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28_稽古とお茶会

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「ぜぇ、はぁ……はぁ……」
「ほら、腕が下がってるわよ、頑張って」
「は、はひっ……」

 その後みっちり一時間、初回なのでエリザベスとベティの基礎体力や柔軟性の確認に時間を費やしながら稽古をつけた。

 ダンスが上手いエリザベスであるが、意外と身体が硬く、柔軟の時は悲鳴を上げながら目に涙を浮かべていた。
 一方のベティは、まだ幼いこともあり柔軟性のある身体でアイビスを驚かせた。

 今日は基本の型の指導に留め、次回からは柔軟や基礎体力向上に時間を割いて、幾つか簡単な護身術を叩き込むことにしよう。アイビスはそう決めると、パン!と手を叩いた。

「はい、お疲れ様。よく頑張ったわね!今日はここまでにしましょう。もし続けてくれるなら通う頻度や時間を調整しましょう」
「え、ええ……」
「ありがとうございました!」

 疲労困憊のエリザベスに対し、ベティの目は爛々と輝いている。存外武術の素養があるのかもしれないと笑いながら、アイビスは二人に少し塩を混ぜた果実水とタオルを手渡した。

「汗かいたでしょ?シャワー使っていく?」
「そうね、お言葉に甘えてお借りしようかしら」
「分かったわ。すぐに用意させるわね」

 道場にはシャワールームも備え付けている。
 たっぷり汗をかいたままドレスを着るのは酷だろうとアイビスが父に頼んで増築してもらったのだ。

「じゃあ、手紙でもやり取りしたけど、着替えを済ませたら三人でささやかなお茶会といきましょう。楽しみにしていたの」
「!ええ!たくさん珍しいお菓子を持ってまいりましたの!アイビス様のお口にあえば嬉しいですわ」

 この後はエリザベスの提案により、ロテスキュー家のサロンにてお茶会を催すことになっている。ベティを助けてもらったお礼に、と高級な茶葉や珍しい甘味をたくさん持ってきてくれているとのことで、甘いものに目がないアイビスの心は弾んでいた。

 ルンルンと頭上に音符を飛ばすアイビスを、エリザベスがうっとりと見つめ、さらにその様子を呆れたような納得したような表情でベティが見つめていた。




◇◇◇

 場所を移してロテスキュー家のサロンにて、サラが事前にセッティングしてくれたテーブルを囲んでささやかなお茶会が始まった。
 エリザベスが持参してくれたお菓子はどれも華やかで程よい甘さで美味しかった。これは食後の運動でカロリーを消費しないとな、と思いつつも食べる手が止まらない。

 そして話題はベティのこととなった。

「そう、ベティは今年で十二歳になるのね」
「はいっ、エリザベスお姉様とは歳が離れておりますが、お姉様はとっても優しくて私の憧れなんです!」
「ちょ、ちょっと……恥ずかしいわ」

 キラキラ輝く瞳で見つめられたエリザベスは、照れ臭そうに頬を染めると視線を逸らした。アイビスは姉妹の微笑ましい様子に思わず笑みを漏らす。本当に仲のいい姉妹のようだ。

「ふふ、いいじゃない。素敵ね」
「だから私、お姉様の憧れのアイビス様にお会いしてみたかったのです!まさか、こんな形でご縁ができるなんて……」

 今度はアイビスに熱っぽい視線を向けるベティ。
 その目線はエリザベスそっくりで思わず苦笑いしてしまう。

「ベティ、アイビス様に失礼のないようにね」
「はぁい」
「……ぷっ」

 散々これまで誤解を生む行動を取ってきたエリザベスがそれを言うのか、となんだか可笑しいアイビスである。

「ねぇ、エリザベスも『様』なんてよそよそしいし、アイビスって呼び捨てにしてちょうだい?敬語だって同じ学園に通った仲だし、なくっていいわよ?私だってエリザベスって呼んでるわけだし」
「な、な、ななな!そ、そんなことできませんわっ!アイビス様はアイビス様ですものっ!愛と敬意を払っての敬称ですわ!!!」
「わ、分かったわ……」

 前々から気にしていたことを指摘してみたのだが、ぐわっと食い気味に断られてしまった。ベティまでうんうんと頷いている。
 そんなベティが、ふと思い出したように口を開いた。

「アイビス様はどうして護身術の道場を運営されているのですか?」
「ああ、それはね――」

 この国で女性が就く仕事といえば、ドレスやジュエリー関係の華々しいものが多い。実際にアイビスの母もドレスのデザイナーとして今でも人気が高い。

 女が道場なんて、と後ろ指指されることもあれば、歴戦のお見合いではそんな野蛮なことはやめろと何度も嗜められた。それでも尚、護身術の道場を経営し続ける理由――アイビスは十年前の事件のこと、そして、その時から抱き続けている夢について語った。

「いずれは女性だけではなくて、この国の未来を担う全ての子供たちが気軽に武芸を学べる社会を作りたいの」
「まあ……とっっっても素敵ですわ。わたくしますますアイビス様の虜になってしまいそうです」

 アイビスの話を聞いたエリザベスは、ほう、と火照った頬を押さえながら甘いため息をついた。ベティも尊敬の念を込めた熱い視線を向けてくる。
 アイビスは、二人が自分の夢を笑わずに聞いてくれて、否定せずに認めてくれたことがとても嬉しかった。

「えへへ、ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ。ぜひ二人も護身術を習って、有事の時に自分で危機を切り抜ける力を身に付けて欲しいわ」
「もちろん通わせていただきますわっ!」

 こうしてエリザベスとベティが、新たにアイビスの門下生として名を連ねることになった。

「あ、そうですわ!アイビス様の夢の応援になれるか分かりませんが…我が家が出資している孤児院がございまして、もしよろしければそこの子供たちに稽古をつけてみてはいかがでしょうか?」
「え、孤児院の子供たちに?」

 名案だとばかりに提案された内容に、アイビスは目を瞬いた。

「ええ、孤児院には身寄りをなくした子供たちが集まっておりますわ。文字や算術をはじめ、生きていくために必要な知恵を教えておりますの。彼らが自分の身を護る術として、護身術はうってつけだと思いますわ」
「エリザベス……ありがとう。先方さえ快諾してくれるなら、是非一度伺わせて欲しいわ」
「きっと喜んで受け入れられますわ!屋敷に戻ったらすぐに便りを出しますわね!」

 自らの提案にアイビスが頷いたことが誇らしいのか、エリザベスは僅かに鼻の穴を膨らませてふんふんと上機嫌である。
 子供たちに向けた稽古、文字を習うのと同じぐらい当たり前に武芸を身に付けれる社会への第一歩となりそうで、アイビスの心は弾んだ。

「孤児院の子供たちには、ロリスタン公爵様も、ジェームズ殿下も目をかけておりますの。きっとお二方も喜ばれますわ」
「え?公爵に、ジェームズ殿下まで?」

 興奮気味のエリザベスの口から飛び出した要人の名前に、既に頭の中で授業内容を組み立てはじめていたアイビスの思考が引き戻された。

「ええ!よく視察に行かれているようです。ロリスタン公爵様と殿下は懇意にされておりますし、公爵様は実際に孤児院から養子を迎えておりますわね」
「ああ、そういえば夜会にもチャーノを連れてきていたわね」

 思わぬところで飛び出した名前に驚きつつも、アイビスはあの日夜会で出会った儚げな少女を思い出していた。

(物事は繋がるものね。これも何かの縁かしら)

 アイビスは、またきっとあの少女に会う日が来る、そんな予感がしていた。
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