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第一話 《外れ》スキル持ち
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「レティシア!ポーションの補充早くして」
「はっ、はい!今すぐ!」
「レティシア!ちょっとこっちも手伝って」
「はいい!」
「レティシア!小腹が空いたから何か買って来てちょうだい」
「わ、わかりました!」
数多の怪我人が治療を受けているのは王立の大神殿。ここでは神聖力という治癒能力を持った聖女たちが人々を癒すために日々奮闘している。
純白の法衣を纏う聖女によって、あちらこちらで神の御技による淡い光が瞬く中、一人忙しなく走り回る聖女の姿があった。
彼女の名前はレティシア。
神聖力を有する紛れもない聖女である。
聖女であるにも関わらず、彼女の仕事はというと使いっ走りもいいところ。他の聖女のために日々奔走している。
なぜならば、レティシアは《外れ》スキルを有する使い物にならない聖女であるからだ。
この国、アイルティム王国において、神聖力を持つ者は身分に関わらず神殿に従事することとなる。
十二歳で神聖力の有無を確認する選定の儀が執り行われ、成人となる十八歳の儀式でスキルの掲示を受ける。
レティシアも十二歳で神聖力を見出され、実家の伯爵家を出て神殿に身を移した。
十八歳で得られるスキルは様々であり、『抱擁』『握手』『接吻』『なでなで』など、対象に触れることで発動するスキルが好まれた。発動条件が安易かつ効果的であるからだ。
聖女はスキルを活用することで、自身が秘める神聖力の効果を十二分に発揮することが叶うのである。
そんな中、レティシアが得たスキルは『ビンタ』であった。
その三文字のお告げを受けた時、レティシアは目を回して倒れてしまった。気弱なレティシアにとって、患者にビンタなんてとてもではないができないからだ。
現に、スキルの効果を試すためと、指先をナイフで切った神官長がビンタをしろと凄んできた時、レティシアは目に涙を浮かべ、青ざめた顔でプルプル震えながら拒絶した。だけれど、そんなことは許されず、早くしろと怒鳴られたレティシアは、小刻みに震える手で触れるだけの軽いビンタをした。
結果、止血はできたものの、指先の傷が綺麗に治ることはなかった。
その時、レティシアは《外れ》の烙印を押されてしまった。
神官長のガッカリした顔、急激にレティシアへの興味を失っていく様がありありと見受けられ、レティシアはヒュッヒュッと過呼吸を起こして再び倒れてしまった。
それからというもの、レティシアは日々仕事に明け暮れる一流の聖女たちの使いっ走りとして神殿を駆け回っている。掃除、洗濯、裁縫に買い出しなどなど、頼まれれば何だってする。
聖女たちは患者に抱擁したり握手したり、指先で軽く額に触れたりと、自身のスキルを発動させてみるみるうちに傷を治していく。
この国で聖女の存在は尊いものであり、王太子の未来の伴侶に神殿で最も能力の高い聖女が選ばれるほどである。現王妃も元々は神殿に仕える聖女であった。当時では頭ひとつ抜きん出た癒しの力を持っていたため、あれよあれよと王城に迎え入れられたと聞く。
時の王太子殿下も二十歳となり、そろそろ神殿から伴侶を選ばれるのではないかともっぱらの噂である。
「もう、レティシアったら。遅いじゃないの。この私が餓死したらどうするつもり?」
「ご、ごめんなさい。ライラさん……」
レティシアに何か食べれるものをと使い走っていた聖女のライラは今の神殿で一番優秀な人材だと言われている。美しいブロンドの髪にエメラルドの瞳を有し、法衣の上からでも分かるほどご立派なナイスバディの持ち主である。
彼女のスキルは『抱擁』で、患者を包み込むように抱きしめてはその傷を癒していく。その姿は正しく天使だともっぱらの評判なのだ。
しかしその実、スキルがスキルだけに、彼女は癒す患者を選別していた。見窄らしい身なりの浮浪者や老人は相手にせず、がたいが良く男気溢れる騎士や、身なりが整った貴族にのみその力を行使している。
本人曰く、「この私が抱きしめて治療してあげるのよ?こちらにも選ぶ権利はあるわ」とのことである。
レティシアは患者に優劣をつけるライラに不満を抱いているが、神殿では神聖力の強さこそが正義。序列でいうと底辺のレティシアが頂点に君臨するライラに楯突けるわけもなく、日々こうしていいように使われているのだ。
そんなある日のこと、バァン!と神殿の正面扉を力一杯開けて、血まみれの騎士が飛び込んできた。
「助けてくれ…!殿下が、殿下が死んでしまう!」
そう言ってその場に倒れ伏したのは、王太子殿下率いる第一騎士団の団員であった。シン、とその場が静まり返る中、担架に運ばれて神殿に入って来たその人を見て、誰かが声にならない悲鳴をあげた。
担架の上で苦しげに呻きながら横たわっているのは、間違いなくこの国の王太子、ミシェル・アイルティム殿下である。
ミシェル殿下の身体は闇を身に纏ったようにおどろおどろしい何かに覆われている。一目見て呪いの類だと分かるほどに禍々しい様相だ。
「こ、これは……!」
慌ててやって来た神官長がミシェル殿下の様子を見て息を呑んだ。
「我らは北の森に巣食う悪竜の退治に向かっていたのだが、辛くもなんとか竜を打ち倒したものの、悪竜は死の間際に殿下を切り裂き呪いをかけたのだ!」
「な、なんと……!」
確かによく見るとミシェル殿下は包帯を巻かれており、その包帯も真っ赤に血で染まっている。見るからに瀕死の重体であると分かる。
(ミシェル殿下……ッ!)
「はっ、はい!今すぐ!」
「レティシア!ちょっとこっちも手伝って」
「はいい!」
「レティシア!小腹が空いたから何か買って来てちょうだい」
「わ、わかりました!」
数多の怪我人が治療を受けているのは王立の大神殿。ここでは神聖力という治癒能力を持った聖女たちが人々を癒すために日々奮闘している。
純白の法衣を纏う聖女によって、あちらこちらで神の御技による淡い光が瞬く中、一人忙しなく走り回る聖女の姿があった。
彼女の名前はレティシア。
神聖力を有する紛れもない聖女である。
聖女であるにも関わらず、彼女の仕事はというと使いっ走りもいいところ。他の聖女のために日々奔走している。
なぜならば、レティシアは《外れ》スキルを有する使い物にならない聖女であるからだ。
この国、アイルティム王国において、神聖力を持つ者は身分に関わらず神殿に従事することとなる。
十二歳で神聖力の有無を確認する選定の儀が執り行われ、成人となる十八歳の儀式でスキルの掲示を受ける。
レティシアも十二歳で神聖力を見出され、実家の伯爵家を出て神殿に身を移した。
十八歳で得られるスキルは様々であり、『抱擁』『握手』『接吻』『なでなで』など、対象に触れることで発動するスキルが好まれた。発動条件が安易かつ効果的であるからだ。
聖女はスキルを活用することで、自身が秘める神聖力の効果を十二分に発揮することが叶うのである。
そんな中、レティシアが得たスキルは『ビンタ』であった。
その三文字のお告げを受けた時、レティシアは目を回して倒れてしまった。気弱なレティシアにとって、患者にビンタなんてとてもではないができないからだ。
現に、スキルの効果を試すためと、指先をナイフで切った神官長がビンタをしろと凄んできた時、レティシアは目に涙を浮かべ、青ざめた顔でプルプル震えながら拒絶した。だけれど、そんなことは許されず、早くしろと怒鳴られたレティシアは、小刻みに震える手で触れるだけの軽いビンタをした。
結果、止血はできたものの、指先の傷が綺麗に治ることはなかった。
その時、レティシアは《外れ》の烙印を押されてしまった。
神官長のガッカリした顔、急激にレティシアへの興味を失っていく様がありありと見受けられ、レティシアはヒュッヒュッと過呼吸を起こして再び倒れてしまった。
それからというもの、レティシアは日々仕事に明け暮れる一流の聖女たちの使いっ走りとして神殿を駆け回っている。掃除、洗濯、裁縫に買い出しなどなど、頼まれれば何だってする。
聖女たちは患者に抱擁したり握手したり、指先で軽く額に触れたりと、自身のスキルを発動させてみるみるうちに傷を治していく。
この国で聖女の存在は尊いものであり、王太子の未来の伴侶に神殿で最も能力の高い聖女が選ばれるほどである。現王妃も元々は神殿に仕える聖女であった。当時では頭ひとつ抜きん出た癒しの力を持っていたため、あれよあれよと王城に迎え入れられたと聞く。
時の王太子殿下も二十歳となり、そろそろ神殿から伴侶を選ばれるのではないかともっぱらの噂である。
「もう、レティシアったら。遅いじゃないの。この私が餓死したらどうするつもり?」
「ご、ごめんなさい。ライラさん……」
レティシアに何か食べれるものをと使い走っていた聖女のライラは今の神殿で一番優秀な人材だと言われている。美しいブロンドの髪にエメラルドの瞳を有し、法衣の上からでも分かるほどご立派なナイスバディの持ち主である。
彼女のスキルは『抱擁』で、患者を包み込むように抱きしめてはその傷を癒していく。その姿は正しく天使だともっぱらの評判なのだ。
しかしその実、スキルがスキルだけに、彼女は癒す患者を選別していた。見窄らしい身なりの浮浪者や老人は相手にせず、がたいが良く男気溢れる騎士や、身なりが整った貴族にのみその力を行使している。
本人曰く、「この私が抱きしめて治療してあげるのよ?こちらにも選ぶ権利はあるわ」とのことである。
レティシアは患者に優劣をつけるライラに不満を抱いているが、神殿では神聖力の強さこそが正義。序列でいうと底辺のレティシアが頂点に君臨するライラに楯突けるわけもなく、日々こうしていいように使われているのだ。
そんなある日のこと、バァン!と神殿の正面扉を力一杯開けて、血まみれの騎士が飛び込んできた。
「助けてくれ…!殿下が、殿下が死んでしまう!」
そう言ってその場に倒れ伏したのは、王太子殿下率いる第一騎士団の団員であった。シン、とその場が静まり返る中、担架に運ばれて神殿に入って来たその人を見て、誰かが声にならない悲鳴をあげた。
担架の上で苦しげに呻きながら横たわっているのは、間違いなくこの国の王太子、ミシェル・アイルティム殿下である。
ミシェル殿下の身体は闇を身に纏ったようにおどろおどろしい何かに覆われている。一目見て呪いの類だと分かるほどに禍々しい様相だ。
「こ、これは……!」
慌ててやって来た神官長がミシェル殿下の様子を見て息を呑んだ。
「我らは北の森に巣食う悪竜の退治に向かっていたのだが、辛くもなんとか竜を打ち倒したものの、悪竜は死の間際に殿下を切り裂き呪いをかけたのだ!」
「な、なんと……!」
確かによく見るとミシェル殿下は包帯を巻かれており、その包帯も真っ赤に血で染まっている。見るからに瀕死の重体であると分かる。
(ミシェル殿下……ッ!)
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