神が応じない?」
「左様でございます」
そう答えるのは巫女の辛嶋勝与曽女(からしまのすぐりよそめ)である。
「貴方様の託宣を、大神が御訊きになろうとなさらぬのです」
「そのようなことがあり得るのですか。……ううむ、にわかには信じ難い。これは神託なのですよ」
「私どもも、そのようなことは初めてでありまして……」
「ふむ……」
清麻呂は考え込んでしまった。勅命である限り、手ぶらで帰ることはできない。しかし、肝心の大神は振り向かぬというのだ。悩みに悩みぬいた挙句、彼は本殿へと向かい、瞑想に耽ることを決意した。
「この神託は、日本の将来を大きく変えることになるだろう……。力不足は重々承知しております。しかしどうか、私めに……」
彼は静かに目を閉じた。その途端、雨雲が空に踊り、雷鳴が駆け巡った。いつしかそれは嵐となり、細い木々を吹き飛ばすほどの勢いとなった。しかし、清麻呂は一才の如く動じることはない。雨は夜中降り続き、屋根を叩きつけて轟音を響き渡らせた。
御堂の中で、彼は道鏡のことを思った。どうも私の全てを見通すようなことを常におっしゃる。それは一体なぜなのだろう。私の使命とは何なのか。……救国の雄ということばの意味……。彼は深い精神世界の中で、自問を続けた。
孤独の夜が明けた。東から昇った朝日が次第に翠を照らし、その葉先から露が大地に滴るその時、この世界の時は止まった。
訊け 心清き若人よ
貴方様はいったい
貴殿らが大神と呼ぶものだ
ここは 一体
貴殿らの言葉では説明できぬところよ さて おぬしに問う おぬし その心から この国を思うか
はい この身に誓って
その命に代えても この国を 守らんとするか
はい この国を必ずや
そのことばに 嘘偽りはないか
一切 ございませぬ
屈託のないことば 逞しい眼差し おぬしのような人間が まだこの世にいたとはな
そう黙る必要はない 清麻呂よ おぬしの覚悟 しかと見届けた おぬしに 真の神託を授けん おぬしのようなものとの邂逅 実に良きものであったぞ はっはっはっはっ
清麻呂がすうっと目を開けると、その手にはある巻物が握りしめられていた。そこには誰ともわからぬ字で、こう書かれている。
「わが國家は開闢(かいびゃく)より以来、君臣定まりぬ。臣を以て君となすことは未だこれあらざるなり。天つ日嗣(ひつぎ)は必ず皇緒(こうしょ)を立てよ。無道の人はよろしく早く掃ひ除くべし」
都に滞在していた二匹の狐はこの神託を即座に感じ取った。一匹は、心より安堵し白湯を一杯飲んだのに対し、もう一匹は悔しさのあまり、自身の爪を血が出るまで噛み続けた。長く歴史で語られる一日である。いつしか空は青を取り戻していた。
これにて、難は去ったかに見えたのだが。
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